台風とツキノワグマのそう太(6)
私たちはしばらくそのまま、黙ってお互いのことを見つめていた。そう太の目にはたっぷりと涙が浮かんでいる。私の目もきっと充血していることだろう。
「あなたのために薬を作るわ」気がつくと、私はそう太に言っていた。
そう太の話を聞くまでは、立派におじいちゃんのあとを継ぎたいだとか、私にだってやればできるんだ、とかいう気持ちがあったのだ。
だけど、そう太の話を聞き終えた今となっては、私の中にあったそんな感情の一切はきれいに消えてなくなっていた。
私はただそう太のために薬を作ってあげたいと思った。
忘れさせてやりゃあいいんだよ。おじいちゃんの懐かしい声が耳によみがえる。
「薬を作ってくるから、少しだけそこで待っていてね。すぐにあなたのために薬を作るから」
私は部屋を出る。扉を閉める瞬間に見えたそう太の顔は、怒りとも悲しみともつかない、なんともいえない表情をしていた。
私はやりきれない感情を胸の辺りに抱えながら廊下を歩いた。調合部屋に向かう前に、私はおばあちゃんの部屋に立ち寄ることにした。
おばあちゃんは布団に横になってはいたものの、両目はしっかりと開いていて、一緒に眠っているスミの背中をしきりに撫でていた。
スミと名付けられた犬のぬいぐるみは何も言わず、無表情のまま、どこか遠い場所を見つめていた。
「私、おじいちゃんのあとをついでね、傷ついた動物たちの力になりたいって思うんだ。おばあちゃんはどう思う?」
「それはいいことね」質問の意味を理解しているかは分からないけど、確かにおばあちゃんはそう答えてくれたんだ。
「うん!」私は勢いよく頷いた。
「それよりも、あなたそろそろお嫁に行く気はないの?」
「おばちゃん、私はまだ十四歳なのよ。結婚はできないし、それにまだ相手もいないわよ」
「あら、そうだったかねぇ」
恥ずかしそうに笑うおばあちゃんに「仕事があるから少し待っていてね」と言い残すと、私は急いで調合部屋に向かった。
古い離れの小屋に入った瞬間、むっとした臭いが鼻についた。私は慌ててマスクを取り出してしっかりと鼻をふさぐ。有害な菌が部屋に充満していることがあるのだ。
おじいちゃんが死んでから誰一人として足を踏み入れてないその部屋には、かびの臭いとむせ返るような薬草の臭いが充満して、体にまとわりつくように空気が重たくなっていた。
私は軽く頭がくらくらするのを感じながらおじいちゃんの秘密ノートを探した。
おじちゃんの秘密ノートの中身を見るのはそれが初めてだった。
そこには森で採れるありとあらゆる野草や木の実、そして花々の情報が細かく記され、どれをどういった分量で調合すればどのような効用のある薬が作れるのかが一目で分かるようになっていた。
特にワスレグサのことが書いてあるページはより詳細な情報がページの端々にまで記載されていて、そのページ数は二十ページにも及んでいた。
おじいちゃんが薬を調合するとき、ノートを開いているところは一度も見たことがなかった。
おじいちゃんは何かを書き入れるときにだけ、ノートを開いて熱心に鉛筆を走らせていた。
ひょっとするとおじいちゃんは私のためにこのノートを残してくれたんじゃないだろうか。私はふとしたときに、そんなことを考えた。
「さて……やるか」
昨日一日のことを忘れられる薬は比較的簡単に作ることができるはずだ。
簡単にといってもその作業は砂の城を作るみたいに慎重に、美味しいアップルパイを作るみたいに正確に行わなければいけないので、薬をオブラートに包み終える頃には私はたっぷりと汗をかいていて、細かく震え続けた腕はすっかり硬直してしまっていた。
それでもこの薬を飲ませると、そう太の辛い記憶をきれいサッパリ消すことができる――完成した薬を眺めながらそう考えるだけで、私はただ嬉しくて、今にも踊り出してしまいたいような心持ちになっていった。
その浮かれた気分をどん底に落とすような事件が待ち構えているなんて、私は想像さえしなかった。




