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冬のほたるとおしゃべりキツネのカナ(4)

 私はおじいちゃんの日記帳を閉じる。

 そこで初めて、私は日記帳を持つ自分の手が微かに震えていることに気がついた。

 おじいちゃんが抱えていた孤独に、隠していた秘密に、結局のところ私はおじいちゃんの最期の日まで気がつくことはなかった。

 おじいちゃんはあまりにも突然、私の目の前から姿を消してしまった。

 あのときの私は、おじいちゃんはあまり咳の出ない、たちの悪い風邪で寝込んでいるだけだと思っていた。すぐに快復してワスレグサの畑に連れていってくれるだろうと確信していた。そのまま激しく血を吐き出して冷たくなってしまうなんて、想像することすらできなかった。私はきっと、おじいちゃんのことを何も知ろうとしていなかったんだ。

 そのことを考えると、私はおじいちゃんに対してひどく後ろめたくて、大声で何度も謝りたいような気持ちになっていくのだった。

 それでも、もう流しつくしてしまったみたいに涙は流れてこなかった。私の心は、いつしか渇いてしまっていたんだ。


「……ふぅ」


 窓から外を眺めると、空には宝石箱をひっくり返したみたいな星空が広がっていた。

 先が長くないと宣告されたおじいちゃんも、眠れない夜にこうして、一人で空を眺めたのだろうか。

 そう考えると、私はこの家に来てから感じなくなっていたはずの孤独という感情が、窓のすき間からどろどろと入り込んでくるのを実感せずにいられなかった。

 ひょっとすると、それは大好きなおじいちゃんが残していった感情の欠片なのかもしれない。なんて、そんなわけないのに。


「そういえば、」


 後ろめたいといえば、カナは今ごろどうしているだろうか。私は思い出す。

 カナが深刻な顔をして相談に訪れたあの日、怒りにまかせて庭に生えている雑草を引っこ抜くと、すり潰してからオブラートに包み、十五の小さな塊になった雑草をカナの目の前に差し出して、私はこう言ったのだった。


「これを飲ませればあなたの傷つけた相手は、あなたの言葉や、噂話に傷つけられたことなんてすぐに忘れてしまうわ」

「……ほんとに?」

「本当よ」

「ほんとのほんとに?」

「ええ。でも気をつけて。この薬は飲む直前の二時間前後の記憶しか消せないものだから、しまったと思ったらすぐ相手にこの薬を飲ませるのよ」


 丁寧にそんな嘘までついて、喜ぶカナを追い返した私。最低だ。

 今ごろ、カナは思う存分に人の陰口や悪口を言い回っているかもしれない。

 そして私に貰った薬を飲ませても、いつまで経っても消えない自分が悪口を言った相手の記憶に困惑しているかもしれない。

 そう考えると私は本当に、本当に最低の気分になった。

 でもカナがそんな目に遭うのは当然のことだ。

 あれだけ私や、他のたくさんの動物たちを傷つけておいて、今度は都合よく傷つけた相手の記憶を消したいだなんて……。

 自分の行いを正当化しようとする、自分自身の性格の悪さに吐き気すら覚えそうだった。

 いつもの可愛いサキちゃんは、もう二度と近づくことのできない、どこか遠い場所へ行ってしまったようだった。きっとこれからは、鈍感で、嘘つきで、いつもいかにも最低な気分って顔をしたサキちゃんとして生きていかないといけないのだろう。

 でも、それはそれでいいのかもしれない。私なんて、きっと幸せに生きていく価値のない人間なのだから――。

 そんなことを考えてまた絶望的な気分になりながら、私は触覚を伸ばすカタツムリのようにのろのろと手を伸ばして寝室の明かりを消すのだった。

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