獣人喫茶
「ユニちゃん、今朝入ったばかりの象蟹があるんだけど買ってかないかい? 安くしとくぜ」
「ありがとう。でも今日は別の買い物があるから」
「ユニちゃん、上物の竜牙の実が手に入ったんだ。前に欲しいって言ってたろ?」
「ちょっと今持ち合わせがなくて、また今度買いに来るね」
「あっ、ユニちゃん。この前はうちの子が迷惑かけたみたいですまなかったね。お礼といっちゃなんだけど、これ貰っとくれ」
「そんな、私こそ至らなくてむしろ悪いみたい。また何か人手が欲しい時は言ってください」
「ユニちゃん――――――」
「ユニちゃん―――――――」
「ユニちゃん――――――――」
未だ信じられないが異世界に迷い込んでのあくる日。響が目を覚ましたのは現実世界ではなく、異世界のユニの部屋の、ユニのベッドの上だった。やはり夢などではなかったらしい。
そして今日は仕事が休みで、中央市場に買い物に行くというユニに響は同行していた。そのついでに街を案内してくれるという約束を取りつけた。
だが人通りの多い商業地区に入ると響は衝撃を受ける。
ここではユニは芸能人のように次から次に声を掛けられるのだ。商売人だけではなく老夫婦や子供の集団、衛兵など老若男女様々。皆が家族や友達のように何気なく話しかけて来るのだ。
その他にも蜥蜴人と呼ばれる二足歩行のトカゲが人の言葉を話した時は驚きの絶叫を抑えるのに苦労し、そのせいで変な声が漏れてしまい睨みを利かされたりもした。その時もユニが説明してくれると蜥蜴人は豪快に笑って去って行ったのだ。
ここまでくるともう単に顔見知りだからというだけでなく、それはユニの性格によるところがあるのだろうと響は思った。
「すごい人気ぶりだね。驚いたよ」
響とユニは買い物の合間の休憩で彼女の行きつけの喫茶店に来ていた。店内は落ち着いた雰囲気で、『ル・マオリル』の倍くらいの店内に丸型の木製テーブルに椅子が四脚セットで等間隔に配置されている。
「そうですか? 確かに買い物も良く来ますし、交流は広い方だとは思いますけど。この街は優しい人ばかりなので、ヒビキさんもすぐに馴染めますよ」
ユニは自分のことには意外と鈍感で、自分のカリスマ性に気づいていないのだ。底知れぬ優しさと、圧倒的な行動力。彼女こそ物語の主人公に相応しい。これは響が一日見てきた率直な感想だった。
そこに二人が頼んだ飲み物が運ばれてくる。
「お待たせいたしました。こちら当店ブレンドの特製ハーブティーです」
店員のウェイトレスがティーカップを響とユニの前に並べる。その様子を、特にウェイトレスの頭部に響は興味をそそられ注視してしまっていた。
ウェイトレスの頭部には人間のものとは異質の耳、この場合は猫耳があり存在感をビンビンに放っている。濃紺の髪色と同色の毛で覆われたその耳は一瞬付け耳に見えなくもないが、時折僅かにぴくっと動いていることから神経が通っていることが窺える。
「んっ、私の耳がどうかしましたか?」
「あっ、いや。なんでもないよ」
猫耳ウェイトレスは野生の勘のようなもので響の視線に気付き一瞬訝しむ表情を見せたが、すぐに気にした様子もなく一礼すると厨房の方に戻って行く。
響はハーブティーを啜りながら視線を店内に巡らせると、接客中のウェイトレスが目につく。なんでもここの目玉は獣人のウェイトレスらしく、制服もメイド服を模した装飾のフリルドレスなのだそうだ。
「どうですか? うちの店とは違って、落ち着いた印象と可愛い店員さんが私はすごく気に入ってるんです。大通りに隣接しているので買い物のついでに来るには最適ですし」
うちの店とは言うまでもなく『ル・マオリル』のことだが、確かに立地からなかなかに繁盛しているようで、若者の男性が多いのはウェイトレス目当てということだろう。だがその中に家族連れや女子会の様な主婦層の一団もいることから幅広い層に人気なことが分かる。
「雰囲気も悪くないし、僕も好きだよ」
すっかり買い物の疲れも癒え、そろそろ店を出ようとしていた時。
突如厨房から一つの人影が勢いよく飛び出した。その人影は一直線にこちらを目がけて突っ込んでくる。脱兎の如く加速から勢いを殺さないように力強く踏み込むと、跳躍。狙いは、ユニ。
「ユ―――ニ――――ちゃ――――ん!!」
大声でユニを呼びながら空中で両手を広げ、ユニに抱き付こうとしている。
このままではいけないとは思ってはいても、響は咄嗟のことで呆気にとられてしまい身動きが出来ない。
するとその間に厨房から新たに飛び出した二つ目の人影が前者を上回る速さで響たちのテーブルまで迫り急停止、そして跳躍。ユニに飛びかかろうとする獣人少女の右側面に回り込むと同じ高さまで到達。
「毎度毎度、お約束のようにサボってんじゃねぇ―――――――――!!」
怒号と共に放たれた回し蹴りが空中で手を広げていた少女のみぞおちを見事に打ち抜き、先程までの満面の笑みが苦悶の表情に一転する。くの字で後方に飛ばされ勢いそのまま床を何度もバウンドし、厨房横のレンガ壁に激しく激突し、停止する。
「ふがぁっ―――!!」
短い悲鳴と、鈍い激突音。店が軽く揺れたような感覚。それが収まったと同時にテーブルの傍に着地する濃紺の髪の少女。それは先程テーブルに紅茶を運んで来たウェイトレスだった。
一瞬店内が静まり返るが、すぐに何事もなかったかのようにざわめきが戻る。中には「今回もダメだったな」「少しは進歩しろよ」などと野次る者もいた。
それを聞いてか、床に転がっていた少女が俊敏に立ち上がると客に食って掛かる。
「うるさいわよ! だいたい朝っぱらからこんなところで油売ってるような奴らにどうこう言われる筋合いはないんだけど?」
「客に向かってその態度はなんだ!」
「客ならそんな安物の酒なんか飲んでないで、もっと高級なのを頼みなさいよ!」
「こっちにだって経済的な都合があんだよ!」
「やっぱ文無しじゃないの」
少女と男性客の言い合いはヒートアップしていく。それをまるで催しでも見るかのように観覧している客たち。
「ごめんね、ユニ。ここ数日ユニが来てなかったから、何がとは言わないけど随分溜まってたみたい……」
先程までとは打って変わって砕けた口調でユニに謝意を告げるウェイトレス。
「別に気にしてないよ。アリシャも元気そうなのが分かったし、ここ数日は精霊術の特訓で忙しかったからね」
「もうちょっと強く蹴ればよかったかな。この店の壁の耐久度も気にしてやらないといけないから難しいんだ。強すぎると壁を壊しちゃうし、弱すぎるとあんな具合にすぐにけろっとして起き上がるだから」
「アリシャは中でも頑丈だからね。セシルも苦労が絶えないね」
セシルと呼ばれた少女は耳を少し垂らしため息を吐く。ユニがセシルを労っているその間もアリシャは客との口喧嘩を続けている。
響は完全に周りの空気について行けず、完全に置いてけぼり状態だった。
そこで思い立ったようにユニは口を開く。
「そうだ、この際だから紹介しておきますね。この猫っぽい娘がセシル、あっちで言い合いをしているのがアリシャ。二人ともネコ科の獣人種で私の親友なんです」
「そうだったんだ。えっと、越智響です」
「セシルです。よろしく…」
しかしそこで、セシルの響を見る目が変わった。先程までの一人の客としてではなく、ユニの連れとして。つまり、
「もしかして、この人ユニの恋人……?」
普通そういう考えに至ったとしても聞いて良いのか躊躇うものだが、セシルはその限りではなかった。思ったり、気になったことは口に出てしまう性格なのだろう。
その直後、響の顔が見る見るうちに潮紅し熱を帯びる。不意打ちであったため、「ひぇっ!」という何とも素っ頓狂な声が喉から出てしまいなお恥ずかしくなる。
「ち、違いますよ。ヒビキさんは旅人で、記憶喪失なので私がお世話してるだけです。なのでそんな恋仲だなんて有り得ない……。で、ですよね?」
同意を求められ響も肯定の意を示すが、これではむしろ怪しさ満載ではないかと思う。あと、『有り得ない』という言葉に少し響の胸は痛んだ。
やっぱ有り得ないよな……。いや、期待してたとかそういう事ではないんだけど……。
あと、怪しいのは関係性よりも自分の素性なのではと思う響。
しかし、セシルはその事には一切触れず「ふーん」と二人の間で疑惑の視線を往復させただけで一応は納得してくれたようだった。
「まあいいですけど、ユニと付き合うなら気を付けた方がいいですよ。アリシャはユニを溺愛していますから、その事がもし噂であろうとも伝わったりなんかしたら……」
「命はないと思っていいでしょうね」
続きを告げたのはいつの間にか響の背後に陣取っていたのはウェーブの掛かった茶髪に垂れ耳のウェイトレスだった。雰囲気からイヌ科のような彼女の言葉は丁寧なのに辛辣な語り口調で響は反射的に背筋がゾクりとした。
「レオナ、いつからそこに?」
セシルが聞くと、まるで子供の様な無垢な笑顔を浮かべ、
「面白そうな話の匂いに釣られちゃった」
そう言いペロッと舌を出す。その雰囲気は子供のそれとは違い妖艶さを含んでいた。
そこで響はレオナという人物の危険性に気づく。
「あの、もしかしてレオナさん。そのことを彼女に言うつもりなんじゃ……」
「さあ、どうでしょう?」
含みを持った笑みを浮かべるレオナ。響は完全に弄ばれていた。ユニとセシルも手に負えないらしく助け舟は期待できない。
「文句あるなら掛かって来なさいよ。全員まとめて相手してやるんだからあああぁぁぁぁ―――――――――――――――――――!!」
今日一番のアリシャの怒声が店内に木霊した。




