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私立叢雲学園怪奇事件簿【第三部 朱雀編】  作者: 来栖らいか
【第五章】継承者
17/27

〔1〕-1

『朱雀像倒壊事件』の後、全校生徒は強制的に退校させられた。

 夏休み中でも普段ならまだ、部活動や夏期講習で校内に生徒が残っている時間帯である。

 しかし静まりかえった学園の学習棟は職員室の明かりだけが灯り、事件のあった図書館棟前にはまだ数台の警察車両の赤色灯が光っていた。

 今夜は教職員の電話対応が遅くまで続くだろう。

 八神享一郞は図書館棟の生徒会室から学習棟が見える窓のカーテンを引き、手にしていた缶コーヒーを一口飲んだ。

 ぬるくなった缶コーヒーは香りも無く、砂糖の甘さだけが喉にのこる。

 生徒会が運営執行する行事の変更など、部活動や委員会の代表と話し合う段取りを決め会議用のレジュメ作成を終わらせてから八神は、熱いコーヒーが飲みたくなり生徒会室併設の給湯室に向かった。

 電気ポットに水を注ぎスイッチを入れてから自分専用のマグカップを用意し、食器棚にインスタントコーヒーを探す。しかし見つかった瓶は空だ。仕方なく近くにあった高級ブランドの紅茶缶を手に取った。

 八神も愛飲しているイギリスのブランド。確かアリョーシャが差し入れに置いていった茶葉だ。

 思い直して八神は食器棚からティーポットと大きめのティーカップを取り出し、温めるための湯を注ぐ。そして一度、湯を捨ててから茶葉を正確に計り、ティーポットに湯を注ぎなおした。

 この茶葉を蒸らす時間は三分。

 スプーンで一混ぜし、最後の一滴までカップに注ぎきる。

 茶葉にブレンドされたスパイスの芳香が、張り詰めた気分を解していく感覚に一息ついたとき、尻ポケットのプライベート用携帯が震えた。

「享一郞です」

 表示された相手を確認し硬い声で応じると、聞き取りにくいほど遠くから男の声が返ってきた。

『いま、ニュースを観たところだ』

 八神の全神経に、再び緊張が走る。

「報告が遅れました、申し訳ありません」

『問題ない。ただ予定より早かったな』

 抑揚の無い、機械的な音声。

「予定は五日後のセレモニー当日でしたが本日、篠宮理事長が朱雀像近くに現れたため計画を実行しました。おかげで怪我人も少なく……」

『篠宮剛志朗を確実に消すために、どれだけ死者や怪我人が出ようと関係ない』

「……」

『不満そうだな、何か言いたいことがあるのかね?』

「あなた達の理念や思想に関して、何も言うことはありません。しかし、無関係な人間に危害を加えることは意に沿わない。自分は与えられた仕事を遂行しました。あなた達も約束は守って欲しい」

『一つ目の約束は近日中に果たされるはずだ。だが君の仕事はまだ終わりでは無い。例の篠宮家血族、篠宮優樹について引き続き監視と報告を怠らないように』

「……はい」

『言うまでも無いが、キミの目的は外部に知られてはいけない。そう、たとえばドア向こうにいる好奇心旺盛な友人が、余計な手出しをする前に対処すべきではないかな? 方法は任せる』

「えっ?」

 問い返す間もなく一方的に通話は遮断され、八神が急ぎドアを開けるとそこに立っていたのは雨宮圭太だった。

「……雨宮、なぜキミがここにいるんだ?」

 電話の内容を聞かれただろうか? 

 いや、聞かれていたとしても、八神は具体的なことを何も話していない。問題は無いはずだが……。

「……っ、よぅ、享一郞! あーえぇっと、実は薫子さんに届け物を頼まれたんだ」

「時任さんに?」

「あぁオレ、薫子さんに渡したいモノがあって夕方、学園近くのコーヒーショップで待ち合わせたんだけど用が済んで帰ろうとしたら一斉メールが来て……驚いたよ。急いで学園に駆け付けたら正門も通用門も警官が立っててさぁ。一般学生は立ち入り禁止。寮生のオレは確認取られて入校できたから、今日中に享一郞に届けて欲しいって薫子さんが」

 そう言いながら雨宮はブリーフケースを八神に手渡した。

 ケースを受け取った八神は、薫子に『朱雀祭』の予算案を任せていたことを思い出す。まだ正式な通達は無いが、おそらく中止になるであろう『朱雀祭』の予算案が無駄になり、落胆する薫子の顔が目に浮かぶ。

「届けてくれてありがとう、助かったよ。ところで僕は、事件の少し前から秋本くんと一緒にいてね……キミが彼に頼んだ事を、聞いているんだ」

 八神がドアを開けたとき雨宮の態度は不自然だった。通話内容で何か感づいたとしたら、このまま帰すことは出来ない。引き留め、探る口実に秋本の名を出す。

「リョウのヤツ、バラしちまったのかよ!」

「秋本くんは悪くない、僕が無理矢理聞き出したんだ。そもそも雨宮は、他人の事情に首を突っ込みすぎだ。迷惑なんだよ」

「なんだよそれ、オレは享一郞が……」

 顔を赤らめ反論しかけた雨宮は、すぐに真顔に戻り肩を落とした。

「そっか、そうだよな。確かに余計なお世話だよな。でもさぁ心配なんだ、オレ。おまえ、もしかしたら何か面倒な問題を抱えてるんじゃ無いか? オレは頭悪いから相談相手にもなれないし、おまえの力になるどころか迷惑だって解ってる。だけど余所の学校から来た頭の良いヤツと友達になれたら、もしかして違った方法で解決する手掛りっていうか、何か見つかったりするかもって思ったんだ。そんで……」

 第三者から客観的な意見を求めろと言うのか?

 雨宮にしては気の利いた提案だと、八神は苦笑する。

 学校法人叢雲学園は幼稚園から高校まで一貫教育の私立校だが、館山校は公務員や教員、または古い家柄出身の学生が多く、横浜校は両親が医師や研究者である学生が多い。

 偏差値も入学金も高く、付属中学からの進学者は約三割。

 その進学者の中に雨宮がいたとは、予想もしていなかった。

思い返せば付属幼稚園から小学校まで九年間を一緒に過ごした雨宮は、勘の働く要領の良い子供だった。

 幼馴染みの気安さで何かと絡んでくるのは、学園で力のある八神と一緒にいることが雨宮にとって都合が良いからだと思っていた。だがそれでも少しだけ、心の安まる存在だった。

 雨宮は、いつから八神の抱える闇に気付いていたのだろう。

 闇の深さと理由を、どこまで知っているのだろう。

 まさか本気で、八神を心配していたのか?

「キミはなぜ……僕が問題を抱えていると思うんだ?」

 八神が問いかけると雨宮は戸惑うように視線を泳がせたあと、真っ直ぐ顔を向けた。

「……っ、高校で再会した享一郞は俺の知ってる享一郞じゃ無かった。いつもピリピリしてて近寄り難い雰囲気があって。それに……」

「それに?」

「さっきの電話、ちょっとだけ聞こえたんだ。享一郞……おまえ誰かに脅されてるのか?」

 やはり聞かれていた。

 八神の胸に一瞬、刺すような痛みが走る。

いっそ、シラを切り通してくれたら誤魔化せたかもしれないと思った。出来ればこの、お人好しの友人に危害を加えたくない。

「はっ、面白いことを言うんだな。僕が脅されてるって根拠はあるのか?」

 雨宮はさらに真剣な目で八神に詰め寄る。

「理由は解んないけど誰かに脅されて、『朱雀祭』を中止にする必要があったんだろ? 理事長が死んじまうなんて、考えてもみなかったんだよな?」

「とんでもない言い掛かりだ。それでなぜ、あの事故を僕が起こした事になるんだ?」

「オレ、朱雀像の首は熱で溶けて折れたって聞いたんだ。おまえなら、どこでも自在に火をつけることが出来るからな」

 あぁ……やはり雨宮は、八神の持つ炎を覚えていた。

 八神が呪い、囚われ、枷とする力……。

「オレさ、今でも小学校のサマーキャンプでおまえに助けてもらったこと覚えてるんだ。あの時、おまえがいなきゃオレは生きてなかったかもしれない。それどころか、一緒に危険な目に遭わせた……だから再会した時、享一郞のためにオレが出来ることなら何でもやるって決めたんだ!」

「サマーキャンプの出来事が、いまさら仇になるとはね……」

 雨宮の迷惑な思い込みに、八神は小さく溜息を吐いた。


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