暗い空
【美食の館】にて、会談も終わる頃。
中学の一日も終わり、さて、此から帰ろうかという理沙だが、外を見て、首を傾げた。
夕暮れならば、オレンジ色という風情だが、はっきり言って、外は不気味である。
太陽は、未だに空に居るにも関わらず、空は赤黒い。
「ん?」と、理沙は唸り、周りの同級生を見るが、別段変わった様子もなく、平然とすらしていた。
だが、【半分悪魔の少女】の目は、確かな変化を見ていた。
誰も彼もが、どこか虚ろなのだ。
仲良く談笑する者も居れば、外で、当たり前の様に部活に励む者も居るには居るが、理沙は、首を傾げていた。
とんとんと、その辺の友達の肩を叩き、自分の方へと向かせても、「なに? どったの?」と、普通な答弁。
「あ、いや……何でもない……」そう返すしか、理沙は出来なかった。
だが、やはり、外を見ても、空は異様である。
急ぎ帰り支度を済ませた少女、早くなった脚を、存分に使い、外を目指すが、上履きを下駄箱に押し込み、革靴に履き替えた所で、ガシッと肩を掴まれる。
青ざめ、其方を振り向けば、其処には頭にうっすら光る輪を輝かせる歴史の教師。
プルプルと思わず震える理沙に、女教師は、ゆっくりと首を横へ振った。
「出ては……駄目……」と、端的に目的を告げる教師。
中学生達は、そんな二人に構わず、帰って行くが、異様なのは、まるで当たり前のように、理沙と教師の脇を、皆が見えない柱でも在るように避ける。
三十分としない内に、中学の玄関は、静かに成るのだが、理沙は、何が何やらであった。
「なんなんですか?」訝しむ理沙に、教師は、ソッと外を指さすが、促された理沙が、外を見ると、其処には変なモノが在る。
半透明では在るが、有り体に言えば、出来損ないの女型マネキン。
マネキンが纏う鎧は、所々が剥げ落ち、その顔は、人形らしく虚ろである。
「……何ですか……あれ?」恐る恐るな理沙に、教師は鼻で笑うと、理沙の肩を離し、自分の肩を、グルグルと回し、「アレ? そうね、戦乙女って奴ね……」と、外に居る虚ろな影の正体を明かした。
独り単独にて、外へ悠々と出る女教師だが、ハイヒールにも関わらず、その足取りは、実に軽い。だが、女教師を見つけ出したのか、虚ろなマネキンは、腰からボロボロの剣を引き抜くと、それを、躊躇無く振り下ろしてしまう。
理沙は思わず、【やられた】という思いが在るが、だが、少女の杞憂は、剣と同じく空振りであり、斬り掛かられた女教師は、瞬時に横へとかわし、スラリとした脚を隠す事もなく、平然とマネキンのらしき影を蹴り倒した。
元々、ボロボロなのか、女教師に蹴り倒された影は、そのままバラバラになる。
思わず、「やった!」とハシャぐ理沙は、足元にすり寄る毛並みに、「ウヒャ!?」と、素っ頓狂な声を上げた。
「チビ助…………何で居るの?」もはや、平然と子猫に声を掛ける理沙だが、そんな少女に、猫は、背中の気を逆立て、『お嬢……あっしは……』と、諫める様な声を出す。
だが、子猫は、直ぐに諦める様に首を横へ、二、三度振る。
『理沙のお嬢…………あっしの後ろから、絶対出ないでくんなせぇ』そう言う子猫に、理沙は、子猫をヒョイと持ち上げた。
若干、ムスッとしたような顔を見せる子猫。
「え? なんで? もう居ないんでしょ? あの変なの…………」
楽観的な理沙の声に、子猫は、前脚にて外を指す。
其処には、未だに緊張感を解かない女教師と、先ほど彼女に倒された影が、無数に現れていた。
思わずキツく猫を抱き締める理沙の腕の中から、『グェ!?』と、悲しい悲鳴。
「な、なんなの!?……アレ……」そう言う少女に、猫は、必死にもがきながら、『あ、アレが、人の魂集める戦乙女って奴でげす………てか、キツいっす……お嬢……』と、子猫は、苦しさ混じりに理沙の質問に答えてくれた。
北欧神話には、諸説紛々では在るが、確かに、今の天使や悪魔の様に、人の魂を集めて回って居た者も多い。
人の体から解き放たれた(魂)アストラルには、根源的なその人の経験が納められており、それが、発散し、消える事に因って、輪廻は繋がる。
だが、その経験にこそ、実は価値が在り、ソレを集めんと、かの戦乙女は、奔走していた。
優れた体に、優れた魂、それが、エインフェリアと呼ばれる使い捨て戦士の異名である。
今の今まで、何も無かった筈の理沙は、この日ばかりは、子猫を胸に、外へと躍り出る。
「さぁチビ助! ビームよ!」と、そう言って、両手を延ばすが、どうぞと差し出された猫は、その場で青ざめた。
実態が無いにも関わらず、風切り音と共に、剣は振り下ろされ、猫と理沙は、ほぼ同時に「『あわわ』」と悲鳴を上げて理沙は咄嗟に剣を避け、子猫は、理沙に、抱えられて居るために、無駄に前脚と後ろ脚をバタバタとさせる。
ヘッドスライディングの形でも、なんとか子猫を保持しながらも、理沙は、ウゥムと唸る。
「ちょっと!! ……あんた……彼奴の使い魔でしょ? ビームとか、レーザーとか出ないの?」咎める理沙に、荒い息の子猫は、「お嬢さん? アチキを何だと想ってるんでやす? 猫ですよ? 猫にビームなんて、出せる訳ないでやしょ?」と、苦言を呈した。
若干、悪乗りの理沙に、教師は、溜め息吐きながら、旧世代の異物を蹴飛ばす。
首をコキコキと鳴らし、ジャケットをバッと脱ぎ捨てた女教師の真っ白いブラウスは、理沙の目にも眩しく映った。
『…………馬鹿だとは聞いていたけど…………移ったの?』
そう咎める女教師の声は、かつての軽部の様に独特のエコーが響き、頭の輪は、うっすらではなく確実に輝く。
半透明の二枚の白い羽をヴェールの如く輝かせる女教師の背は、半分悪魔の理沙に、思わず、【あぁ、天使様】と想わせる程であった。
『……センセって……因果よね………』自嘲めいた女教師は、ハイヒールを脱ぎ捨て、爆発的に前へ出た。
唐突な辺りの変化には、理沙の姉、咲良は気付けない。
朗らかに話す彼女ではあるが、その隣に居る明日野は、酷く無理やりな笑顔であった。
【あの馬鹿共が】と、そんな声を内心漏らす明日野。
里沙共々、少年がみている空の変化は、遥か過去に使われ、失われた筈の奇跡の一つである。
空の色は、太陽を中心に黒く、太陽から離れるに従い、赤みを帯びるが、それが見える者は、人ではない者達のみ。
そして、その空が見える者達は、在る意味、懐かしさに駆られるが、その空の色は、【地獄】に酷似していた。
「……咲良……此から、バイトだろ? 送るよ………」
そして、これからバイトだという咲良を送る為に、いつもとは全く違う、真剣な明日野は、行く道につき合うと申し出て、そんな真面目な少年の声、咲良は、初めて頬を染めた。
いつもであれば、自転車にて速やかに移動する咲良ではあるが、この時ばかりは、心臓を踊らせている。
だが、そんな穏やかな二人の前に、ずらりと姿を見せるのは、真っ白い背広姿の厳めしい男達。
思わず、相手の睨みに、咲良は怯えを見せるが、直ぐ様、明日野は咲良の盾に成らんと前に出る。
大悪魔であれば、中級階層の天使など、採るに足らないが、問題なのは、咲良のまえだと云うことだろう。
だが、咲良の為であれば、明日野にも躊躇は無い。
存分に力を振るう為に、目を僅かに輝かせるが、二人を取り囲む中から、一人が、何かを投げつけた。
空中を飛ぶ何かは、真っ直ぐに咲良に向かってしまう。
それは、敢えて相手が、少年は咲良を庇ってくれるという思いからだが、そして、その通り、少年は咄嗟に咲良を庇いはした。
投擲されたのは、殺傷力を持つ手榴弾でも、投げナイフでもなく、有り体に云うところの、肥料である。
柔い袋に包まれたそれは、少年の手によって破け、速やかに中身をぶちまけた。
魚粉である。
鼻からもろに吸い込んだ明日野は、その場でへたり込み、酷い吐き気に、口を手で押さえるが、吸い込んでしまった分に関して言えば、とてもではないが防げるモノではない。
「明日野君!!」
僅かにえずき、嘔吐する少年に、咲良は自転車が倒れるのも構わず、咲良は駆け寄るが、動けないアスモデウスを後目に、二人を取り囲む白い背広姿の男達は、やんわりと、咲良の手を掴んだ。
『……大人しく願います……怪我をさせるつもりは、在りません故に』
そんな天使の、独特の蠱惑的な声に、生身の人に過ぎない咲良は、ポカンとしていた。
こみ上げるモノにも関わらず、必死に立ち上がる明日野では在るが、力の入らない彼を、一人の男は、遠くへと蹴飛ばす。
幸いにも、ゴミ袋がクッションになってくれたからか、明日野に怪我は無いが、それでも、身を引き裂く様な感覚に、大悪魔は、動けなかった。
『ではと……咲良様もお迎え出来た事ですし……またお会いしましょう? アスモデウス様?』
そんな捨て台詞を残して、白い背広姿の一団は、咲良を伴い瞬時に消える。
口に広がる胃液の味にもメゲず、必死に手を伸ばす明日野ではあるが、悲しいかな、人の見姿では、出せる力は、高が知れていた。




