台風とツキノワグマのそう太(そう太の告白)
僕には息子が一人いたんだよ。かん太という名前だった。
僕ら熊という種族は基本的に母親だけで子育てをするんだ。君たちから見たら不公平に見えるかもしれないけど、僕たちにとってはこれが自然なんだ。でも母親が早くに病で死んだから、親離れの時期まで僕が育てるしかなかった。
こういうことは本来ならあり得ないことなんだけど、そうでもしないと、かん太は飢え死にしてしまうからね。動物の世界は人間のそれと比べ物にならないほど、死と隣り合わせの世界なんだよ。
……ごめんね、別にイヤミを言いに来たわけじゃあないんだ。
もちろん子育ての経験なんてなかったし、もともと雄の熊は子育てなんてしないから、僕にはそのすべてが新鮮で、辛くとも楽しい日々だったよ。
雄の熊が子育てをすることで、仲間にひどいことを言われることもあったけど、そんな言葉は気にもならなかった。ただかん太が元気でいてくれればそれで良かった。
僕はかん太に自分の体を大きく見せる方法を教えたり、一緒にひなたぼっこをしたり、お母さんの思い出話をしてあげたり、エサの獲り方を教えてあげたりした。
かん太は覚えが良かったから、すぐに自分でエサを獲れるようになったんだ。特に川魚を獲らせたら僕よりうんと筋が良かった。魚の数が極端に減りでもしない限り、将来も飢えることはないだろうと安心した。
僕らは何度も、二人で川に行ってはどっちがたくさんの魚を獲れるか競い合ったものだよ。最初はわざと負けてあげていたけど、すぐに本気で獲ってもかん太に敵わなくなっていたんだ。悔しくなんかない。心から、僕は嬉しかった。
でもそんなかけがえのない日々は、本当に、急に、まるで落とし穴に落っこちたみたいに終わってしまうものなんだ。
かん太は親離れの時期を迎えようとしていた。一歳半を過ぎた頃に、親熊は子熊を巣から追い出して、親離れさせないといけないんだ。
僕はどうやってかん太を巣から追い出そうか、何ヶ月も前から考えていたよ。それはクマの親子にとっては避けては通れない、儀式のようなものなんだ。
巣から追い出す以外にも、キイチゴを夢中で食べている隙に置いていったり、いくつか方法があるんだけど、僕はかん太と正面から向き合いたかった。僕は心を鬼にして、次の満月の夜にかん太を巣から追い出してしまおうと決心した。
でもそんな悩みも決心も、すべては無駄なことだったよ。
昨日、かん太は死んでしまったんだ。
運の悪いことに、菜の花川の上流近くに放置されたままのトラバサミにかかったんだ。
最近の罠にあんなに殺傷能力の高いものは少ないからね、きっと古いもので少し錆びていたんだ。雨が降っていたのも良くなかった。かん太は足の血管を傷つけられて、僕の目の前で少しずつ血を流しながらやがて死んでいったよ。
「怖い、怖いよ父さん……」
最後の言葉はそれだった。
もう何度もね、その言葉が頭の中で聞こえるんだ。その度に僕はかん太を探すんだけど、その姿はどこにも見つけることができない。当たり前だ、かん太は死んでしまったんだもの。
でも声だけは……声だけがずっと僕の耳から離れないんだよ!
ごめんね、大声を出すつもりはなかったんだ。驚かせてしまってごめんよ。
昨日のことを、忘れさせてほしいんだ。それが正しいことじゃないのは分かっている。詳しいことは分からないけど、僕はかん太の記憶がぷっつりと途切れて混乱したりもするんだろう?
ひょっとしたらかん太のことを探し回ることだってあるのかもしれないね。
でも忘れないと、頭がおかしくなってしまいそうなんだ。
今こうして話をしている間だって、僕の頭の中ではかん太の声が聞こえるんだ。怖いよ、父さん……、ってね。




