〔2〕-3
クリスマスに賑わっていた町が静寂を取り戻し、誰もが新しい年に向けて準備を急ぐ年末。
享一郞は妹の友梨愛を年明けまで開催されているクリスマスマーケットに連れ出した。クリスマスを病院で過ごした友梨愛に、原因の一端となった自分の責任感から何かプレゼントを買ってあげたかったのだ。
友梨愛とウィリアムが必死になって庇ってくれたため、母も祖父も享一郞を責めることはしなかった。
だが、やはり自分の気が済まない。
町の大通り中央広場に開かれたマーケットは、クリスマス前ほどの人出もなく少し寂しさが漂うものだった。それでも友梨愛は大喜びで、菓子やキラキラ光るガラス細工、小物類を夢中になって手に取る。
そして悩みに悩んだ結果、サンタクロースの衣装に身を包んだ大きな白いクマの縫いぐるみに決めた。
縫いぐるみを抱え嬉しそうに笑う友梨愛を見ながら改めて、本当に無事で良かったと思う。
もし、ウィリアムが享一郞と友梨愛を探しに来ていなければ、どうなっていただろう?
湖の出来事を思い出し、享一郞の背筋が凍った。
そして同時に、疑問に思いながらも考えることを避けていたウィリアムの行動を思い返した。
一度、きちんと説明しなければいけない事だと解っている。
しかし、話した所で理解してもらえるだろうか?
母や、祖父にウィリアムに見られたことを打ち明け相談した方がいいかもしれない……。
考え事をしながら歩いていると突然、友梨愛にコートの裾を引っ張られ享一郞は我に返った。
気付けばもう、自宅前だ。
帰り道、あまり相手をせず上の空でいたせいか友梨愛は不機嫌な顔で享一郞を一瞥し、先に立って玄関ドアを開ける。ところが家の中に足を進めようとはせず、困惑の表情で享一郞を振り返った。
胸騒ぎを覚え、友梨愛を外に待たせて家に入った享一郞は異様な光景を目にして身体が固まった。
リビングに続く廊下を、背の高い黒いコートの男が塞いでいる……。
黒コートの男は、享一郞と友梨愛を品定めするように頭の先から爪先までゆっくりと見てから玄関脇に身体を寄せ道を空けた。
威圧感から動くことが出来ずにいると、なぜか奧のリビングからウィリアムが姿を現した。見覚えのある姿に少し安心して享一郞は息を吐く。
「あの……ウィル、母さんとお爺さんに何かあったの?」
享一郞が黒コートに視線を走らせたのを見て、ウィリアムは笑顔を向けた。
「何もないよ、心配しなくていい。ああ、彼は私の仕事仲間でね。私が用を済ませるのを待っているんだ」
「用って……?」
そう言えば友梨愛が退院した後、母は祖父に「友梨愛を助けてもらったお礼に、ウィリアムをディナーに招待したい」と話していた。話を聞いた祖父は「新年になってから」と答えていたはずなのに、今夜の予定に変更したのだろうか?
よく見るとウィリアムの格好は、いつものラフな私服ではなく黒のハイネックにジャケット、きちんと折り目がプレスされたスラックス姿だ。
だが、ディナーに仕事仲間を同行させ待たせるのは不自然ではないか?
もしかして、ニューイヤーの打ち上げ花火を観に行く相談だろうか?
友梨愛を玄関に招き入れ、ブーツを脱ぎながら思い当たる用事を考えていた享一郞は突然、ある可能性に気が付いた。
ウィリアムが、湖の出来事に説明を求めて来たなら……?
祖父と母に叱られると、覚悟したとき。
「その男から離れるんだ、享一郞!」
いままで一度も聞いたことの無い祖父の怒声に、ブーツを脱ぎかけていた享一郞は驚いてバランスを失い尻餅をついた。
顔をあげると、猟銃を構えリビングからゆっくりと玄関に向かって歩いてくる祖父の姿があった。猟銃は暖炉の横に飾られていたもので、本物だと聞いてはいたが、いま銃口はウィリアムに向けられている。
「マスター・クオウ。いま、ここで我々を退けても逃げ切ることが出来ない事くらい解るでしょう?」
ウィリアムの言葉に祖父は苦々しく顔を顰めながらも、引き金に指を掛けた猟銃を下ろさない。
「貴様らに享一郞を渡すくらいなら……」
銃口の先が、ゆらりと享一郞に向けられた、瞬間。
ゴムボールが床を打つような音と同時に祖父の体が傾いた。低く呻きながら膝をついた板張りの廊下に、赤い液体が広がっていく。
「あなたの抹殺命令を受けていますが、キョーイチローとの友好関係は壊したくないですからね。私をこれ以上、困らせないで下さい」
太腿を押さえ立ち上がろうとした祖父は、蹌踉めき再び倒れ込む。リビングから取り乱す様子も無く駆け付けた母が、祖父を支えながらタオルで太腿を縛った。
ようやく、祖父が銃で撃たれたことに気付いた享一郞がウィリアムを見ると、その手に銃は無い。銃口を祖父と母に向けていたのは、黒コートの男だ。
映画で観たことがある、サイレンサー装備の銃。
目の前で何が起きたのか?
混乱しながら、泣くのを堪え震えている友梨愛を抱きしめた享一郞の両肩にウィリアムの手が置かれた。
その手から伝わる圧に全身が麻痺し、冷たい戦慄が走る。
「キミを……迎えに来たんだよ、キョーイチロー」
顔を覗き込み薄く笑ったウィリアムは、享一郞の知る友人の顔では無かった。




