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死亡請負人クチナシ  作者: 沙φ亜竜
第6章 今考えうる、僕なりの最善の対処法
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-2-

 突然、部屋のドアが乱暴に開け放たれる。


「粉雪さん、遊びに来ましたわよ! 今日はどこへ行きましょうかしらね! ……って、あら?」


 頭の左右で大きな縦ロールを揺らす、よく見知った女の子。

 それは姫女苑さんだった。

 一瞬、目の前に広がる光景がなんなのか、理解できなかったのだろう。

 つり目を見開き、パチクリと何度もまばたきを繰り返す。


「ちょ……っ!? なんですの!? どうして粉雪さんが、翌檜さんを誘惑してますの!?」


 とんでもない誤解を生んでいた。

 いや、僕の顔と春紫苑さんの顔の距離がほんの数センチ、という今の状況を考えれば、そう思われても仕方がないかもしれないけど。


「そんなんじゃないから!」


 僕は慌てて否定する。

 姫女苑さんのほうは、今度は周囲に目を配る。

 その視線は、すぐにある一点で止められた。


「どうしてクチナシさんまで、ここにおりますの!?」


 クチナシがいることに気づき、再び怒鳴り声を巻き散らす。


「しかもパジャマ姿だなんて、どういうことですの? 粉雪さんもパジャマですし……。はっ!」


 そこで姫女苑さんの顔が、大げさに驚いた表情へと変わる。


「粉雪さん、まさか……世に言うパジャマパーティーってのをしてましたの!? ずるいですわ!」


 ずるいって……なぜそんな結論に至るんだか。

 そこまでパジャマパーティーに憧れがあったのかな?

 なんとなく、ほのぼのした気持ちに包まれる僕だった。


「しかも、男性の翌檜さんまで呼ぶなんて! 三人でパジャマパーティーをしてましたのね! 不潔ですわ!」


 どうやらいつものように、姫女苑さんには辛酢の姿が見えていないようだ。

 だから、三人で、という話になっている。

 ……って、そんなことより、不潔って!


「あのさ、姫女苑さん! 違うからね!? あと、それだと一般的なパジャマパーティーの範囲からは外れるかと……」


「翌檜さんは黙っていてください! これはわたくしと粉雪さんの問題です!」


 取りつく島もありゃしない。

 一方、対する春紫苑さんは答えない。というか、答えられない。デストが乗り移っているからだろう。

 デスト自身も、乱入者の登場に戸惑い、言葉を失っている。

 僕はそう考えたのだけど、それは完全に間違った認識だったようだ。


「許せませんわ~~~~~~っ!」


 姫女苑さんがひと際大きな声で叫ぶ。

 と同時に、部屋の中だというのに突風が吹き荒れる。


「うわっ!?」


 反射的に手で顔をガード。

 指の隙間から目を向けてみると、姫女苑さんの全身から放たれる、どす黒いオーラの渦のようなものが確認できた。


「やはり、この娘だったか」


 デストがつぶやく。

 無論それは、春紫苑さんの口からこぼれ落ちた言葉だったのだけど。

 自我を失っている状態なのか、姫女苑さんはそのことに気づきもしない。


「やはりって……デスト、どういうことだよ!?」


「人間がいれば、悪しき気は放たれてしまうもの。それは仕方がない。

 ただし、普通は霧散していく。

 たが、それを引き寄せてしまう存在がこの界隈にのさばっているようでな。我はその調査もしていたのだ!」


「それがさっき言っていた本当の理由ってことか!」


 風の勢いに負けないよう、大声を飛ばし合う。

 納得はできたものの、だからといってどうなるわけでもない。

 今はこの状況をどうにかしないと!


 といっても、僕に対処するすべなどあるはずもなかった。

 期待できるとしたら、死神王デストと辛酢くらいだと思うけど……。

 姫女苑さんが放っているのはただの風ではないらしく、ふたりとも黒い突風に圧され、動くことすらままならない様子だった。


「粉雪さん、絶対に許しませんわ~~~~! ぐががうぐるるるぐぎぎぎぎぐおおおおををををん!」


 姫女苑さんとは思えない、まるで獣のような咆哮まで響かせ、突風を巻き起こし続けている。

 そのパワーは留まるところを知らない。

 それどころか、ますます膨れ上がっていくようにすら感じられた。


「最近、この界隈の死亡予定者が異常に増えて、クチナシの死亡請負人としての役目も頻繁に必要となっていた。

 短期間に死の痛みを請け負い続けるのは、クチナシの精神的にも問題が出る可能性がある。だからこそ、我は調査しておったのだが……。

 よもやここまで強大な存在になっているとは想定外だ。もっと早めに対応できておれば……」


 悔しげな声。

 死神王のデストですら解決できない事態にまで陥っているのだ。

 これは、ちょっとヤバいかもしれないな……。

 なんだか他人事のように、そんな考えが浮かんでくる。

 あまりにも非日常的な展開の連続に、僕の思考は現実逃避気味だった。


「デスト様……。あの娘から、やけに禍々しいオーラを感じます。

 あれは……死神王イキルのものでは……」


 激しい突風が続く中、辛酢が自信なさそうに提言する。

 死神王イキル。

 知らない名前だけど、そういう死神がいるのだろう。


「なにっ!? くっ、我には感じられんが……。

 この粉雪とかいう娘のほんわかオーラが強すぎて知覚力が抑圧されておるのかもしれん。

 ともかく、辛酢の言うとおりなら、非常に厄介な状況になるな」


「厄介な状況?」


「うむ。遥か昔、クチナシの先祖である巫女は、人々から恨まれた。だが、それだけでは呪いにはならない。

 あるひとりの人物によって無意識にまとめ上げられ、呪いにまで昇華したのだ」


「昇華?」


「そうだ。本来ならば霧散して消えてしまうだけの恨みの念を、呪いという形として具現化してしまったのだ」


「デスト……あんたが呪いをかけた張本人ってわけじゃなかったのか!?」


「我の力を使って具現化した、という意味においては、我が呪いをかけた、と言ってもよかろう?」


「そ……そういうものなのか?」


 腑に落ちない思いを抱えてはいた。

 だけど今、そんなことをとやかく言っている暇はない。


「呪いに昇華させたその人物が、あの娘の先祖にあたるようだ。

 能力が受け継がれているせいで、周囲にある負の思念を無意識に集めてしまった。

 自分自身でも、かなり強い負の思念を抱え込んでいるみたいではあるがな」


「姫女苑さんが……」


 クチナシを目の仇にしていたのは、そういった先祖の恨みの念が魂のレベルで残されていたからなのかもしれない。


「だとしても、どうしてそれだと厄介なんだ?」


「死神王には縄張りがある、というのは聞いておるであろう?

 辛酢の言うように死神王イキルのオーラが感じられるのであれば、あの娘はイキルとつながりの強い人間となる。

 すなわち、我には手出しできない存在となってしまうのだ」


 死神にとって、縄張りは絶対。

 禁止されているから自制している、というわけではなく、完全になにもできないのだという。

 デストの話を聞く限り、僕たちにとってかなり分の悪い状況になっているのは疑いようもない。

 死神なのにイキルって……とか、ツッコミを入れたい気もするけど、そんな雰囲気でもない。


 姫女苑さんは身を激しく震わせ、黒い突風を巻き起こし続けていた。

 ぬいぐるみやら化粧品の類やら、置いてあった小物類が宙を舞い、壁に叩きつけられている。

 風の勢いは凄まじく、部屋も窓ガラスもほとんど割れてしまった。

 こんな騒然とした事態となっているのに、誰も駆けつけてこない。

 おそらくそれも姫女苑さんに宿った能力の影響だと、デストは語る。


 姫女苑さんを中心に、黒い突風は渦を巻いて激しく放出され続けている。

 それだけではない。

 姫女苑さんに向かって引き寄せられるような強烈な気の流れも、同時に存在している。

 吹き出していく気流と、吹き込んでいく気流。

 双方が混ざり合い、鋭い刃物となって部屋中で荒れ狂っている。


 その刃物が標的とするのは言うまでもなく、小物類や壁、窓ガラスといった無機物だけに留まらない。

 僕の身にも春紫苑さんの身にもクチナシの身にも、多くの切り傷が浮かぶ。

 衣服にも無数の裂け目が生じている。

 激しいかまいたち、といった様相だ。


「姫女苑さん、もうやめるんだ!」


 僕の声は届かない。

 黒い思念の渦を伴った突風は、刻一刻と激しくなっていくばかりだった。


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