スリハモ2 言葉にできない関係
【その目、誰の目?】
「じゃ、明日もここね~。たこ焼き、今度は奢るから」
そう言って笑ったユリを、おじさんは見送った。
仲直りした日の帰り道。
心がふわふわして、空気まで柔らかく感じた。
でも――
「……あれ?ユリ?」
その声がしたのは、商店街の角を曲がったときだった。
ユリがびくっと振り返ると、制服姿のクラスメイト2人が立っていた。
「今の……誰?なんかオジサンとメッチャ仲良くしてなかった?」
「あれ彼氏?ウケる〜!“年の差純愛”とか〜!?」
からかうような笑い声。
悪気があるのか、ただの興味本位なのかも分からない。
「ち、ちがうし!近所の人なだけだし!」
「へぇ~、じゃあプリ撮ったってのはガチなの?」
「……っ、なんでそれ知って――」
クラスメイトの片方が、スマホを見せた。
SNSに上がっていた、例のプリクラ。
誰かがどこかから拾って、勝手に投稿していたのだ。
「やば~い、バズるかもねコレ。『年の差青春コメディ!』って感じ?」
「ちょ、待って、それ消して!」
慌ててスマホを奪おうとしたその瞬間、ユリの胸にズキッと痛みが走った。
なんでこんなに必死になってるの?
ただの近所のおじさん…のはずなのに。
「……いいじゃん別に。ウチが誰と一緒にいようが、関係ないっしょ」
「……え?」
「バカにしたいならすれば?でも、勝手に写真使うのだけはマジでムカつくから」
クラスメイトたちは一瞬たじろぎ、「ご、ごめん」とだけ残して去っていった。
その夜。
ユリはベンチに座っていた。
でも今日は、あのおじさんは来なかった。
心の中に、もやがかかる。
「……おじさんは、あの写真、見てないよね……?」
ポケットの中のスマホが、やけに重く感じた。
【ごめんの先にあるもの】
次の日の放課後。
ユリは教室でぼんやりと空を見ていた。
昨日の出来事が、まだ頭から離れない。
クラスの中ではもうすっかり噂になっていて、誰かがこっちを見てヒソヒソ話してるのが分かる。
「……うざ」
スマホの通知を見て、ふと指が止まった。
『ごめん ちょっと話したい』
メッセージの送り主は、昨日のクラスメイトの1人――ミカだった。
夕方、公園のベンチ。
そこには、先に来ていたおじさんと、少し緊張した顔のミカ。
ユリが来る前に、ミカはおじさんに深々と頭を下げた。
「昨日は……ほんとにごめんなさい!なんか、勝手に写真のこととか言っちゃって……」
おじさんは少し驚いたように目を見開いたが、やがて穏やかに笑った。
「気にしなくていいよ。年頃の子にしてみれば、奇妙な光景だったろうしな」
「いえ、それだけじゃなくて……ユリに、あんなに真剣な顔されたの初めてで……。ちゃんと、友達として謝らなきゃって思って……」
ちょうどそこへユリがやってきた。
「……え、なにしてんの、ミカ?」
「ユリ……ごめん。昨日は本当に調子乗ってた。バカにしてたつもりはなかったけど、結果的にそうなってた。ほんとに、ごめん」
ユリはしばらく無言だった。
でも、ふっと息を吐いてから言った。
「……まあ、SNSのやつはマジでムカついたけど。消してくれたなら、もういいよ」
「うん、全部消した。みんなにも言っとく」
おじさんがにっこりと笑った。
「ちゃんとした友達を持ってて、あんたは幸せだな、ユリ」
「うるさい。昭和のくせに、いいこと言うじゃん」
ミカがくすっと笑い、ユリもそれに続く。
まるで、空気が一気に軽くなったようだった。
帰り道。
ユリは少しうつむきながら、おじさんにぽつりとつぶやいた。
「……なんかさ、前よりもウチ、ちゃんと人と向き合えてる気がする」
「それは、あんた自身が変わったからだろう」
「……そっか。おじさんと出会ったせいかな」
おじさんは笑って、何も言わなかった。
【見えない傷】
それは突然だった。
ある日、学校に一本の電話が入った。
「近所の女子高生が、年上の男性と頻繁に会っている。不適切な関係ではないか」――と。
電話の主は、近所の顔なじみである“井口さん”。
ユリのことを「あの派手な子」と、昔からよく言っていた人だった。
呼び出されたユリは、教員からの厳しい視線に晒された。
「これは確認だが……その男性と、どういう関係なんだ?」
「ただの……近所のおじさん。友達……みたいなもん」
「プリクラも出回ってるぞ。SNSに写真が上がっていたそうだ」
(まだ残ってたの……?)
何をどう説明しても、言葉が軽くなる。
一度「疑いの目」で見られると、事実さえ歪められてしまう。
その日、ユリはベンチに来なかった。
おじさんも、事情を知っていた。
町内会で井口さんが大声で話していたという。
「あの子、きっとそういう子なのよ。だって、見た目からして……」と。
「……見た目、か」
おじさんはベンチに座りながら、遠くを見つめた。
数日後。
ユリが教室の隅にいたとき、ミカがそっと近寄ってきた。
「ねぇ……ちゃんと、言おうよ。あたし、先生に言う。ユリがそんなことする子じゃないって」
「でも、誰も信じない。ギャルだし、成績も良くないし、教師に媚びるタイプじゃないし」
「そういうの、やめよ。自分のこと、そんなふうに言うの。ウチ……悔しいよ」
ミカの目が潤んでいるのを見て、ユリはぎゅっと拳を握った。
「……じゃあ、一緒に行って」
その日の放課後。
ユリとミカは、職員室で事情を説明した。
いつどこで会っていたか
おじさんが何もしていないこと
娘を亡くしたおじさんと、親と話せないユリの“居場所”だったこと
涙は見せなかったけれど、声は震えていた。
そして数日後。
井口さんが、近所の公民館でひっそりとおじさんに頭を下げた。
「思い込みで、申し訳なかったわ」
「……謝るのは、彼女にしてあげてください。私は平気です」
おじさんは、静かにそう言った。
その日の夕方。
久しぶりに、あのベンチにユリが現れた。
「……迷惑、かけた」
「いや、よく戦ったな。……強くなった」
「でも、ウチ、ちょっと泣いた。ミカの前で」
「それでいい。そういうのを、大人は“ちゃんと泣ける子”って言うんだよ」
「へへ、昭和の名言きた〜」
2人は、何も言わず空を見上げた。
そこには、まるで浄化されたように、晴れた青空が広がっていた。
続く




