スリハモ3 絆と恋心
【はじめて気づいた気持ち】
「……じゃあ、失礼します!」
その日、ミカはひとりで公園のベンチにいたおじさんに、頭を下げて帰ろうとしていた。
前にユリと一緒に謝りに行ってから、ふと気になっていたのだ。
どんな人なんだろう、って。
今日も優しく笑っていた。
落ち着いた話し方、気取らない言葉。
どこか、父親に似ているようで、でも違う。
(なんでだろう……この人と話してると、変な気持ちになる)
帰り道。
ミカの頬はほんのり赤かった。
それから、何気なくユリに話しかける。
「ねぇ、ユリ」
「ん?」
「……おじさんって、優しいね」
「ま、まぁね。昭和だけど、いい人」
「……そっか。ユリってさ、おじさんのこと、どう思ってるの?」
「え?」
一瞬、言葉に詰まった。
「別に……ただの、友達……みたいな」
ミカはふっと目を伏せた。
「……よかった」
「……え?」
「ううん、なんでもない!」
数日後。
ミカはまた1人で、あのベンチを訪れていた。
「こんばんは、おじさん」
「おや、今日はユリと一緒じゃないんだな」
「ちょっと、話したくて」
夕方の空の下。
ミカはおじさんと、最近の勉強のこと、部活のこと、家のこと、たくさん話した。
おじさんは相槌を打ちながら、どんな話にもちゃんと耳を傾けてくれた。
「……なんか、はじめてかも。こんなに“ちゃんと聞いてくれる大人”って」
「そうか。私はただ、話を聞いてるだけだがな」
「それが嬉しいんです」
ミカの声は、ほんの少し震えていた。
「……あの、変なこと言ってもいいですか?」
おじさんは、少し驚いたように目を向ける。
「私……あなたのこと、たぶん……好きです」
沈黙。
風の音だけが、公園を吹き抜ける。
おじさんは、少しだけ困ったように笑った。
「……ありがとう。でも、私はきっと、あんたのお父さんと変わらない歳だ」
「……わかってます。でも、本気です」
ミカは目を逸らさなかった。
その目には、恋というよりも、誰かに届いてほしい想いの強さがあった。
その夜。
ユリにメッセージが届いた。
『ユリ、ごめん。私、あんたに黙ってることがある。明日、話したい』
ユリはスマホを見つめながら、心のどこかがざわつくのを感じていた。
【止まらない観覧車】
数日後、公園のベンチで
「え?遊園地?……なんでまた」
おじさんは目を丸くして言った。
ユリはチケットをひらひら振りながら笑う。
「だって、今ちょうど割引イベントやってんだよ。しかも、ペアじゃなくて“三人割”ってやつ」
「ほんとはミカが行きたいって言ったんでしょ?」
ミカはちょっと恥ずかしそうにうつむきながら、
「う、うん……でも、3人で行けたら楽しいかなって」
おじさんは少し戸惑いながらも、帽子をかぶり直した。
「……ま、たまにはいいか」
週末、遊園地。
ユリはギャル全開のカジュアルコーデ。
ミカはちょっと背伸びした落ち着いたワンピース。
おじさんはいつもよりちょっとカッチリしたジャケット姿。
3人で写真を撮ったり、絶叫マシンで叫んだり、わたあめを分け合ったり。
表面上は笑顔であふれていた。
でも、それぞれの胸の中には、言葉にできないものが渦巻いていた。
夕方。
観覧車に乗ることになった。
本来は2人乗り。
「……ど、どーする?」
ミカが少し緊張気味に言う。
「えー、ミカ行きなよ、おじさんと」
「え? ユリが先でいいよ」
「遠慮すんなって。観覧車ってさ、デートで乗るもんでしょ~?」
2人の視線が、おじさんに向かう。
おじさんは、少しだけ口元を歪めて言った。
「……じゃあ、ミカ。先に行こうか」
観覧車の中、静かな空間。
ミカは目を伏せたまま言った。
「……なんか、夢みたいです。こんなふうに、あなたと観覧車に乗るなんて」
「ミカさん」
「……ユリに、全部話しました。あなたに気持ちを伝えたことも、遊園地に来たかった理由も」
おじさんは驚いた顔をする。
「ユリ、怒ってなかった。むしろ“行ってこい”って背中押された感じで」
ミカは観覧車の窓から、夕焼けに染まる街を見下ろしながら、つぶやく。
「でも、分かってるんです。本当にあなたの隣に必要なのは……私じゃないって」
おじさんは静かに首を横に振った。
「違う。必要なのは……“一緒に笑ってくれる人”だよ。ミカも、ユリも、どちらも大事だ」
「……でも、それは“恋”じゃない」
観覧車が一番上に達したとき。
ミカの目に、小さな涙がにじんでいた。
観覧車の出口で待っていたユリは、ミカの顔を見るなり、何も言わずに手を差し出した。
「……ん、泣いてないし」
「うん、泣いてないね。目ぇちょっと濡れてるだけだね」
2人は顔を見合わせて、クスッと笑った。
おじさんは、少し離れた場所からその様子を見て、そっとため息をついた。
(……まったく、青春ってやつは)
【その言葉の前に】
秋が深まり、木々の色も赤く染まり始めていた。
ベンチの上に並ぶ3人。
たこ焼きを食べながら、今日もなんでもない話をして笑い合っていた。
でも、ふとした間。
おじさんが目を閉じて、しばらく黙った。
「……大丈夫?」
ミカが覗き込む。
「ああ。少し、目が回っただけだ。歳のせいだよ」
その日は、それ以上何もなかった。
数日後。
ユリは、おじさんが入ったという病院を偶然見つけた。
買い物帰りの偶然、というにはできすぎていた。
(なんで……?)
受付で名前を聞くと、「検査中」と言われた。
心の奥がざわついた。
次の日、おじさんがベンチに現れた。
「この前、病院にいたでしょ」
ユリの問いに、おじさんは一瞬だけ笑った。
「……そっか、見られてたか」
そして、静かに語りはじめた。
「病名は、あんまり言いたくない。なんか、ドラマみたいになるのも恥ずかしいしな」
「でも――医者には、あと半年ぐらいって言われたよ」
空気が止まった。
ユリもミカも、言葉を失った。
「でも、ほら。死ぬ前に誰かと仲良くなれたのは、案外ラッキーだったかも」
「そんな顔すんな。2人とも、泣き顔似てるぞ」
おじさんは冗談っぽく笑ったが、声が震えていた。
「……やだ」
ミカが、ぽつりと呟いた。
「やだよ……」
「ウチもやだよ……!」
「勝手に終わらせようとすんなよ、昭和のくせに!」
2人はおじさんに詰め寄る。
「じゃあ、残された時間、どう過ごす?」
おじさんが静かに問うと、
ユリは答えた。
「決まってんじゃん。3人で笑って、思い出、もっと作るの」
ミカも続いた。
「うん……最後まで、ちゃんとあなたの味方でいたい」
その日は、たこ焼きではなく、ホットココアだった。
温かいけれど、どこか涙の味がした。
続く