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私立叢雲学園怪奇事件簿【第三部 朱雀編】  作者: 来栖らいか
【第五章】継承者
22/27

〔3〕-1

 家族と共にニューイヤーを祝うこと無く、迎えに来た黒いランドローバーに乗せられた享一郞は長いドライブの末、荘厳な石造りのカントリーハウスに招き入れられた。

 大広間、応接室、画廊、図書室、ゲストルーム三十室を備えた英国で貴族館と呼ばれる威風堂々とした屋敷だ。

 その一室を与えられた享一郞は、平日は数名の家庭教師からレベルの高い授業を受講。休日は乗馬、テニス、射撃などを教わった。

 食事、入浴は自室。

 世話係らしい専属メイドからの私語は無し。

 広い屋敷と庭を自由に歩き回れるが、広大な敷地のまわりは深い森となっているため幹線道路までの距離も解らず、脱出の可能性は早々に諦めた。

 時折、自分以外の幼い子供や若い男女を見かけることもあった。

 しかし彼等は享一郞に気付くと一様に目を逸らせ、足早に離れていく。

 不安と孤独感に押し潰され、自死を考え始めたころ。

 ふらりと現れたウィリアムが享一郞を外に連れ出した。 

 ウィリアムは享一郞の年齢を偽り、行きつけのパブやライブハウスの友人達に「知人から、海外留学中の息子を預かっている」と紹介してまわった。他にも観劇やオペラ、ミュージアム。車で英国の観光地をめぐることもあった。

 自分が置かれている立場も環境も、ウィリアムが誰の命令で何を目的としているのかも解らないまま、肌を刺す冷たい外気が緩み吐く息の白さを忘れた頃。

 ウィリアムから「八神享一郞として日本の高校に入学が決まった」と告げられた。「八神」の性は、母親の旧姓だ。

 なぜ、日本の高校なのか。どのような手段を使って入学できたのか。

 薄桜色の慎ましい花弁が至る所に美しく咲き誇る、懐かしくも楽しい想い出の地に帰還した享一郞に、ようやく疑問の答えが明かされた。 

 ウィリアム・片岡の所属する組織と目的。

 かつて組織でマスターと呼ばれていたという祖父。

 湖の事故で何があったかを察した祖父が本気で享一郞を殺そうと考えていることを知り、我が子を守るため組織に助けを求めた母……。

 真実を聞かされた享一郞は、自らの出自と特異な能力を呪い嫌悪した。

 その負の感情を上手く操り、組織とウィリアムは二年半を掛け享一郞を完璧に育て上げたのだ。

 己の感情を殺し冷静に命令を遂行する破壊者へと。

 諜報活動には直接関わる事もあったが、人命に関する工作活動はリスク分散のため間接的役割を担った。今回の叢雲学園総理事長の死も、事故に見せかけるため綿密に計算したのはウィリアムだ。

「子供に人殺しはさせられない」が、組織の考えとは違うウィリアムの持論らしい。

 それでも、自分が加担した作戦で誰かが犠牲になっている……。

 命を奪う重圧に意志と気持ちが乱れそうになるとき、享一郞はいつも家族の姿を思い浮かべた。

 迎えに来た車に乗せられるとき、家の中から走り出た母が雪の中に倒れ込みながら絶叫した、「享一郞!」の声が忘れられない。

 結果として友人を傷付け失うことになろうとも、家族を取り戻すため出来ることをやるしか無かった。

 雨宮圭太は真正直な性格だ。自ら約束したことは必ず守るだろう。  

 深く溜息をついて八神享一郞は、生徒会室入り口のドアノブを握りしめる。

溶けて捻じ曲がり、既に熱を失ったそれは、醜く歪んだ己の生き方だと自嘲する。

「さて、このドアノブ交換を頼んだらウィルに何を言われるかな……」

 呟きながら笑った享一郞は、その理由に思い当たると暗く明かりの無い窓の外に遠く視線を走らせた。




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