001 いつもの日常、いつもの夜勤
深夜0時半。
巡回を終えた夕子が安堵の息を吐き、モニターを見つめた。
認知症の高齢者が共同生活する介護施設、グループホーム「ゆめ」。
彼女朝霧夕子は、ここに夜勤専従で働いている介護職員だ。
眼鏡を取り目をこすり、軽く伸びをする。そして再び、モニターに視線を送った。
モニターは9分割されていて、談話室や廊下などがリアルタイムで映っている。もし利用者が出てくれば、すぐに分かるようになっていた。
3時間おきに部屋を巡回し、おむつ交換やトイレ誘導、安否等を確認する。それ以外の時間はこうして、詰所からモニターで監視する。それが夜勤の主な業務だった。
「お疲れ様です。こっちはわりと穏やかですよ」
内線用に携帯しているPHSが鳴った。下のフロアーの夜勤スタッフからだった。
内線の相手は濱口千花。この施設のスタッフリーダーで、夕子が頼りにしてる存在だ。
34歳の彼女は既婚者で、子供が二人いた。基本昼勤なのだが、シフトの都合上、こうして月に何度か夜勤にも入っている。
「お疲れ夕子ちゃん。こっちも穏やかだよ。西口さんも22時には寝付いてくれたし、このまま朝までいってほしいよ」
「ですね。西口さん、スイッチが入ったら大変ですし」
「まあ、失禁覚悟かな。下手に起こしてトイレに連れていって、それで覚醒されても困るし。朝の失禁処理は覚悟の上だよ」
「ふふっ、そうですね」
「そっちはどう? 安城さんはいい子してる?」
安城という名前を出され、夕子の表情が少し曇った。
「安城さんは……まあ、いつも通りです」
夕子の沈んだ声に苦笑しながら、千花がわざと明るく言った。
「じゃあ休憩まであと少し、頑張ってね」
「はい、ありがとうございます」
PHSを切り、小さく息を吐く。
「……」
時計を見ると、まもなく1時になろうとしていた。
「あ……」
モニターに映る、施設の玄関口。そこの自動ドアが開いた。
しかし人影はない。千花によると、車のGPSとかに感知センサーが反応して、たまに開くことがあるそうだ。
夕子がポーチを手に、1階の休憩室へと向かった。
休憩は2時間。備え付けのベッドもあり、スタッフはここで仮眠をとっていた。
しかし夕子は、ここでコーヒーを飲みながら読書をするのが常だった。2時間寝たところで、疲れが取れる訳でもない。それなら寝ずに、家で山積みになっている未読の本を消化していく方が効率的だと思っているからだった。
それにこの時間は静かで、読書には最適な環境だった。
休憩室に、ページをめくる音が静かに響いた。
「……」
だが、今夜はどうにも集中出来ない。さっきから感じる視線に、夕子はため息をつき本を閉じた。
駄目だ。今夜は諦めよう。
「おっ、今日はそこまでかい?」
部屋に響く男の声。
この部屋には夕子しかいない。しかし明らかに今、男の声がした。
夕子が呆れた顔で、声の方向に視線を移す。
「だって……なんかこう、読みづらいじゃないですか。そうしてずっと見られてると」
「はははっ、悪いね」
視線の先。そこには椅子があるだけだった。
しかし夕子の目には、はっきりと男の姿が映っていた。
作業服を身に纏った、年の頃60程の壮年。
男は穏やかに微笑み、夕子に言った。
「いつも悪いね、お嬢ちゃん」
「まあ、いいですけど……どっちみち今日は集中出来そうにありませんでしたから。それにさっき自動ドアが開いたから、そうなんだろうなと思ってましたし」
「はははっ、すまんね」
男が笑う。
男の名は品沢昭典。
幽霊だ。




