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私立叢雲学園怪奇事件簿【第三部 朱雀編】  作者: 来栖らいか
【第四章】朱雀の血
11/27

〔1〕-1

 なぜ、こんな事になったのだろう?

「秋本! 席、キープしといたぜっ! オレ、水持ってきてやるから先に食べていいぞ!」

 秋本遼は叢雲学園の学生食堂でカツカレーを乗せたトレーを手にしたまま、笑顔で水を取りに向かった雨宮圭太の背中に溜息を乗せた。

 四人掛けのテーブルにはモヤシラーメン……少しのびているように見えるのは、雨宮が意図的に遼を待ちうけていたからだ。たいして親しいとはいえなくとも、ラーメンと荷物を置いたまま席を離れた知人を蔑ろにして別のテーブルに座るわけにもいかない。半ば諦め気分で遼は、雨宮の確保したテーブルにトレーを置いた。

 特別夏期講習を受講するため、遼が叢雲学園横浜本校を訪れた初日。

 雨宮は遼に向かって「千葉の山猿」と敵意剥き出しに言い放った。ところが、いとも簡単にやり込められて一転、すっかり気に入られてしまったらしい。

 雨宮の敵意が、どこから来ているのかは未だに解らなかった。解っているのは、スポーツ推薦で進学する雨宮が二度と会うことのないはずの遼に付きまとう理由が、何かあるという事だけだ。

「おまえみたいなイケメンでも、カツカレー食うんだな? パスタとか、なんかそんなイメージだけど」

 正面の席で、のびたラーメンを啜る雨宮に言われて遼は、グラスの水を飲んでからナプキンで口元を拭った。

「僕は館山校でも寮生だから、カツカレーでも餃子にラーメンでもハンバーガーでも何でも食べるし好き嫌いはないよ? いい加減、偏見は捨てて欲しいな。そもそも、キミはなぜ僕に付きまとっているのさ? 誰かに頼まれてるんだろ? でなきゃ、キミにとって僕は何も価値はないはずだからね」

 横浜校の夏期講習に参加して一週間。アレクセイや八神に世話を頼まれたとはいえ、さすがに距離を取ってもいい頃合いだ。それでもなお親密さを求めてくるならば、理由を明らかにする必要がある。

 問いかけられて雨宮は、空になったラーメンどんぶりを脇に寄せ遼を見つめたあと、覚悟を決めたように大きく息を吸った。

「まぁ確かに、黙ってちゃ何も出来ねぇよな……オレが頼まれてるのは、薫子なんだ。薫子がさぁ、おまえのオフショットとやらを欲しがってるわけ。かといって盗撮なんて卑怯だし、気色悪ぃだろ? だったら、友達になっちまえばいいやって。それに……」

 雨宮は言葉を切り、一瞬だが食堂内に目を走らせてから誤魔化すように笑った。

「あっ、いやっ、何でも無い! えっと……そんなわけで迷惑だとは思うけど、写真一枚撮らせてくんねぇかな? 頼むよ!」

 いま、雨宮が誤魔化そうとした理由が本当の理由だと察した遼は、それを明らかにするために誘いを掛けた。

「写真……か。そうだな、キミが僕に付きまとう本当の理由を話してくれたら、考えてやってもいい」

 すると雨宮は、苦虫を噛み潰したような渋い顔で天井を仰ぐ。

「……っ! やっぱ、おまえ、そーゆーとこ享一郞に似てるよ!」

 享一郞? 八神享一郞……遼は生徒会室で会った『笑わない生徒会長』を思い出した。その名が出たという事は、雨宮の行動に八神が関係しているに違いない。

「雨宮くんは、生徒会長に僕を監視しろと頼まれてるのかい?」

「ケータ、って呼べよ。オレも遼って呼ぶからさ」

 雨宮は急に人懐っこい笑みを浮かべた。

「監視ってナンだよ? そんな事、アイツが頼むわけないだろ? だいたい享一郞は他人に興味なんかもたねぇんだ……昔は、あんなヤツじゃ無かったんだけどさ。だから……おまえに、アイツの友達になって欲しいんだよ」

「……友達? 友達って?」

 意想外の頼みに遼は、思わず雨宮の言葉を繰り返す。

「あぁっ? 恥ずかしいから何度も言わせんなよ!」

 顔を赤らめ声を荒げた雨宮に遼は、堪えられず吹き出した。

「なっ、なに笑ってんだよ!」

「……ゴメン。だって小学生じゃあるまいし、高三で友達になって欲しいとか頼まれるなんて、考えてもみなかったから……。要するにキミは、他人と関わりを持とうとしない八神生徒会長が心配で、僕に友人になって欲しいという訳だ。でも何故、僕なんだ? キミでは、友人として不足な事でもあるのかい?」

 優樹ならば二つ返事で「任せろ!」と、快諾しそうな頼みだ。しかし遼は、雨宮の頼みに疑問を抱く。

 何か……正体の解らない胸騒ぎを感じるのだ。

 雨宮は不機嫌な顔で遼を睨んだが、次の瞬間その表情が寂しそうな笑顔に変わった。

「遼の言う通りさ、残念だけどオレじゃぁ役にたたねぇんだ。享一郞とは、この学園の幼稚舎から一緒でさ。小さい頃はオレの方が足が速くて一緒に習ってたサッカーも上手かったから、アイツの兄貴分みたいな感じで仲が良かった。詳しくは言えないけど、アイツ少し変わった所があって、よく虐められてたから庇ったりしてたんだ。あの頃は少し気が弱いけど、優しくてよく笑うヤツだった。中学に上がるとき突然、親の仕事でイギリスに行っちまったんだけど、高校で再会した時は嬉しかったな。でも、三年ぶりに会ったアイツは、まるで別人みたいになってて……」

「別人?」

「あぁ……なんか近寄りがたいって言うか。いつも仮面を付けてるみたいに表情が無くて、何考えてるわかんねぇんだ。一年の頃は遊びに誘ったりしたけど、断られてばかりだから疎遠になっちまって」

「まぁ高校生になれば、子供の頃と同じではいられないと思うよ?」

 遼は自らの幼少期を思い出し、少し雨宮に同情した。優樹がいなければ、いまの自分は無かったからだ。

 慰めにもならない遼の言葉に、雨宮はまた溜息を吐いた。

「遼も知っての通り、オレは附属中学からスポーツ推薦で入学できたから頭の方はイマイチでさ。享一郞が悩んだり困ったりしていても、気の利いた助言なんか出来ねぇんだ」

「だから僕に、相談相手になって欲しいのか。でも八神くんは、どう思うかな?」

「それがさぁ、おまえと最初に会ったとき、享一郞が珍しく興味を示してたって薫子から聞いたんだよ。頭の良いおまえになら、きっと……」

「待てよ、僕の話を聞いてる? そもそも、八神くんが友人を必要としているかどうか、解らないだろう? キミは彼が、何か問題を抱えているように見えるのか? しかも、昨日今日知り合った人間に相談事を持ちかけるとでも?」

 半ば呆れながら遼は、雨宮に問いかけた。興味はあったが、午後の講義開始時間が迫っているので早々に話を切り上げたい。

 しかし雨宮は身を乗り出し、なおも遼に食い下がった。

「オレさ、生徒会室でおまえとやり合ったとき直感で、コイツ、イイやつだなって思ったんだ。享一郞には絶対、おまえみたいな友達が必要なんだ。なぁ、頼むからアイツと仲良くしてやってくれよ!」

 どうやら頼みを承諾しなければ、開放されないようだ。雨宮の熱意に、とうとう遼は根負けして溜息を吐いた。

「……解ったよ。一度ゆっくり話したいと誘われているし、彼と友人になっておくのは僕にとっても有益だからね。キミみたいに強引な手段はとれないけど」

 途端、雨宮の表情が明るくなる。

「やっぱ、おまえイイやつだな! じゃあ、頼んだぜ! あ、そうだ……」

 ラーメンどんぶりを乗せたトレーを手に立ち上がった雨宮は、そのトレーをテーブルに戻し制服ズボンのポケットから携帯を取りだした。

「オレが本当の理由話したら、写真撮らせてくれるって言っただろ? いまいいか?」

 確かに条件を持ちかけたのは自分だが、あまりに調子良く二つの頼み事を承諾させてしまった雨宮に降参する意味で遼は片手を挙げた。

「午後の講義、数学と物理の間が一コマ分空いてるからカフェで自習するつもりなんだ。写真はその時にして欲しいな。薫子さんも、食堂でカツカレー食べた後よりカフェでコーヒー飲みながら勉強してる写真の方が良いと思うよ?」

「カツカレーの方がレア度高いけど……まぁ、いいや。あ、トレー片付けといてやるから早く講義室に行けよ、時間無いだろ? じゃ、あとでな!」

 時間の事は気にしていたらしい。

「お節介で、お人好しの人間は、どこにでもいるんだな」

 二人分のトレーを抱え、小柄な身体と自慢の足で器用に他の生徒の間をすり抜けていく雨宮を見ながら遼は、少しだけ優しい気持ちになる。

 それは、横浜校に来てから張り詰めていた緊張が、解れるような気分だった。


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