第二十二話 憤怒な広島の話。
十年は前のこと。
チエ先輩に頼まれた関係で広島にいた。
8月アタマのことだった。
たまたま誰もいなかった。
このめも八朔でいなかったんだわ。
アクタぐらいなら、呼び出せたけど、チエ先輩、霊力あるけど零感タイプだからもぐもぐ甘噛みされそうだったから他の後ろの子達も居なかった。
誤解を承知で言うなら、チエ先輩は霊力の質は私よりかなり上、量もそこそこあるタイプだが、霊感などとして流用できないタイプだった。
だから、行きの新幹線で蒼真さんと再会できたのは、奇跡であり、蜘蛛の糸だった。
んで、原爆資料館。
グラウンド・ゼロで当時あったビルが吹き飛んだ場所だ。
もう一度いう、そこにあったビルが吹き飛んだ場所だ。
そこを回って、適度に住人を無視しつつ、ね。
途中の外国人が、『街中にこんな大きな資料館珍しいデ-ス』(英語・意訳)とか言ってたが、「ヤンキー、てめぇの国が原爆落としたんだろうが、すっとこどっこい。」と言わなかったのは褒めてほしい。
アメリカのお家芸で、先に殴らせたから辛うじて、てめぇが被害者面出来てるんだろうが。
子の辺りは、真珠湾攻撃に至った理由やイラク戦争、湾岸戦争辺りの事情を調べてくれ。
真珠湾攻撃が無かったら、おそらく、日本は日本として残ってなかったぞ?
右だ左だ、好きに言え、一般人のライトマニアが調べた程度でそう思えるんだ。
専門家は言わないだけでどう思ってんだが。
で、話は戻して、最期に原爆ドームと供養塔回って、昼ご飯にするか本屋行くか、そういう雑談をしながら、原爆ドーム方面に向かっていた。
具体的に言うなら、今調べたところ、元康橋の東詰めを渡ってそこから川沿いにって感じだ。
――呑まれた。
そうとしか言いようが無い。
今ほど暑くなかった当時。
その日は、日陰に居たら風が気持いいそういう日だった。
だけど、呑まれた瞬間、文字通り空気が違った。
一番近いので、科学館とかにある砂漠体験ブース。
うっかりそれに入ってしまったようなそんな感じだった。
間違っても食欲のわかない蒸し焼きと直火で焼かれた肉の匂い。
むせ返るような暑さ。
いるだけで肌が焼ける暑さ。
まるで、原爆投下直後で止まっているようじゃないか。
川から、赤黒いナニカが上がってくる。
多分、話として、原爆投下直後などに水を求めて川に飛び込んだとか。
水を求めたのに、ものすごく熱かったとかのそういう話のせいで再現されたんだろうけど。
「チエ先輩、少し静かにしててください。」
よく原爆関係の形容句に「怒りの広島」「祈りの長崎」なんてあるけど、それだった。
あえて、言語化するならだけど、彼らは死んでるのは分かってる。
その上で、私達が生きてることを否定したいらしい。
奇しくも、8月6日の慰霊祭の前だった。
ガス抜き前だった。
だから、生者を引きずり込みたかったんだろう。
ここで、お経なり祝詞を詠めれば絵になるんだろうが、読めない。
そもそも、あれって、霊力に信仰心をブースターにぶん殴るもんだから、カミサマを信仰しない私に使えない。
今はとりあえず、読まないよりマシぐらいには読める。
だから、万感を込めて歌で叩き込む。
極論、『生麦大豆二升五合
』でも追い払えるんだが、あえて。
『死んだ女の子』から『ラストクリスマス』まで、「忘れてないが、死者が生者を害すな」と思い込めて歌った。
音痴だが歌った。
一応、霊感持ちなら聞こえるかなと打算はあったけど。
なんにせよ、歌に感情を込めるとイコールじゃないにしても、霊力放出するわけで限界もある。
気絶する直前、小さい水晶と淡水真珠が私達と彼らを区切った。
次に目を覚ましたのは近くのベンチだった。
「お、生きてたな。」
「蒼真さん?」
「とりあえず、あいつらは追い払った。」
最後の水晶と真珠は、蒼真さんのだった。
この後、蒼真さんの奢りで広島焼きをゴチになりました。
加えるなら、その年から、8月のみ、皮膚の炎症が起こるようになった。
まるで、身体を焼かれるようそんな炎症が。




