戦いの火蓋
解説兼リポート役を仰せつかった男を見て、戦いの場へと赴いた明日野は愕然としていた。
渋い色合いの背広に身を固め、オールバックの髪型と凛々しい顔立ちに有名人でなくとも観客達はキャーキャーという声を上げる。
さて、この紳士の正体は言わずもがな、スポンサー兼用の佐田である。
明らかに嵌められたという明日野の訝しい思いも何処へやら、オールバックの紳士は片手を上げて出場選手の紹介を始めた。
「えー!皆様! 今回はこの大会にお集まりくださりありがとうございます!! では右から紹介していきましょう! ゼッケン一番、優勝候補の隠れたチャレンジャー!! 【PALE riders】から来てくれた青の店員さん!!」
佐田の紹介に、未だに溶接面を被ったまま青の店員は意外にも手を振った。意外かも知れないが、青の店員が紹介されると柄の悪い男達が腕を上げて声援を送る。
余談ではあるが彼等の乗っているバイクのほとんどは青の店員が手掛けた一品揃いである。
アメリカンタイプから派手なビッグスクーターまで様々であった。
拍手が止んだところで、佐田の紹介は続く。
「ゼッケンナンバー二番!! 街のお掃除屋さん、業務はどうした!? ゴミ処理場部長の蠅野選手!!」
眼鏡を掛けた苦笑い浮かべる細身の精悍な青年に、微妙に隠れた所から「蠅野さん頑張って!」という声援が飛んでくる。
これまた作業服に身を包んだ老若男女が彼に手を振っていた。
「ゼッケンナンバー三番! 知らない人はいないとぉ思いますが! 今をときめく大食いギャル! こんなちっぽけな大会ですみません! レヴィアさんです!!」
やはりと言うべきか、彼女には独特な男達から大目の声援が送られる。
例えば「レヴィアた~ん、頑張ってぇ!!」と、こんな風に。
無論、ファンらしき人達からも拍手や声援を送られ、とうのレヴィアはにこやかに笑顔で手を振っていた。
「ゼッケンナンバー四番! グルメレポートでお馴染み! 街の愛されキャラクター…………ベッヒー!!」
佐田のコールに応え、椅子から立ち上がり、満面の笑みで両手を振るベッヒー。
明日野には意外なのだが、「キャーッ!ベッヒー!!」と、今までで一番の歓声が観客達から湧き上がった。 挨拶もそこそこに、ベッヒーが椅子に着くと佐田は参加者のコールをつづける。
「はい、次はゼッケンナンバー五番。 地元高校からの飛び入り参加者! 高校生の明日野君です! 検討を祈って上げてください」
案の定と言うべきか、明日野には周りからはささやかな拍手が贈られる。
此処に咲良が居ないことを明日野は知ってはいたが、一応理彩も手を振っていたので軽く片手を降って返していた。
無論、参加者の中には大食い自慢の人間達もカモフラージュの為に参加を許されており、それは同じく五人程だが、明日野はその五人は考慮に入れていない。
とは言え、佐田は当たり前の様にサラサラと観客に紹介をしてくれる。
「はい、ゼッケンナンバー六番、同じく地元の大学生である持文さん…………ゼッケンナンバー七番! 遠くからわざわざ来ていただいてありがとうございます!! 園田さんです…………ゼッケンナンバー…………」
参加者は全員で十名となる。
ぱっと見参加者達はタレント二名を除けば平々凡々な見た目ではあるが、中には大悪魔三人と黙示録の四騎士の一人という、分かる人が見ればやたらと豪華な面子であった。
参加者の説明を終え、佐田は息を深く吸い込む。
「ルールは簡単です! 出される料理を一番その胃に押し込んでくれた人が勝ち! 優勝者には……………………賞金二百万円也!!」
そんな佐田の大仰なコールと共に、アシスタントらしい女性は手元のトレイの布を退けて見せると、観客達からオォという歓声が湧く。
女性がもつトレイの上。
其処には、今の明日野には喉から手がでるほどほしいモノが在った。
ピンと張った札束が二つ。
それを巻く帯すらも光り輝いて見えた。
そう、それはあたかも地獄の底の財宝達のように。
何処か呼吸が荒い明日野には関係無く、佐田の説明は続く。
「さて、準優勝者には町内会より温泉旅行の宿泊券がわたされまーす!! では、第一の料理を運んで貰いましょう!!」
佐田のコールと共に、何処から湧いたのかカメラマンやらマイク持ちが現れ、ステージ横からは割烹着を着た【職業安定所 嘆きの穴】から無理やり引っ張り出された女性達が給仕を勤めていた。
「では、先ずは小手調べから………鶏は比内鳥、卵も同じく! お米は魚沼産コシヒカリを使用した…………親子丼です! なお、調理の方は地元長年愛されている町内会の定食屋さん【美食の館】よりロクさんが担当しています!」
佐田のコールに応じて、明日野の前に運ばれる親子丼からは只ならぬ良い香りを放つ。
程よく火を通され、半熟に仕上げられた卵が丼の飯を覆い隠し、尚且つ其処からは芳醇な出汁の香りが漂う。 ステージ下の観客達もまた、その一つの丼が放つ輝きと香りに目と鼻を奪われていた。
だが、明日野はそれとは別に蠅野に疑惑の視線を向けるが、蠅野はニヤリと笑うだけである。
余談ではあるが、町内会きっての名定食屋【美食の館】を経営するのはロクさん事、地獄の料理人ニスロクである。
彼もまた堕天使であり、過去にはベルゼバブもとい蠅野の館で調理長を勤めていた。
彼が堕天した理由に付いては、神の名の下に天使達が行った酷い所行に付いてであり、それは生粋の料理人であるニスロクには耐えられぬ事であった。
以来彼は地獄に置いて【調理長】の地位についていたが、地上においての彼の評判は高く、専ら【親父っさん】として地元から愛されてる料理人である。
「いやいやいやいや、ほらほらほら、見てくださいよ!この卵と鶏肉が放つ黄金の輝きとでも形容すべき偉容を! いやー食べるのがもったいのぅ感じてまいますわ!」
手拍子を頭の上でパチパチ鳴らし親子丼への感想を漏らすベッヒーに続いて、レヴィアも後に続く。
「ホントですよねぇ…………いやぁ、このカツオと鳥が放つ得も言われない香りは私の鼻をくすぐります!」
レヴィアのレポートに対して、ベッヒーは合いの手を伸ばす。
「ほほう!? ほんならワシがレヴィアちゃんの鼻を掻いてさしあげまひょか?」
そんなベッヒーの言葉に、レヴィアの「いやん!」という掛け合いに観客達からは笑いが漏れるが、明日野の顔は非常に引き締まっていた。
嬉しそうに料理のレポートを始めるレヴィアとベッヒーだが、二人の声は明日野の耳には入らない。
ただホコホコも湯気を立てる丼を見つめながら始めの合図を待ち、呼吸を整える。
参加者五人がそれぞれ違う反応を示す中、佐田はゆったりと手を挙げる。
「ヨォイ…………スタート!!」
参加者達の思いが錯綜する中、佐田からは運命の合図が告げられた。
猛然と箸を取ったのは、青の店員とそして明日野である。
そんながっつく二人を後目に、蠅野とレヴィアとベッヒーはキチンと【頂きます】の挨拶を交わす。
とりあえずはペース配分など無視した明日野達が先行するのだが、その食べ方はあまり誉められたモノではない。
青の店員に至ってはどうやって食べるのか素人観衆達も見守ったが、僅かに上げた面の隙間からどうやら食べているらしい。
同じく猛然と食べる明日野だが、実は彼を含めて悪魔達も天使ですら黙示録の四騎士の素顔を知る者は居ない。
絵画に印される彼らは独特な風貌だが、その溶接面の窓からは僅かに光る目が見えるだけであり、その素顔は、実は佐田は勿論、誰も知らないのだ。
程なく、青の店員と明日野はほぼ同時に、最初の丼を食べ終えた。
ストローを用いて、溶接面の隙間から水分補給をする、青の店員をよそに、明日野は届けられた二杯目の親子丼に取り掛かる。
参加者達が、己のペースで進む中、佐田からは大会の流れが説明された。
「いやー、いい感じに皆さん食べ進めていますねぇ!? でもでも…………同じ丼ばかりでは飽きるでしょう? 観客の皆様!ご案内ください。 四杯目以降は丼モノの内容が変わります!」
佐田の宣言に構わず五人は食べ進めるのだが、それとは関係無く佐田の説明は続く。
「はい、二番目の丼モノは…………ソースカツ丼です!」其処で、一端佐田は手元のカンペを見る「えぇと、理由に付いては単純でして……出汁味が重なるという作り手からの配慮です」
未だにペースを衰えさせる事無く親子丼を胃に収める明日野だが、司会者たる佐田の説明は明日野にとってはありがたいモノではなかった。
親子丼自体の味は初体験ながらも素晴らしく、口の中で踊る様なプリプリとした肉質と、それを取り囲む様に甘辛い卵が口を楽しませ、出汁が必要最低限しか染みていない米の飯も言うことは無い。
ただ、些か箸の扱いはあまり得意ではなく、横目で見るとほとんど五人の差は開いていないという事実を突きつけてくる。
それでも、明日野は一心不乱に丼を重ね、なんと一番に手を挙げた。
「おふぁわりふははーい!」と、口をモゴモゴさせながら。
注※ 親子丼には玉ねぎは使用されておりません。