頼れる兄貴分
紆余曲折あっても、なんとか明日野と理沙の二人は無事?にバイク屋【PALE Riders】に辿り着く事が出来た。
さて、出前バイクは、一応九十ccなのだが、それでも、他の五十ccと同じなのか、担当はと言うと、白の店員である。
【とりあえず、状態を見させろ】と、そう言う白の店員だが、お客様への飲み物として、明日野の理沙に差し出されたのは、パック入りの牛乳だった。
「まーた、派手にやりやがったなぁ、おい…………ま、いいやな、とりあえず見てやるよ」
そう言う白の店員に、明日野は複雑な顔を向ける。
理沙は何かと訝しむが、さて、少年が心配していたのは、お金である。
あれやこれやと、白の店員は、テキパキと哀れな格好のバイクを見て、手の機械油を、雑巾だ拭う。
「そうだな…………ま、こんだけポンコツなら、新車買った方が早い気もするが…………なに、ソレを越えても、前のモデルに乗りたいって心意気を買おうじゃないか…………」
そんな白の店員が、サラサラと書類になにやら書き込む中。
ウンウン唸る明日野とは別に、理沙は、パックの牛乳を飲んでいた。
「ほい、請求書………早めに頼むぜ? 大悪魔様…………」
そう言うと、白の店員は、軽々バイクを担いで、店の奥へと運んで行ってしまった。
ともかく、他の三人に笑われながらも、明日野は、理沙を伴い、店を後にした。
深いため息吐きながら、俯き歩く明日野。
がっくりと頭を落としていても、理彩よりも背が高いためか、理沙は面白そうに、明日野の頭を見ていた。
「元気出しなよ、少年! 今日は姉さんの手料理食べられるかも知れないよ?」
そんな、理沙の声に、明日野の頭はガバッと起き上がった。
「そ、そは真か? 理沙よ?」
実に嬉しそうに語る明日野に、理沙は少し笑うと、今日のメニューを思い出す。
「えーとね、煮魚だったかな…………」
そんな、理沙の声に、またしても、少年の頭は、がっくりと落ちるのだった。
せっかく貯めた筈の咲良とのデート資金は、こうして泡と消えた。
がっくり部屋でうなだれながらも、ウイスキーを傾ける少年。
ぱっと見、学生が酒を飲むとはどういう了見かとも思われるかも知れないが、痩せても枯れても、一応は大悪魔である。
だが、今の憔悴した姿は、軍団の者達には、とても見せられないモノであった。
コンコンという、ノックに、明日野は、急いで酒を隠す。
理沙ならどうと言うことはないが、万が一、咲良に酒をかっくらって居る所など、見せられない。
素早く身支度を終え、ドアの前に、明日野は立った。
「はい! どちら様ですか?」
可能な限り、丁寧な口調でそう言う明日野。
だが、期待とは裏腹に、ドアの向こうからは、良く知ってる声が響いた。
「…………僕です…………開けて貰えますかね?」
そう言う声に、激しく溜め息吐きつつ、ドアを開ける。
「何ですか、人の顔見るなり、いきなり溜め息とは失礼な…………」
さて、ドアの向こうに居たのは、ゴミ処理場の部長、蠅野である。
「色々在ってな…………ま、友よ…………入ってくれ」
せっかく整えた身支度すら、なんだかヨレヨレにも、蠅野には見える。
今度は、青年の方が溜め息漏らしつつ、明日野の部屋へと足を踏み入れる。
何はともあれと、明日野は、紙コップとウイスキーを、蠅野に差し出す。
「ま、駆けつけ一杯と言うだろう? 好きにやってくれ、友よ…………」
そう言う明日野の声に、蠅野はフゥムと唸りつつ、お言葉に甘えた。
酒を酌み交わす内、明日野からは、延々と愚痴が漏れ出る。
「きいてくれぇ…………せっかく、借金返済したのに…………今度はあのチビに絡まれ、ベルフェゴールのせいで、せっかくのデート資金がぁ…………」
チビチビとウイスキー傾けながらも、蠅野は、フムフムと明日野の愚痴を聞いてやる。
見た目からか、実際の年齢は差ほどでもないが、この地上に置いては、兄貴として振る舞いつつあった。
ウンウンと聞いてる内に、本来の目的を思い出す蠅野。
サッと、作業服のポケットから、何かのチケットを差し出した。
「なんだ…………コレは?」
「先輩からですよ………ほら、コンサートに連れて来いって、煩くて………」
蠅野の説明に、明日野はチケットをまざまざと見る。
割と良い質の紙には【堕天使コンサート ご招待券】と、地味に印刷されていた。
ソレを見てか、ウゥムと唸る明日野に、蠅野は、フフンと笑う。
「理沙さんが好きだそうなんで、ほら、ついでに、咲良さんも誘ったら如何です?」
そんな、蠅野の言葉に、明日野はすっくと立ち上がった。
「すまぬな…………友よ…………」
そう言い残すと、少年は、脱兎のごとく駆け出した。
開け放たれたドアからは、少年のピーチクパーチク喚く声が聞こえる。
そんな、可愛い雑音に耳を傾けながら、ついでとばかりに、蠅野は、紙コップをグイッと呷った。
一方その頃、お近くでは、せっせと少年が少女に、一緒にコンサート見に行きませんかと、誘っていた。
「あぁ…………理沙が良く聞いてるバンドでしょう?」
と、そんな咲良の柔らかい声に、明日野は、いつもと同じくモジモジとしていた。
「ええ、あの……宜しければ、咲良さんもご一緒にどうかと……思いまして……」
モジモジする大悪魔が、必死の説得を続ける中、咲良は、ウゥンと鼻を鳴らす。
「ちょっと、理彩にも聞いてくるから……待っててくれる?」
咲良のお願いと在れば、余程の事で無い限り、明日野が断る事はない。
「はい! お待ちして居るで在ります」
如何にも、その辺の兵隊がしそうな、不動の姿勢をビシッと決める明日野。
だが、其処はストーカー悪魔である。
僅かに漂う咲良の香りと、彼女の部屋の匂いを堪能しつつ、表向きは真面目な顔をしては居たのだが、内面では、涎を垂らしつつ、グヘヘとばかりに、怪しく笑っていた。
しばらく後、明るい顔の咲良が現れる。
「うんとね、良いってさ………後、私も行けるから、ね?」
正直、明日野は、理沙の事など、どうとも思っていないが、咲良が絡めば話は別である。
明日野は、満面の笑みで「はい、勿論!」と、咲良に返事を返すのだった。




