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私立叢雲学園怪奇事件簿【第三部 朱雀編】  作者: 来栖らいか
【第五章】継承者
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19/27

〔2〕-1

 八神享一郞が九皇享一郞だったのは、中学一年生の夏休み前までだった。

 叢雲学園中等部に入学したばかりの五月。

 大型トラック運転手が心臓発作を起こし、信号無視で交差点の通行人を巻き込む事故が起きた。被害者は五名が軽傷、一名が死亡。

 死亡した一名は、九皇春輝くおう はるき四十五歳。

 享一郞の父親だった。

 損傷が酷いため享一郞と小学四年生だった妹は遺体と面会出来ず、実感の湧かないまま葬儀を終えると傷心の母と共に父の生家がある英国へと渡った。

 父の曾祖母が明治の頃に渡英し英国籍を習得してから、一族は誰も日本に来たことが無いと聞いたことがある。父が祖父から聞いた話では、曾祖母には日本に帰ることが出来ない事情があったらしい。

 その上、曾祖母は誰であれ一族の者が日本に渡ることを嫌った。仕事や学業で短期の訪日が必要とされる場合でさえ、耳に入れば行くなと反対された。

 英国の大学を卒業し外科医となった父が母と出会ったのは、ロンドンで開催された医療薬学会だ。母は当時、日本の大手製薬会社研究員で海外研修中だった。

 日本人の容姿を持ち流暢な日本語を話しながらも一度も日本に行ったことが無い父と、能力の高い女性が活躍できない自国の職場環境に不満を持っていた母は、日本の話題や医療に関する議論で意気投合し互いに好意を抱くまで時間が掛からなかったそうだ。

 当時、高齢ながらも精彩に満ちていた曾祖母は結婚に反対したが、母は「自分の両親は他界しているので、二度と日本に帰らなくていい」と誓って、曾祖母に結婚を認めさせてしまった。

 その後、享一郞が産まれた年に曾祖母が亡くなり、数年後に妹の友梨愛ゆりあが産まれたのを機に父は念願の日本へ渡ることを決意した。

 日本で生活したのは十年間。

 享一郞は帰国子女のサポートが整った私立叢雲学園付属幼稚舎に入り、そのまま初等部・中等部と進んだ。

 日本の暮らしは楽しい思い出ばかりだ。

 父は、自分の原点でありながら一度も訪れたことの無かった国の全てを知ろうとするかのように時には一人で、または家族を連れて各地を旅行した。

 物心ついたばかりの享一郞は、最初こそ異国の文化と言葉に戸惑い英国に帰りたいと泣いたが、直ぐに日本の暮らしに慣れて珍しい景色や食べ物が大好きになった。

 そして何よりも、毎日楽しそうに笑う母の顔を見るのが嬉しかった。

 英国で行った結婚式に唯一、新婦方の親族として参加してくれた兄と家族ぐるみで付き合い、十年間で友人知人も増え充実した生活を送っていた母は、間違いなく日本の暮らしを望んでいたはずだ。

 それなのになぜ急に、英国に戻ったのだろう?

 しかも、日本に渡る前に暮らしていた英国の大都市部では無く父の出身地であるサウス・レイクランド地区に居を構え、祖父と同居する事を選んだのだ。

 英国に帰ってからの享一郞は、慣れ親しんだ環境から無理に引き離された寂しさと不安で常に荒んだ精神状態だった。

 結婚前に習得した資格を活かして薬局で働く母や同居する父方の祖父に乱暴な言葉を吐き、ボーディング・スクール(全寮制の中高校)に編入してからは週末も戻らず学校に残ることが多くなった。

 唯一、享一郞が心を許し友人として認めたのは、自宅近くにあるベーカリー・ショップで働いているウィリアム・片岡という青年だ。

 母の使いで始めて店を訪れたとき日系二世であるウィリアムは、この小さな町で珍しい日本人少年に興味を持ったらしい。何度かパンを買いに行くうちに親しくなり、小さな焼き菓子や売れ残りのパイなどをサービスで付けてくれるようになった。

 そうして一年半が過ぎ、享一郞が英国の暮らしに慣れ始めた頃。

 母が英国に戻った本当の理由と、ウィリアムが享一郞に優しかった理由を知る出来事が起きた。


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