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第74話

「本当に、やっとだわね!」

新婚旅行から帰って来た茜夫婦に、和賀さんが来年の秋に結婚を決めたと報告すると、茜が第一声で吐いた言葉だ。

「何度も何度も、ヒヤヒヤさせて…」

「俺は、揺るがなかったぞ!?」

「…そうだったか?」

ニヤニヤと笑う浩一さんが、和賀さんに肘鉄を当てた。

結婚して茜の家に婿養子に入っても、浩一さんは昔とちっとも変わらない。

式だけ教会で挙げて、披露宴は店でやると和賀さんが説明すると、茜が紅茶の入ったカップを上げて言った。

「教会で式挙げるって…結構講習なんかあるけど、大丈夫なの?」

「何だそれ?」

「もう!?これだから…浩一、説明してやりなさいよ!」

クックッと笑いながら説明をする浩一さんを横目に、茜が私の手を取って詰め寄った。

「引き返すなら、今しかないわよ、典子!?」

「え?」

「後先考えず、突っ走るだけの野獣よ?苦労するわ、きっと…」

「コラッ!?玉置!!別れさせようとしてんじゃねぇぞ!?」

私の腰を掬い自分の胡座の中に座らせると、和賀さんは鼻息を荒くした。

「大丈夫よ、茜…それに苦労するのは、私じゃなくて和賀さんだもの」

「まぁ、典子が良ければいいんだけどね」

そう言って笑うと茜夫婦は、玉置興産の系列のホテルに私達を連れて来てくれた。

「最近じゃ、ホテルのチャペルでの挙式と写真撮影だけっていう、簡素な結婚式も流行っててね…そういうプランもあるのよ」

「へぇ…」

「要、ホテルのチャペルだと、講習はないぞ?」

「そうなのか!?」

浩一さんと2人でウェディングプランナーの話を聞く和賀さんの様子を見て、茜がクスクスと笑い出す。

「あぁやってると、あの2人が結婚するみたいじゃない?」

「…悪いわ、茜」

「いっその事、披露宴もホテルでやればいいのに…」

「…和賀さん、全部自分が払うって言うの…結納もしてないし、新居も自分で用意するんじゃないし…男のケジメだからって」

「まぁ、わからなくはないわね…その気持ち」

茜は、自分の左手を見詰めながら呟いた。

「私達の結婚式も半分仕事絡みだったし、浩一には婿養子に入って貰ったし…拘らないって言ってくれたけど、思う所は色々あったみたいでね。指輪だけは、奮発してくれたのよ」

「…結婚するって、大変?」

「私は今迄通りよ?でも浩一は…半分、父に取られたって感じね」

「確か、社長秘書をしていらっしゃるんだったわよね?」

「一番会社の中の事がわかるし、将来私の片腕になって貰う為にだったんだけど…父が浩一に入れ込み出したのよ。お陰で、私は蚊帳の外…」

「いい事じゃない」

「まぁね…いっそ、早目に子供作ろうかと思って」

「それがいいわ…体力的にも」

「そうしたら、今度は子供服のブランドでも、立ち上げ様かしらね?」

フフフと笑う茜は、内側から美しさが滲み出る様だった。

「ノン!?」

和賀さんが私を呼ぶ声に、茜と2人でカウンターに向かった。

「これなんかどうだ?」

小さなチャペルの前で新郎新婦が並んで写真を撮っているパンフレットを指差して、和賀さんが笑う。

「あ、そうだわ!ウェディングドレスとタキシードは、持ち込みだわよ?」

私が返事をする前に、茜がパンフレットを覗き込んで言った。

「何で?」

「何でって…アンタ達に合う貸衣裳なんて、ある訳ないでしょうよ!?」

「あ…そうか」

「典子のウェディングドレスは、私とチカで作るって決めてたんだから!和賀さんのタキシードも、(ついで)に作って上げるわ」

「俺は序か!?」

「当り前でしょう!?結婚式の主役は、花嫁に決まってるじゃない!?」

そう言われた途端、躰の中から冷たい物が沸き上がり、私は両腕を抱き締めた。

「どうしたの、典子?寒いの?」

震えて頷く私に和賀さんの腕が伸び、自分の膝に私を乗せると、上着の前を開いて抱き込んでくれる。

「…大丈夫だ、ノン…心配すんな」

「…」

「安心して、俺に任せとけ」

和賀さんの上着の中に顔を突っ込み、彼の匂いと温もりに包まれると、躰の中に巣食う恐怖がジワジワと氷解して行く。

「大丈夫なのか?」

「あぁ…幸せ過ぎて不安になるだけだから、心配ねぇ」

「そう…良かったわ。で、このプランに決めていいのね?日取りは?」

「秋季リーグが終わった後だから…10月末辺りの土曜で」

「相変わらず、バレー中心の生活な訳ね!?」

「当りめぇだろ?俺、コーチなんだぞ?」

胸から響く和賀さんの楽しそうな笑い声を聞きながら、私は微睡みに呑み込まれた。



「いい日和だ…」

「あぁ…」

「…やっと、漕ぎ着けたな」

「お前達に先を越された時は、正直少し焦ったけどな」

「お前流に言えば、タイミングだろ?」

そうだなとゲラゲラと笑う親友は、椅子から立ち上がって伸びをした。

「どうだった、写真撮影?」

「まぁ、恙無(つつがな)く」

「綺麗だったか、ウサギちゃん?」

「十分期待してくれていいぞ!!」

そう言って、要はニヤニヤと破顔する。

「そうだ、まだ言ってなかったな…優勝、おめでとう」

「あぁ、サンキューな…こっちも、やっと成果が出たって感じだ」

「『鷹山に行くと強くなれる』って、言われてるそうじゃないか」

「素直に嬉しいな…井手さんは、もっとだと思う。優勝決まった時、泣いてたんだぜ?」

「へぇ…あの人がねぇ…」

「なぁ、やっぱり派手じゃねぇか?」

「まぁまぁ…一生に一度の事だから」

アイボリーホワイトのタキシードを着て、胸にふんだんにフリルのあるシャツを着させられた要が、姿見を見て眉を潜める。

学生の頃と変わらないシャープな体型に大人の風貌が加わり、あの頃より数段男振りが上がっているのだが…常に学生達と接しているからか、本人の飾らない性格なのか…中身は学生時代と殆ど変わらない親友に苦笑を漏らす。

「似合ってるよ…イイ男だ」

「そうか!?でも、ガキ共に見られたら、ぜってぇ笑われそうだ…」

「どうなんだ、新居の方は?」

「静かな新婚生活は、望めねぇな。俺達の家に居ても、お邪魔虫がワラワラ来るし…」

要は苦言を吐きながらも、容認する様に笑った。

「宇佐美先生とも、上手く行ってるのか?」

「あぁ…似た様な年寄り3人で、仲良くやってるしな」

「3人で?」

「親父と、典子の親父さんと…後、兄貴の嫁さんの親父さん。ホラ、『KING』って喫茶店のマスター」

「あぁ…親父さんと仲がいいって言ってた…」

「3人共、何となく雰囲気似ててな…それに核兄ぃが加わって、4人で一緒によく飲んでる」

「核さん夫婦も、一緒に暮らしてるって?」

「来年、子供が産まれるんだ…沙羅さんもお袋さん早くに亡くしてるし、ウチは典子の為に全部バリアフリーにしてあるからな。子供が走り回れるスペースもあるし、人手もあるし…その内に、あそこのマスターもこっちに住むらしい」

「そりゃ大家族だな!?」

「1階がウチの店舗と治療院に、2階が治療院の施術室。3階に共有スペースのリビングと台所に、俺と典子の家。4階と5階が、個々の家族が暮らす家だろ?こっちの要望伝えたら、設計頼んだ建築士が『シェアハウスみたいな家ですね』って言ってな…」

「姫が、住みやすそうな家だったって感心してた」

「まぁな…部の奴等が大勢来ても賄える位のスペースはあるし、個々のプライベートも確保出来るからな。まぁ、今日じっくりと見て行ってくれ」

「あぁ、訪ねるのが楽しみだ。所でウサギちゃん、家では車椅子なのか?」

「いゃ…施術の仕事離れて受付の仕事始めてから、少し持ち直した。やっぱり、1日中立ちっぱなしってのがいけなかったんだ」

「良かったじゃないか」

「親父さん帰って来たし、躰のメンテは完璧だからな。でも多分…数年後には車椅子の生活になるだろうがな」

「…そうか」

「まぁ、あの家でなら、どんな状況になっても対応出来るだろうし、心配ねぇよ」

そう爽やかに笑う親友は、本当に男前だと思った。

係りの人間が時間だと知らせに来ると、俺はチャペルの入口で姫が来るのを待った。

「支度、出来た?」

「バッチリよ!!あぁ…もぅ可愛いったらないわ!!」

相変わらず、姫はウサギちゃんの事になると夢中になる。

ウェディングドレスからシューズ、杖に至る迄、全て姫がプロデュースして特注で作らせた。

本当は、披露宴もこのホテルで挙げさせてプロデュースしたかった様だが、商店街の皆に祝って欲しいという要達の要望に、流石に遠慮した様だ。

「もぅ、和賀さんにやるのが惜しい位に可愛いわよ!?」

「まだ、反対するの?」

「そういう訳じゃないけど…」

「全く…」

そう笑うと、少し剥れた顔を見せる。

「そうそう、あの特注した杖ね…」

「強化プラスチックの?綺麗に出来上がってたけど…何か問題あった?」

ウェディングドレスに無粋な杖は似合わ無いと、わざわざウサギちゃんの手形を取ったグリップに、クリアな強化プラスチックにスワロフスキーで飾り立て、底には滑らない様にクリアなシリコンゴムを被せた特注品だったが…。

「アレ、商品化する事にしたわ」

「それは、それは…」

「ああいう杖って、実用一辺倒で年寄り臭いデザインしかないし…若い人や年配の女性でも、お洒落した時に使うには不似合いでしょ?需要、あると思うのよ」

「専務自ら動くの?」

「そんな事する筈ないでしょ?企画部に落として…企画書作らせる積りよ」

(ついで)に、介護用品部門…作る積り?」

「…需要と採算が取れる物は、何でもやるのが我社の方針よ!?」

親友であるウサギちゃんの為なら、何でもやろうとするウチの専務の暴走は、当分治まりそうにない。

それでも、婚約式の時にウサギちゃんの衣装で苦労した事を踏まえて立ち上げた高級レンタルブティックは、インターネットの広告やクチコミで順調な成績を上げ、現在都内を中心に8店舗運営している。

当然今回のウェディングドレスと要のタキシードも、ブティックの専属デザイナーの堀田さんが、姫と相談しながら作った物だ。

そして、自分達の結婚式の時もそうだったが、今回の要達新郎新婦の写真も、ブティックの広告に使おうとする抜け目なさは流石だと思う。

讃美歌がチャペルに響き渡り、新郎の要が登場し…俺達の直ぐ近くに立った。

「…緊張して来た」

そう呟く要に、姫がプククと含み笑いを漏らす。

再び讃美歌が流れ、チャペルの扉が開くと、ウェディングドレス姿のウサギちゃんが宇佐美先生と腕を組み、ゆっくりとバージンロードを歩いて来る。

花の様な…と表現すればいいだろうか…まるで、バレーのチュチュの様な薄い布を何枚も重ねたふんわりと広がるスカートに、胸元にゆったりとした総レースのギャザーとフリルをふんだんにあしらった愛らしいドレス姿。

「これは、可愛いらしい…」

「……でしょ?」

既に涙声になる姫と、俺の直ぐ目の前で蕩ける様な表情を見せる親友の顔を見比べる。

確かに今日のウサギちゃんは、今迄になく愛らしいが…ウチの奥さんの方が美しかったと、1人胸の中でガッツポーズを決めた事は親友に許して貰おう。

「宜しくお願いします」

宇佐美先生がそう言って、要に頭を下げる。

「お任せ下さい」

要がそう言ってウサギちゃんの手を取ろうとすると、ウサギちゃんは反転して宇佐美先生に抱き付いた。

「典子?」

又、不安になったのだろうか…まさかこの期に及んで、結婚は嫌だと言うのではないか……事情を把握している誰もが息を呑んで見守る中で、抱き付いたウサギちゃんが、小さな声で宇佐美先生に言った。

「…お父さん……今迄本当に、ありがとうございました」

「…典子」

「幸せになります、私…皆で一緒に…幸せになります」

親子の抱擁に皆が涙ぐみ、宇佐美先生は娘の涙をハンカチで拭うと、穏やかな笑みを湛えて言った。

「行きなさい、典子…要君が待っている」

父親から離れて要の手を取ったウサギちゃんが、カクンと足元をふらつかせた途端、要は彼女をフワリと抱き上げて祭壇の前に運んだ。

「流石だな」

「…やる事が、一々派手なのよ」

鼻を啜りながらも、姫は要のやる事に苦言を吐く。

ウサギちゃんの行動に一瞬怯んだ様な表情を見せた要が、こんな事で治まる訳がない…あれは完璧に、宇佐美先生に嫉妬心を煽られた筈だ。

指輪の交換が済むと、神父の厳かな声が響く。

「それでは、誓いの口付けを…」

薄いベールを上げてウサギちゃんの肩に腕を置き、身を屈ませた途端…要は再び彼女を抱き上げて、瞠目するウサギちゃんに口付ける…。

「…ちょっと…いつまでやってんのよ…」

目の前の神父が何度も咳払いをし、小声で姫が怒る程長い間、誓いの口付けは続く。

「ちょっと…」

堪らず姫が声を上げようとするのを、俺はすかさず彼女の腰を引き寄せて唇を塞いだ。

「…浩一」

「姫の方が、美しかった」

「ぇ?」

「花嫁姿…やっぱり姫が一番綺麗だ」

「…馬鹿」

姫を宥めながら、やっぱりやりやがったと、親友に苦笑する。

チャペルに讃美歌が響く中、要はウサギちゃんを抱いたままバージンロードを進み、チャペルの入口で参列者に挨拶をしている。

「フラワーシャワーは?」

「商店街に着いた所でやるらしい。序に、ブーケトスはイベントにするらしいよ?」

「和賀さんの企画?」

「いや、大木君が中心になって、商店街の青年団とバレー部の奴等を引き込んで、お祭りパーティーに企画した様だね。商店街の人達が気軽に参加出来る持ち寄りのパーティーで、駐車場にはテント迄設営するそうだよ?」

「どこまでも、若者のノリな訳ね?」

「いいじゃないか…俺達も学生気分に戻って」

「確かにね…いつまでも、馬鹿騒ぎ出来る場所があるのは…幸せな事かもしれないわね?」

満面の笑みで参列者に挨拶する親友と、恥ずかしそうに嬉し涙を溢す花嫁を見て、俺の美しい自慢の妻はクスリと笑った。

「さぁ、商店街に戻るぞ!!」

「皆が待ってる!!」

「パーティーだ!!」

若者達の声が響く中、親友は再び愛らしい花嫁にキスをした。



        【Fin】


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