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スリハモ1 ギャルとおじさんの出会い

【放課後、ベンチで】


公園のすみにある古びたベンチ。

ギャルの女子高生・ユリは、今日も授業をサボってそこでタピオカ片手にスマホをいじっていた。

そこに、いつものように犬の散歩中の「近所のおじさん」がやってくる。


「やれやれ、またサボリか。青春をそんなふうに浪費していいのかねぇ」


「えー、おじさ〜ん、また説教〜?まじウケるんだけど~」


でも、ユリの笑いには少しだけ力がなかった。


「父さんとは仲良くしてるのかい?」


ふと、おじさんがそんなことを聞いた。


「…んー、ふつー?ってか今、単身赴任で家にいないし」


ユリは目をそらして、小さくため息をついた。


「最近、誰ともちゃんと話してないかも。ウチが何考えてるとか、誰も知らないし」


おじさんはベンチに腰を下ろして、少し黙ったあと、ぽつりと言った。


「昔、うちにも娘がいてね。…あんたぐらいの歳だったな。反抗期まっさかりで、私の言うことなんて聞きゃしなかったよ」


「へぇ…今は?」とユリ。


「…もう、10年になる。事故でね。それ以来、この時間にここを通るのが習慣になってて。話しかけたのは、あんたが初めてだったんだ」


ユリは目を見開いた。

スマホの画面をそっと伏せて、タピオカのストローをくるくると回す。


「…ねえ、おじさん」


「なんだい?」


「ウチさ、本当は学校行きたくないんじゃなくて、誰かに止めてほしかったのかも」


おじさんは、優しくうなずいた。


「じゃあ、明日。サボらず行ってこい。帰りはこのベンチでまた会おう」


「…うん。じゃあ明日、ちゃんと制服で来るわ。証拠写真撮ってもいいよ~? SNSにはあげんなよ?」


と、ユリは笑った。


その笑顔に、おじさんは小さく目を細めた。


そして翌日。

ベンチには、制服姿で髪をおろしたユリがいた。

いつもより少しだけ、まっすぐ前を見ていた。


【小さな冒険】


それは、ユリが学校にちゃんと通い出してから一週間後のことだった。


「なあ、おじさん」


「ん?」


「たまにはさー、ウチのこと連れてどっか連れてってくんない?」


おじさんは新聞片手に目を丸くした。


「いきなりだな。どこへ?」


「んー…プリとか撮りたい。あと、たこ焼き食べたい」


「たこ焼き……?」


あまりにも予想外のチョイスに、おじさんは苦笑いしたが、


「……まあ、いいだろう。昔の勘を取り戻すか」


と、照れくさそうに帽子をかぶり直した。


土曜日の午後、2人は駅前の商店街にやってきた。

ユリは原色のニットにミニスカート。おじさんは普段よりちょっと小綺麗なシャツを着ていた。


「で、まずはプリね!こっちこっち~!」


「ちょ、そんなに走るな、おじさんは腰が…」


「いいから~!昭和顔がどう盛れるか見ものだし!笑」


無理やりプリクラ機に引きずり込まれたおじさん。

カメラの前で何をどうすればいいのか分からず、ぎこちなくポーズをとる。


シャッターの音。

そして画面には――


「やっば!おじさん、目ぇ死んでるwww」


「ひどいな……だが、思ったより楽しいかもな」


その後、たこ焼き屋のベンチに並んで座った2人。

熱々のたこ焼きを頬張りながら、ユリがぽつりとつぶやいた。


「ね、おじさん」


「ん?」


「ウチ、たぶんこの1年でいちばん笑ったかも」


おじさんは口元を拭きながら、小さく笑った。


「それは光栄だ。こっちは数年ぶりかもしれん」


その瞬間、どこかでチャイムの音が鳴った。

塾の時間だと気づいたユリが立ち上がる。


「じゃ、ウチ行くわ。また…」


「また、ベンチで」


言葉を交わして、手を振る。

なんでもない休日の、でも心の奥に少し残る――小さな冒険だった。


【すれ違いの午後】


それは、あの日の“お出かけ”から数日後のことだった。


公園のベンチに座って、ユリはスマホをいじりながらおじさんを待っていた。


でも――

今日は来ない。


待ち合わせの時間を30分すぎても、ベンチはユリ一人だけ。

空は次第に夕焼けに染まり始めていた。


「……なんだよ、おじさんのくせにドタキャンとかナシでしょ」


ため息をついて、ベンチを蹴るように立ち上がった。


次の日。


ユリは学校帰り、商店街で偶然おじさんの姿を見つけた。

誰か女性と話している。

やさしげな笑顔。

初めて見る顔だった。


「……ふーん、そっか。そういうことね」


胸の中に、小さくて黒い何かが広がった。


次の放課後。

ベンチに座るおじさんに、ユリは目を合わせず言った。


「おじさんさ、ウチと会うの、義務感とかでやってたわけ?」


おじさんは驚いた顔をした。


「なんだ、急に」


「この前、ウチが待ってた日。来なかったよね。誰かといたんでしょ、女の人」


「ああ……あれは、娘の命日でな。元妻と墓参りに」


「……!」


一瞬、ユリの表情が止まる。


「だったら、そう言えばいいじゃん……」


「言おうとしたが、あんたが何か楽しみにしてるようだったから、つい……」


「ウチ、子ども扱いしないでよ。そんなの、ウチだって受け止められるよ」


怒りと、寂しさと、何か分からない感情が混ざって、ユリは立ち上がった。


「もういい。なんか、わかんないけど、今は無理」


おじさんは、追いかけようとはしなかった。

ただ、そっと帽子を外し、小さな声でつぶやいた。


「……悪かったな」


その夜、ユリの部屋。

スマホの画面には、あの日撮ったプリクラが表示されている。


2人とも、不器用に笑っていた。


翌日、空はどこまでも青く、まるで昨日の喧嘩なんてなかったようだった。


だけど、ユリの心の中は、昨日からずっとモヤモヤしていた。

プリクラを見返すたびに、胸がチクッと痛む。


「ウチ、あんな言い方しなくてもよかったのに……」


自分でも分かっていた。

怒っていたのは、寂しさからだった。


放課後。


今日もベンチには誰もいないはず。

でも、ふとした気まぐれで、ユリはベンチに向かった。


すると――そこには、あのおじさんがいた。


手には、小さな紙袋。


「……よ」


ユリは、そっぽを向きながら声をかけた。


「……ああ」


おじさんも、目を合わせない。


沈黙。


だけど、ふいにおじさんが紙袋を差し出す。


「これ。たこ焼き。冷めてるけど、好きだろ?」


ユリは驚いた顔をして、受け取る。


「……昨日の余り?」


「いや、今日の。もしかしたら来るかと思ってさ」


ユリは袋の中を見て、ふっと笑った。


「ウチさ、昨日ちょっと言いすぎた」


「いや、私も……ちゃんと話すべきだった」


もう、どちらも目はそらしていなかった。


ユリはたこ焼きを一つ取り、口に運ぶ。


「うん、冷めててもウマい。てか、あんたほんと昭和だよね」


「昭和生まれだからな」


「ぷっ……そりゃそーだ」


2人の間に、ようやくいつもの空気が戻ってきた。


「……ただいま」


「ん?」


「ここ、なんか、ウチにとって“帰る場所”みたいになってたから」


「じゃ、明日もここね~。たこ焼き、今度は奢るから」


そう言って笑ったユリを、おじさんは見送った。


続く

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