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動物園とレッサーパンダのアリシア(3)

 アリシアの話は終わった。

 部屋中が沈黙で満ちてしまうまで、そう時間はかからなかった。私はしばらく、彼に何の言葉もかけてあげることができなかった。

 そのとき私が感じていたのは、彼の恋心を忘れさせるべきじゃない、忘れさせたくないという、単純な気持ちだけだった。

 アリシアのことを特別扱いするわけじゃない。でも誰かの真剣な恋心なんて、簡単に忘れさせることができるわけがないじゃないか。


「あなたはそれで本当に後悔しないの?」


 搾り出すように言うと、アリシアは思いつめたような、ひどく悲しそうな顔をして一度だけ頷いた。

 私はそんな表情をした彼に、どんな言葉をかけてあげればいいのかどうしても分からなかったんだ。


「私にも考えさせてほしい。少し時間をくれないかしら?」


 結局、私の口から出てきたのは、そんな結論を先延ばしにするような言葉だけだった。


「分かったよ」アリシアは短く答えた。その様子から、彼が残念に思っているのかほっとしているのか、私にはうまく判断がつかなかった。


 私と彼は二日後に、またコスモスの畑で落ち合うことになった。それまでに私は彼の恋心を忘れさせるかどうかを決断しなければならないのだ。


「それにしても、日本にも野生のレッサーパンダがいるんだね。私、驚いちゃった」


 アリシアの去り際に、私はなんとなく、ふかふかの背中にそんな声をかけた。


「日本にだって、野生のレッサーパンダはいるよ。数は少ないけどね。人間っていうは、自分たちがなんでも知っていると思い込んでいるから嫌いだよ」


 彼は振り返ってそれだけ言うと、ぷいと向こうを向いて、そのまま森の中へ走り去ってしまった。かわいくない言葉を吐いてもなお、かわいらしい動物だ。


「おじいちゃん、私、どうすればいいんだろう……」


 アリシアの背中が見えなくなると、私は胸につかえていたそんな言葉を吐き出した。おじいちゃんが生きていたら何て言ったかなんて、分かりきっているのに。

 おばあちゃんの部屋に入ると、おばあちゃんは先ほどと変わらない体勢でぐっすりと眠っていた。だけど、おばあちゃんの吐き出す息は深く、かなりの汗をかいているようだった。


「おばあちゃん?」


 おばあちゃんの顔がりんごのように赤いのに気がつき、私は慌てて腋の下に体温計を当てた。

 ぴぴぴっと音を鳴らした体温計を抜くと、液晶画面には三十八度一分と表示されていた。

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