表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
88/117

アリスの想い

 村に戻るとログインした時より更に活気が出ていた。オタリアに向かう前にブリーエに寄って依頼していた大工達が到着したようだ。

 俺は邪魔にならないように村外れの方へと歩いていく。

 何の気なしに歩いて行き着いたのは、ケイトの錬金術工房だった。

 自分から拒絶しておいて、ここで会えたらとか思っているのだろうか。我ながら女々しい奴だ。


「はぁ……」

 いっそ皆に嫌われれば、皆を傷つけることも無いんだろうか。

「兄様、大丈夫ですか?」

「うぉっ、あ、アリスか」

 いつの間にか背後にアリスが立っていた。強行偵察に出ることもできるよう隠密行動もできるんだった。



「あの人に何かされましたか?」

「いや、逆だよ。彼女を泣かせて帰ってきた……」

 転移する刹那に見せたケイトの事を少しこぼしてしまった。

「あの人がそんな簡単に引くとは思えませんが。兄様の気を引こうとする策を疑うほうが自然です」

 妙にアリスが攻撃的で少し心配になる。


「何かあったのか?」

「命を救われて言うことではないのでしょうが、あの時の事です。あの人は『ぐふふっこれも関節キスになるわよね』と言いながら、私の唇を舐め回しながら濃厚に……」

 言ってて思い出したのか、アリスは口元を拭う。


「おかげで朦朧としていた時の兄様の感触が、上書きされてしまいました」

 悲しそうにこちらを見詰めてくる。

「兄様、あの人に心を許してはいけません。何か黒いモノを感じます」

「おいおい。それでもアリスを救ってくれた恩人なんだ。すっかり忘れてた俺にどうこう言う資格は無いよ」

 恩義を感じながらも彼女に応える事もできない。こんな情けない男なんて、皆嫌いになればいいのに。



「兄様」

 そう言いながらアリスが俺の両肩を掴む。ミュータント化して使えなかった筋力が戻り、今は俺よりも力強い。

「魔力を補給させてください」

「えっ!?」

 俺が反応するよりも早く、アリスの唇が俺を塞ぐ。両肩を掴む手が異様に力んで爪が食い込んでくる。

 ただそれを振り払う事もできないほど俺は狼狽していた。


「むむ、魔力が来ませんよ、兄様」

「そ、そりゃ、準備がなかっ……んぐっ」

 再び口を塞がれる。このままだと延々とキスを繰り返されそうだ。

 俺は改めて〈魔導技師〉の能力で体内の魔力を誘導し、口からアリスへと届けるように動かす。


「んっ、んんっ」

 その流れを感じたアリスから少しくぐもった吐息が漏れる。しばらくそうして魔力を注ぎ込むと、アリスは唇を離した。



「兄様、我儘な私を嫌いになりましたか?」

「い、いや、驚いたけど、嫌うなんて。むしろ役得というか……」

 顔を少し離したアリスの顔は真っ赤に染まっている。かなりの覚悟を持っての行動だったようだ。


「そういう事です、兄様。兄様は皆に手を出さなければ、誰かが傷つくこともないと思っていませんか?」

「そりゃ……そうだろう?」

「でも違うんです。皆が不満を持ったまま時間を過ごすことで、皆が傷ついているんです」

 そんな事あるんだろうか。あるような気もする。


「そんな平等よりも、皆を喜ばせて平等にして下さい」

「え、そ、それは……」

「私は今、すごく幸せで、他の皆に悪いと思っています。この罪悪感から脱するには、兄様が他の人にも手を出してもらわないと」

 そんな無茶苦茶な。


「特にシナリさんに。彼女は兄様の前では気丈に振る舞ってますが、姫様……ルフィア様の事で責任を感じておられます。早く解放してあげないと壊れそうです」

「そ、そんなに……か?」

「もう歯車は動き出したんです。あの人が図々しくも兄様を求めた時から。このままだと皆が傷ついて倒れます。救えるのは兄様だけ……」

 言葉の途中でアリスの瞳が焦点を失い、肩を掴む手から力が抜ける。そのまま崩れ落ちそうになるアリスの身体を慌てて支えた。

 どうやら魔力を補給した上に、感情の高ぶりやら緊張で、異常に魔力が活性化してのぼせてしまったようだ。

 ひとまず胸をなでおろしながら、アリスを抱え上げアリスの部屋へと運ぶ。

 アリスにもかなりの負担を掛けてしまっていたようだ。俺は皆を傷つけないつもりで皆を傷つけていたのか。

 しかし、皆に手を出すとか、それもどうなんだ?



「あ、アトリーさ!?」

 アリスの部屋から出てきた所で、シナリに会った。驚くように目を見開き、しばらく呆然としてから走り出そうとした。

 俺は反射的にシナリを追う。アリスの部屋から出る所を見られた。それは単にのぼせた彼女を介抱しただけだが、シナリは完全に誤解しているだろう。

 俺は全力で追いかけようとすると、シナリの方が足をもつれさせて転倒してしまった。

 おかげで追いつくことができた。


「シナリ、大丈夫か」

「だ、大丈夫だ。アリスさは、アトリーさと仲が良いし、姫様さはもう居ないし、アリスさは美人で、あたしはもう……」

 ブツブツと言葉を紡ぐシナリは、かなり壊れていた。俺が気づかなかったからか、放置してきたからか。

 ブリーエ城でひどい目に合っただろう事は想像できていた。だから男の自分は下手に近づかない方がいいかと思っていた。

 しかし、それじゃダメだった。


「シナリ、すまない。俺は全然分かってなかった」

 俺はシナリの身体を強く抱きしめる。シナリの小柄で細い身体はガタガタと震えていた。

「シナリ、俺が間抜けだった。恨んでくれていいからなっ」

「あ、アトリーさはっ」

 声をあげようとするシナリの唇を、やや乱暴に塞ぐ。見開かれた瞳には大粒の涙が浮かんでいた。

 俺の胸を押すように手が動くが、しっかりと抱きとめて逃さない。


 やがてシナリの震えが止まり、全身の力が抜けたのを感じて唇を離す。

 ポロポロと涙をこぼすシナリの身体を抱え上げると、シナリの部屋へと運んでいった。



 アリスの部屋からさほどの距離でもなく、他の誰かに見られることもなかった……はず。

 大人しくなったシナリを寝台に横たえる。その頬に手を当て、涙を拭った。


「シナリ、俺は君に甘えすぎてた」

「そ、そんな事、ないだよ。あたしの方が、アトリーさに負担ばかりかけて……」

「さっきアリスに叱られてな。シナリに迷惑掛け過ぎだって」

「あ、アリスさが?」

「ルフィアの事は俺のせいだ。気にする必要はない……と言っても無理だろう?」

 コクリとシナリは頷く。


「あたしが捕まってしまったせいで、姫様さ……」

「元はといえば、ブリーエ城は安心だと勝手に思い込んでいた俺が悪い……と言い始めても仕方ないとな」

 アリスが言いたかったのは、そういうことだろう。誰のせいとか、失敗がどうだとか、そういう事では皆が傷つくだけ。


「ルフィアは死んでないし、俺も諦めるつもりはない」

「アトリーさ」

「でもルフィアを大事にするのと同じように、シナリも大事にする」

「えっ?」

「アリスも大事だし、リオンやケイトも。起きたばかりのルフィア姫も助けないとダメだな」

 我ながら八方美人な物言いだな。ただ皆に嫌われないようにする所から、一歩踏み出す。


「今の俺には皆を大事に想う事しかできない。誰かに絞る事もできない、優柔不断な奴なんだ。だから愛想を尽かされても仕方ない、コレは俺の我儘だ」

 そう言ってシナリの頬を撫でながら、顔を近づけていく。顔をそむけるようならすぐに止めるつもりだったが、シナリはそっと瞳を閉じた。

 俺はそのままシナリに唇を重ねる。柔らかな感触をたっぷりと感じてから、軽くついばむようにして離れた。


「シナリも我儘を言っていいからな」

「アトリーさ……あたしも大事に想ってくれてるのは、伝わって来ただよ。だから、あまり無茶はしないでくんろ。慌てんでいいから、いつものアトリーさでいてくんろ。その、あ、あたしも、心の準備とか、あるだで」

 顔を真っ赤に染めながら、服の合わせ目を掻き抱くように、腕を固めている。


「や、その、アリスにも魔力補給と言いながらキスしちゃったから、その、シナリにもしちゃっただけで、その先とかは、まだ、考えてないからっ」

 慌てて早口に弁明すると、シナリが小さく吹き出した。


「ふふっ、それでこそアトリーさだで。でも、嬉しかっただよ」

「そう言って貰えるとこっちも嬉しいというか、なんというか。それじゃ、シナリ。あんまり無理して溜め込まずに、何でも俺に話してくれよ」

 どうしても早口になるのを止められずに一気に言い置くと、俺はシナリの部屋を後にした。



 そして、少し離れた廊下で座り込む。ナンパな野郎達は、どうやってこの恥ずかしさに耐えてるんだ。

 ていうか、勢いでこんなになったけど、本当にいいのか!?

 頭を抱えて転げ回りたい衝動に駆られるのを、頭皮に爪を立てるようにして堪える。


『人形差別じゃ!』

 そんな声を聞いた気がして、俺は懐から宝珠を取り出す。

「もちろん、ルフィアも大事だからな」

 囁く様に告げて、そっと唇を押し当てた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ