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アスモデウスは告白したい  作者: enforcer
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勝敗の行方

 好き嫌いは誰にでも在るだろう。

 

 例えばそれがなんであれ、嫌いな者からすれば例えそれがどれだけ極上の品であろうと関係はなく、それが其処に在るというだけで嫌なのだ。

 それは、例え大悪魔でも関係無い。 

 

 【天丼のエビは食べたではないか?】

 

 そんな、疑問が浮かび上がるだろうが、海老と魚では全く違うものである。

 甲殻類と脊椎動物云々は置いておくとしても、違いは明確なのだ。


 観客はほぼ皆が首を傾げ、参加者一同すら言葉を失っていた。

 特に何かがあった訳ではなく、単に明日野の手が止まったからに過ぎない。


 「……………………」

 

 あえて無言にして厳めしい顔で明日野は佐田を見るのだが、見られた当の佐田が気にすることは無く、佐田は淡々と四種目の丼モノについて語り始めた。


 「さて…………いよいよ我々が思うよりも早く挑戦者達が早く食べてしまい、最後の丼となります…………さて、品目はご存知………【海鮮丼】です!」


 高らかな佐田のコールは、明日野には死刑執行の合図に聞こえてならなかった。


 「おおっと、実に旨そうで私も司会を止めて今すぐ食べたいくらいですが、流石にそうも生きませんので観客の皆様には料理のご説明をさせて頂きます。 さて、この海鮮丼。 残念ながら今回は特別に此方側が指定して用意しておりました! 築地より直送の新鮮な魚介類です! 北海道産ウニとイクラ、大間からはマグロの赤身、中トロ、大トロの大盤振る舞い、イカは青森からのケンサキイカでスルメでは在りませんよ!?続いて関西地方よりハマチ…………」


 この際、数々の魚介類をお伝えする佐田の説明云々は明日野には届いておらず、彼は魚が大の苦手である。

 無論、それは過去のトラウマが起因するのだが、だからといって大会の時間は止まってはくれない。

 追いついた青の店員が食べる中でも、相も変わらず顔面蒼白にて、明日野は固まっていた。

 勿論だが、レヴィアとベッヒーも笑顔を取り戻して目の前に運ばれて来た丼について語り始めた。


「いやー、見てくださいよ!!」そう言うと、ベッヒーは丼を持ち上げ観客に見せびらかすように少し傾ける。 「このイクラのルビーの様な赤い煌めき、ウニはキチンとツブが立ってますし、ピンと張ったイカの身質! やはり新鮮でないと此処までの素晴らしさはおまへんな!」


 ベッヒーの似非関西弁はこの際明日野には聞こえてはいても頭には決して入っていない。

 海産物、特に魚類は例え新鮮で在ろうとある種の香り、それはごくごく僅かではあっても魚特有の匂いとでも言うべきモノが在る。

 無臭ではあり得ず、例えそれがなんであれ、明日野は逆流しようとする胃の内容物と戦っていた。

 明日野自身、トラウマの為に魚の匂いが嫌なのだ。

 このトラウマはかのソロモンへの反乱事件の際や、過去のサラとの別れに起因するのだが、勿論佐田もそれは知っている。

 ならば、何故敢えて同族を貶める様な真似に出たと言えば、佐田自身、明日野の本来の姿であるアスモデウスの事は熟知しており、彼からすれば学生などとっとと止めて自分の仕事を手伝って欲しかった。

 

 悪気が在るかと問われれば、当たり前だが在る。

 

 佐田は元々は天使だが、今の彼はすべての悪魔を統べる長であり、蠅野を含めた上位一同からすれば、咲良一人ならば匿う事も明日野が納得する形で守る事も出来る。

 無論それだけの部下も山ほど居るためか、佐田は手段を選んではいなかった。 


 嬉しそうな顔で食べ進める他の魔族四名も、明日野のトラウマは知ってはいるが、負けるわけにも行かず、心で詫びつつ競技へと勤しむ。


 一般参加者のほとんどが脱落し、残す五人だが、理沙は蠅野への応援も忘れて固まる明日野に見入っていた。 先程までとは打って変わってピクリとも動こうとしない隣人に、片方の眉を上げる。


 「おーい!どーしたー! 頑張るんじゃないのー!? おーい!」


 例え理沙が必死にそう言った激励を送っても、明日野は動けない。

 動けないどころの話ではなく、思い出したように急激な満腹感とそれに伴う吐き気に悩まされつつ、明日野は微動だに出来なかった。


 現実は残酷にも、簡単な事に因って勝敗は決してしまった。


 最後の丼を重ねた時点から着順とされ、一位の者は両手を上げて勝利を高らかに示した。

 それを見て、佐田はマイクを片手に口を開く。


 『ハイ! 一着は…………大食いタレントの面目躍如! ベッヒーさんでーす!』

 

 佐田のコールに応じ、集まっていたらしいベッヒーのファンは歓声を高らかに上げていた。

 チラリと横目で固まる明日野を見て、僅かなりと心が痛むベッヒー。

 彼自身もっと真っ当な形での勝負が良かったが、だからといって今の自分はスポンサーを背負ったタレントである。 

 負けるわけにも行かず彼は表面上は満面の笑みでファンや観客達の声援に「ありがとうな!!」と答えていた。


 カチャリとした静かな音を立てながら、蠅野も最後の丼を重ねる。

 都合十二の丼タワーを横目に、蠅野は口をハンカチで優雅に拭っていた。


 『おおっと!? 二着に食い込んだのは……街のお掃除屋さん! 蠅野選手です!!』

 

 佐田の意外そうな声にも関わらず、蠅野の部下達はワーワーと部長である彼に声援を贈っていた。

 決して立ち上がらないのはポッコリ膨らんだお腹を見せたくないからだが、一応彼も保護者としての立場からか、若干うなだれる少年を目を細めて見ていた。


 『悪く思わないでくれよ? これでも一応は…………僕は君の上位であって保護者でも在るんだから…………』と、僅かではあっても蠅野も心の中で詫びる。


 意外かも知れないが上位になればなる程に悪魔は真剣かつ真っ当な戦いを望む。

 それは己が力に絶対の自信が在るからに他ならず、寧ろ小細工を弄するのは天使の十八番であった。


 着順三位はレヴィアなのだが、その笑顔は少し精細を欠いてはいたものの、佐田のコールに応える頃にはいつもの明るいモノへと変わった。


 順位については四位は青の騎士もとい青の店員だが、彼もまた満腹感から完食とは行かず丼の数で順位が決まる。 

 すっかりと青ざめたと言うよりも元々青い溶接面を被っているためにその顔色は伺えないが、海鮮丼を最初の半分にて打ち止めと相成る。 


 明日野の思いも虚しく、この日の大会は幕を閉じた。


 学生としての参加者である明日野は、参加賞の胃薬を大量に抱えつつ、ステージから離れた所でうなだれていた。 

 遠くでは優勝者へのインタビューや蠅野への歓声が聞こえたが、今の明日野には関係無く、どうしたものかと頭を悩ませていた。

 そんな彼の隣に、そっと理沙が座って肩をポンと叩く。


 「そんなにがっかりしなくても良いんじゃない? 結構頑張ったと思うよ?」

 

 そんな理沙の言葉にもかかわらず、明日野は力無く首を横へと振った。

 何故かは知らないが、深く落ち込む明日野の姿には理沙の心をくすぐるモノがあり、うなだれる彼の背中を慰める様に撫でる。 


 理沙の手の暖かさはありがたいとは思いつつ、明日野は目論見が頓挫した事に悩んでいた。

 このままでは咲良との【ウフフキャッキャッ】どころか借金返済すら覚束ない。

 どうしたものかと頭をグルグル巡らせる明日野の目に、誰かの足が見えた。

 ソッと顔を上げれば、足の主は蠅野であり、彼は明日野の手にある胃薬の山を見て、変わりと言わんばかりに自分が持つ温泉のチケットを差し出す。


 「ほら、元気出してくださいよ? それは僕からのプレゼントとしておきますから…………ねぇ?理沙さん」


 蠅野のスマイルに頬を染める理沙。

 そんな可愛らしい反応に微笑みつつ、明日野の胃薬をガブガブと飲み始める蠅野。

 渡された手の中のチケットを見て、明日野は蠅野のかつての天使の頃を思い出していた。


 感慨に耽る明日野だが、隣に座る理沙は不自然な事に気付いてしまう。

 あれほどまでにポッコリしていた二人のお腹はあっという間に引っ込んでおり、今や和やかに雑談すら交わす程であった。

 疑問に頭をモヤモヤとさせる理沙に関わらず、他の三人の魔族も集まって来てしまう。


 「いやいや、結構キツかったでござる。 少年よ、拙者からの参加賞替わりに、赤の奴に少しまけろって言っておくから元気を出しなされ」

 

 そんな青の店員に、明日野はすいませんと頭を下げる。 

 

 「せやで? 明日野はんも健闘してたで? ワシだってあないな勝負はしとうなかったが、次が有れば勝負しましひょ?…………駄目や、そないな捨てられた子犬の様な目をしても、この賞金は渡さへんで?」

 

 明日野を慰めるベッヒーだが、生憎とかれも賞金を渡す気は無く、恨めしい目を向ける明日野に口を尖らせていた。


 「ま、こんなもんでしょう? 負け負けよね? でも安心して…………私と付き合っ…………」

 

 そんなレヴィアの言葉を、明日野は無視を決め込んでいた。

 悪気云々以前に彼女の嫉妬は非常に怖いからだ。

 他四名からしても、出来ればあまり友人以上には成りたくない存在であった。


 有名タレントや少し気になる蠅野に、理沙が少し気後れしていたが、ハッと目を向けた理沙から見ても一般参加者達は苦しげに帰って行くのに対して、上位五人の姿は一種異様な程穏やかである。


 だが、それ以前に無名の学生と有名タレントが平然と会話しているのを里沙は華麗にスルーしている。


 そんな理沙もまた、口にこそ出さないが在る疑問にとり憑かれていた。

 【こいつらは本当に人間なのか】と。

 そうは言っても、知識が豊富な者が見ればこう言うだろう。


 いやいや、もっと色々と気付こうよと、そんな風に。


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