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冬のほたるとおしゃべりキツネのカナ(おじいちゃんの日記)

  ○月×日

  天気 曇り


 今日は少し変わったことが起こった。

 まだ一度しか会ったことのなかった孫娘のサキが、大きな荷物を持って私たちの家を訪ねてきたのだ。

 話を聞いてみれば、今日からしばらくここに住まわせてほしいと言う。母の祥子はと聞くと、一緒には来ていない、私は捨てられたのだ、と言う。

 私は長いこと連絡も寄越さないで、急にこんな面倒事を持ち込む祥子のところへ、よほど怒鳴りに行こうとか思った。

 だが、ハツミはそれに反対した。祥子は何の理由もなくこんなことを頼む子じゃない、しばらくここでサキを預かりましょうなどと言うのだ。

 ハツミのこういうところにはいつも感心させられる。

 どうしていつも、そう物事を前向きに捉えられるのか。単純に、ずっと離れて暮らしており、ろくに顔を見ることすらできなかった孫娘と一緒に暮らしたいという願いもあるのだろうが……。

 そういえば、たった一日だったが、サキが祥子と遊びに来た日があった。あれ以来、ハツミは何度も何度もサキの話をくり返していた。

 それもそのはずだ。たった一人の孫娘が、可愛くはないはずがない。それは私にとっても同じことだ。

 いつの間にか、祥子のところへ怒鳴りに行こうなどという気は失せていた。明日からの孫娘との新しい生活に、私は年甲斐もなく心躍らせているようだ。




  ○月×日

  天気 雨


 サキはよく話をする子だ。

 私もハツミも普段そこまで話をする方ではないから、サキがいるだけでまるで陽に照らされたように家の中が明るくなった。

 まるでねじを巻いてもらったみたいに、サキのいないときでも私とハツミの会話が増えたように思う。

 そして驚いたことに、サキは私の家にやってきては何かを忘れたいと願う動物たちを恐れることなく、むしろ目を輝かせて彼らの話を聞いては自分なりのアドバイスまでしている。

 私は嬉しかった。この年になって初めて、自分のやっていることを認められたような気がした。ハツミは私がこの森で行っている、誰かの記憶の一部を忘れさせるということに、あまり良い印象を持っていないから。

 そういえばサキはカンジュ草にワスレグサという名前を付けていた。

 もし明日晴れたら、サキをカンジュ草の畑に連れて行こう。少し遠出をして、菜の花川の上流まで連れて行ってやるのも悪くない。

 あそこは今の時期、川沿いに目がくらむほどの菜の花が咲いているはずだから。

 ただ一つだけ、サキに関して心配なことがあった。サキは本当によく話をするのだが、話題がある部分に触れると、突然人形のように表情をなくし、多くを語りたがらなくなった。

 私とハツミは自然と、話題がその部分に触れないように気を遣うようになっていた。

 もしできることなら、明日にでも、サキにその理由を聞いてみようと思う。

 それがきっと、家族というものだから。

 サキのいる生活は楽しい。サキにとっては母親の元で生活するのが一番いいはずなのだが、私もハツミも、サキにずっとここにいてほしいと願っている。

 叶わない願いだとは分かっているが、サキのいない生活を考えると、寂しいと感じる。




  ○月×日

  天気 晴れ


 サキは菜の花川を気に入ってくれたようだ。

 サキは菜の花の傍にしゃがみこんでいつまでも嬉しそうな顔をしていた。そんなサキの横顔を見ていると、ふと祥子の面影が頭をよぎった。

 私の一人娘は、一体どこで何をしているのだろうか。

 ……いや、それよりも今はサキのことだ。

 今日、カンジュ草の畑で興味深そうにその葉を撫でるサキに聞いてみた。学校で何か辛いことがあったのかと。

 学校の話になると急に表情を曇らせるサキを見ていると、学校で彼女に何かがあったのは間違いないように思えた。

 私の言葉を聞いたサキは、『どうして分かったの?』とでも言いたそうな表情で私の顔を見上げていた。

 それからサキはぽつぽつと話しくれた。学校でいわゆるいじめにあっていたときの話を。

 サキの話を簡単にまとめると、サキと仲の良かった楓という女の子がいて、どうやらサキと楓ちゃんは些細なことでケンカをしてしまったようだ。

 おしゃべりな楓ちゃんはその腹いせからか、サキの噂をあることないことクラスメイトたちに言いふらした。それが原因でサキはクラスメイトから無視されるようになったようだ。

 まだ中学生の女の子が、クラスメイトからさも自分がそこにいないように扱われるというのは、どれほど神経に応えることだろうか。

 その原因を作ったのが、仲の良かった友人ともなれば、ショックは鈍感な私には想像もできないほど大きかったに違いない。

 私はサキに何か慰めの言葉をかけてやるべきだったのかもしれない。そして大人として何か現実的なアドバイスを送るべきだったのかもしれない。

 だが私が思いついたのは、ついにサキの辛い記憶を消してあげるという単純なものだけだった。

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