46 推しと恋をする世界線で(1)
こうして、私がサポートメンバーとして、スタジオ練習に参加するようになったある日。
私のコーラスを取り入れてから初めての全体練習で、masQuerAdesの曲を演奏し録音したものを聴き、私は驚いた。
それは確かに私の演奏、私のコーラスなのに。
真似をしようとか、似せようと意識したわけでもないのに。
「これ……私の声?」
――私の歌声は、タイムリープ前に聴いた伯爵のコーラスと、寸分違わないものだったのだ。
「私、こんな声だったっけ」
「マイク通して録音すると、普段と違って聴こえるからな」
優樹は最初から、マイクを通し、エフェクトをかけた私の声がどうなるか、分かっていたらしい。
そういえば、私は優樹の声と公爵の声を、結びつけられなかったのだ。その時のことを思い出し、私はようやく得心する。
「良いわね、愛梨さん。優樹の声との相性、完璧じゃない」
「コーラスが入ると、厚みが出るね」
「これがボクたちの求めていた、心の繋がり、魂の絆ってやつさ、ベイビー。ボクたちの目に曇りはなかったね」
陽菜さん、琢磨くん、竜斗くんも、それぞれ私に好意的な意見をくれた。ただ、竜斗くんの言葉の意味がよく分からなくて、私は首を傾げる。
「心の繋がり? 魂の絆?」
「なあ、愛梨。俺たちmasQuarAdesがキーボーディストを迎えようって決めた時、外せない条件が一つだけあったんだ。それって何だったと思う?」
「え? 条件?」
優樹が突然そう尋ねてきて、私はううむと唸る。
「ええと……演奏技術とか?」
「いいや」
しかし、優樹はその答えに対し、首を横に振った。
「まあ、もちろん最低限の演奏技術は必要だけど。それ以上に大切なのは――ノンバーバルコミュニケーションだよ」
「えっと、何て?」
「言葉にしなくても、通じ合えること。メンバーの動きをよく見て、音をよく聴いて、次の動きを想像できること。つまり――絆とか、信頼とか、そういうものが大切なんだよ」
「絆……信頼……」
優樹はやさしく目を細めて、首肯した。他の三人も、同じように頷いている。
「愛梨は、初めてメンバーと顔合わせをしたあの日、たった一度のスタジオ演奏で、俺たちの心を掴んだんだ。それも、音楽に対して厳しい陽菜先輩も含めて、全会一致で」
「ええ。正直期待してなかったから、驚いたわよ」
「松原さんとの演奏、最初からずっと楽しかったよ」
「特に公爵との掛け合いが最高だったね、ベイビー」
「えっ」
優樹の言葉を肯定するように、陽菜さんたちが言葉を継いだ。私は、皆が素直に認めてくれていたことに、今更ながら驚いてしまう。
「な?」
優樹は、自信たっぷりに微笑む。そして、その時の演奏を思い返しながら、私の良かった点を指折り数えていった。
「愛梨は、俺たちが微妙かなと思った部分にもすぐ気づいて、次の小節から変化をつけた。俺が歌を入れるって言ったら、一歩下がって歌を立ててくれた。他の楽器のソロパートとかも、そうだ」
優樹は、いまだ驚きで固まっている私の目を覗き込むと、励ますように笑みを深めた。
「俺たちの曲を熟知してて、俺たちのことをよく見ていないとできない芸当だよ」
「それは……」
確かに、優樹の言ったように、私も途中で修正を入れたり、適度に下がるよう心がけたりしていた。
優樹たちがそれをきちんと見て、評価してくれたことに、私はむず痒く嬉しい気持ちになる。
――けれど、私がそうできたのには、明確な理由がある。私にできたのだから、他のキーボーディストにも、簡単にできることなのではないだろうか。
私は他のメンバーに聞こえないよう、優樹の耳元に手を当てて、ひそひそと耳打ちする。
「……でも、それは、私がmasQuarAdesオタクだから。タイムリープ前から、毎日ずっと曲を聴いてきたからだよ」
優樹の耳元から顔を離すと、彼は、首を横に振る。そして、ひそひそ声ではなく、普通の声量で返答をした。
「――なあ、愛梨。分かってるか? 愛梨のオタク力、それ、めちゃめちゃ大きなアドバンテージなんだよ」
「え?」
「愛梨は、俺たち正規メンバーを除いて、一番masQuarAdesのことを知ってくれてる。愛梨の柔軟性があってこそだけど、それ以前に、愛梨が世界一のmasQuarAdesオタクだったから、俺たちの演奏についてこれたんだ」
推し本人に、世界一のオタク認定されて、私の顔はみるみるうちに茹で上がっていく。
ものすごく恥ずかしいけれど、本人に認められたことが嬉しいような、でもやっぱり恥ずかしいような、変な気分だ。
「わ、私が、世界一のmasQuerAdesオタクだから……」
「そういうこと」
優樹は、嬉しそうに笑った。
「愛梨が、俺たちの曲を、俺たちを全身全霊で、心も魂も丸ごとかけて、推してくれたからさ」
「だから、心の繋がり……魂の絆?」
「イエス! ベイビーは、ボクたちのことをしっかり見て、理解して、必死に応えようとしてくれてることが良く分かったからね!」
竜斗くんが、満足そうに、大袈裟に頷いた。
「愛梨、そういうことなんだよ。分かったか? 君こそが、正真正銘――唯一無二の、伯爵なんだ」
「私が、伯爵……」
彼らと演奏していると、心が震える。魂が喜びに満ちる。まるで、音の海に、身体ごと全部溶け込んでいくようだ。
音の海の中は楽しくて、カラフルで、どこまでも自由で――もっと深く、いつまでも潜っていたいと思わせてくれる。
「改めて、よろしくな。――伯爵」
皆が、優樹が、あたたかい笑顔を向けて、私を見る。
その時、優樹の言ったことが、私の胸の中に、すとんと落ちた。
私は、間違いなく、masQuerAdesを形作るもう一つのピース。
私が、伯爵なんだ――。




