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「どうすればいいんだ!?」
死神王デストが手を出せないのならば、その使役である黒天使の辛酢がどうにかできるはずもない。
僕は途方にくれていた。
そこでデストが口を開く。
「暴走状態にあるあの娘の能力を封じればいい!」
「封じるったって、どうすれば……」
「心配するな! 方法はある!」
精神的な部分以外に、突風に乗って物理的に襲いかかってくる物体から守る意味でも頭を抱えている僕に、デストが自信満々な力強い言葉をかけてくる。
言った途端、飛んできたペンかなにかが顔面にぶつかって痛みを堪えていたのが、なんとも頼りなさを感じさせるところではあったけど。
それにしても、デスト自身の体じゃないからなのか、手で顔や頭をガードしたりもしないとは。
春紫苑さんが目を覚ましたら、びっくりするのではなかろうか。あたしの綺麗な顔に傷が~って。
……春紫苑さんは、そんな性格でもないか。
あれ~? なんか顔が傷だらけ~。どうしたのかな~? とか言って首をかしげるだけっぽい気がする。
思考が無意味な方向に逸れる。
僕の意識が途切れかけている証拠なのかもしれない。
突風のせいでまともに酸素を取り込めない状態に陥っているのだろう。
ともかく、デストに問いかける。
「その方法ってのは?」
答える声はない。デストは代わりに、視線を一方に向ける。
そこには、先端の尖った大きなガラス片が転がっていた。
割れたガラスの一部は、室内にも飛び散っている。
その様子からも、吹き出す気流だけでなく、吹き込む気流も存在しているのがうかがえる。
「ガラス……?」
「そうだ。翌檜よ、あれであの縦ロール女を刺せ!」
「ええっ!?」
デストのやつ、とんでもないことを!
「そんなことをしたら、姫女苑さんが死んじゃうよ!」
ふざけるのも大概にしてもらいたいものだ。
しかし、デストは真顔。
顔は春紫苑さんのものだけど、冗談を言っているような雰囲気では決してなかった。
「あ……なにかに乗り移られてるような感じだから、本人は無傷で済むとか?」
僕の言葉は、すかさず否定される。
「いや、あの女は死ぬ。というか、殺せ。それしか止める方法はない!」
「そんな! 僕にはできないよ!」
当たり前だ。姫女苑さんを殺すなんて。
「だが、我にはできない。辛酢にも無理だ。ならば、やるのはお主しかいないであろう?」
「うっ……。それは、そうかもしれないけど……」
僕が、この手で、クラスメイトを――姫女苑さんを、殺す……?
「無理だよ、そんなこと! あっ、それに、こんな突風の中じゃ、近づくことだってできないし!」
どうにか嫌な役割から逃れようと、僕は必死に言い訳を探して口にする。
「一瞬だけなら、我の力で風を止めるくらいは可能だ!」
「で……でも……!」
「デモもスモモもない!」
「なに言ってんだよ! 意味がわからない!」
「いいから、やれ! 早く!」
一方的に押しつけてくるデストに、僕は抵抗し続ける。
そのあいだも、黒い突風は吹き荒れていた。
何度も何度も、僕を、春紫苑さんに乗り移っているデストを、黒天使の辛酢を、そしてクチナシを、容赦なく切り裂いていく。
どういうわけか、一番被害を受けているのはクチナシだった。
血のにじむ傷の数は、僕たちと比べて数倍以上になっている。
パジャマもかなり激しく引き裂かれ、広い範囲で素肌が露出してしまっている。
もうちょっとで、見える!
……じゃなくて!
これ以上は、マズい!
死亡請負人としての役目を持ち、不死身であるはずのクチナシ。
死ぬほどの痛みを何度も受け、慣れてもいるだろう。
それだけであれば、僕たちはともかく、少なくともクチナシは生き残れる、と考えられる場面だと言える。
クチナシだけでも死なないでくれるなら、僕としては満足だ。
クチナシのためなら、僕の命くらい投げ出してもいい。
ただ、デストの言葉が僕の一縷の望みをも打ち砕く。
「このままでは、クチナシが殺されてしまうぞ!? それでもいいのか!?」
殺される?
不死身のはずのクチナシが?
「そうだ! 死神王イキルを根源とする力が渦巻く中では、我の与えた不死身能力も無効化されてしまう!」
クチナシが……死んでしまう……?
「しかも、それだけではない!
死亡請負人としての役目を途中で放棄することにもなる! 残りすべての罪を背負ったままな!
もしそうなったら、クチナシは地獄に落ちることすらできず、死ぬほどの痛みと苦しみを永遠に味わい続けなればならなくなる!」
死ぬほどの痛みを……一時間どころではなく……永遠に……?
「無論、お主が手を差し伸べ、痛みを引き受けることもできない! クチナシは時空のはざまで苦しみ続けるのだ!
お主はそれでいいというのか!?」
そんなの……。
「いいはずないっ! うおおおおおおおおお!」
僕は気合いの雄叫びを上げ、突風にも負けない勢いでガラス片を拾うと、それを両手でしっかとつかむ。
強く握りすぎて自分の手が切れてしまったけど、そんなの問題にもならない。
すかさずターゲットをロックオン。
狙いは姫女苑さんの左胸。
すなわち、心臓。
黒い突風による抵抗はない。
さっき言っていたように、デストが一時的に止めたのだろう。
僕は急所目がけて、ガラス片の切っ先を勢いよく突き出す。
姫女苑さんが顔を向けている。
泣きそうな顔を向けている。
やめてください、翌檜さん。お願いしますわ。
眉尻を下げ、そう言いたげな弱々しい表情を見せる。
覚悟を決めて飛び出してきたのに、心が折れそうになる。
だけど、
ここで止めるわけにはいかない!
この姫女苑さんの表情は、黒い負の思念が見せた幻。
気の迷いを起こした時点でニタァーと笑い、僕を……いや、僕たち全員を殺すつもりなんだ!
「うおおおおおおおおおっ! 姫女苑さん、ごめん!」
最後に少し、僕の弱い部分が出てしまう。
それでも、自分の役割はしっかりと果たした。
……はずだった。
僕の腕に伝わってくる手応えはあった。
ぐちゅっと肉の中に切っ先が入り込んでいく、その感触はガラス片を通して確かに感じられた。
にもかかわらず、ガラス片は姫女苑さんの心臓を貫いていなかった。
狙いが外れて別の場所に突き刺してしまったわけではない。
姫女苑さんの体のどこにも、傷はついていなかった。
代わりに、別の人の血が、加害者である僕に降りかかってくる。
「ぐっ……ごふっ……!」
胸の辺りからの大量出血に加え、口からも血を吐き出し、うめき声を漏らす。
それは……クチナシだった。
僕が姫女苑さんを突き刺す直前、クチナシが自らの身を割り込ませた。
ガラス片が貫いたのは、クチナシの心臓だった。
姫女苑さんを庇い、クチナシが身代わりになったのだ!
身代わり、という言葉が浮かび、僕はすぐに察した。
そうか! 死亡請負人としての役目!
姫女苑さんを殺すしか、止める方法はない。
その死をクチナシが請け負えば、姫女苑さんは死なずに済む!
クチナシも死亡請負人の能力があるから死なない!
それに、クチナシは死を請け負っただけじゃない。
姫女苑さんがその身に宿していた黒いオーラごと請け負ったのだ!
「ぎゃああああああっ!」
クチナシの口から、この世のものとは思えないほどの重苦しい断末魔の叫び声が飛び出す。
これが、姫女苑さんに取り憑いていた禍々しいオーラの悲鳴……。
鮮血の噴出に合わせ、激しい風に乗って黒い歪みも放射状に飛び散り、溶けるように消えていく。
「よし! これであの娘の能力も封じられたぞ!」
デストの意図は、そこにあった。
そしてそれを、クチナシも瞬時に理解していたのだ。
すべてを悟った僕。
もちろん、即座にクチナシの手を握った。
痛みの半分を、引き受けるために。
激しい苦痛が胸の辺りに襲いかかる。
熱さのようにも感じられる痛みが、体の内部から止め処なく溢れてくる。
痛い。
けど、これは僕が与えた致命傷。
心して受け取る。
クチナシの苦しみが、少しでも和らいでくれるように――。




