42.六色の麦茶(1)
野口の手も借りて、サッキーをワゴン車の三列目に寝かせた。
制服を赤く染めたカナタは、三列目に入り、サッキーの手を握る。優子は二列目に入り、野口は助手席に滑り込んだ。
「内川」野口がいうと運転席の男が頷き、ワゴン車が発進した。
筋肉質の四角い顔をした内川のことはもちろん覚えている。一週間ほど前、カナタがエラルドを奪われたと大騒ぎし、県外の山奥まで取り返しにいった。そのとき野口の隣にいたのが内川だ。正志からの情報では警察の花形、捜査一課の刑事だという。
二人は縛られ、拷問でもされたのか痛々しい傷があった。正志はなにがあったかしつこく訊くも、野口は「なんでもない。お前らには関係ない」と突っぱね続けた。
考えても不安になるだけなので、『お前らには関係ない』との言葉を、優子は全力で信じることにしていた。
「先生は拾ったぞ。どこへ向かえばいい?」野口がスマホを耳にあてていう。
「誰ですか? ピンク屋さん?」優子が訊いた。
「そうだ。少し静かにしていてくれ」野口は一度振り返ってから、また前を向く。「そうだ、国道を北に走ってる。……なんだと? アクセル全開でか!?」
「どうした」内川が訊いた。
「どのインターチェンジでもいいから、ハイビームを点けながらアクセル全開で突っ込め、それが今回のキーアクションだとよ」
「またそんなんか」と内川はぼやきながら、強引に車線変更した。
優子は後ろの座席を見た。サッキーは目を閉じ、肩で息をしている。声をかけづらい雰囲気を全面に押しだしていた野口だが、優子はかまわず話しかけた。
「野口さん。これから私たちはどうなるのですか? サッキーは助かるんですよね?」
しばらくの沈黙があってから、「詳しくはクラモトに聞いてくれ」
「クラモト?」
「ピンク屋のオーナー、あのチャラいニィちゃんだ」
「おしゃべりは終わりだ」内川が割り込んできた。「もうすぐインターチェンジだ! 舌噛むぞ」
エンジンが唸りだし、開ききっていないETCゲートのバーに突っ込む。西日が射し込んでいた窓の外が、一瞬暗くなる。次に現れたのは、緑の草原だった。車は急ブレーキで止まった。
優子は窓にへばりついて外を見る。青い空は雲の欠片すら見当たらず、どこまでも続いている。草原はそのまま地平線まで広がっており、行く先には建物どころか山すら見えない。
モンゴルの大平原にでもワープしたのだろうか? いや、違う……これは人工的に作られたものではなかろうか?
優子の背中に冷たい汗が流れた。得体の知れないモノに対する恐怖だ。この感覚は、サッキーとツクヨマとのやり取りで充分に体験した。
いきなりカナタが扉を開けて、外に飛び出た。
「クーラーモートー! サッキーを早く、たーすーけーろー!」青すぎる空に向かって叫ぶ。
「安全確認ぐらいせんか!」
野口が怒鳴る。優子もまったく同じ意見だった。
「もう、治療ポットに転送しましたよ」
クラモトの声が聞こえるも、近くにいるわけではなさそうだ。館内放送のような響きがある。
優子は振り返った。確かにサッキーはいなくなっており、シートが血で濡れている。
「サッキーは助かるのですか!?」どこに向かって話せばいいのかわからず、優子は大きな声をあげる。
「もちろんっすよ」クラモトの軽い口調が返ってきた。
「どのくらいで治るのですか?」
「直接、会って話しませんか? 僕はいつものところにいますので」
「わかった。今から向かう」野口が答え、優子に向かって顎をしゃくってから、車を降りた。
内川もすぐに車を降り、続いて優子もおそるおそる草原の上に立った。
「行くぞ」野口が歩きだす。すっと野口の横にカナタがならんだ。
「ところで父は、ピンク屋の手下になったの?」
その皮肉には皮肉で返すのだと予想したが、「すまない。お前を巻き込んでしまった」と、野口は謝罪を口にした。
「逆かも。私が巻き込んだんだと思う」カナタは意外そうに眉を上げてから、顔をそむけるように前を向いた。
「ところで、どこに向かっているのですか? 草原がずっと続いて、なにもないようですけど」しばらく歩いてから、優子がいった。
「三百メートル歩けばコテージに着く。方向がどうだとか、コテージなんてどこにも見えないとか、そんなのは関係なくコテージに着く。そういうものだと思うしかない」野口が答える。
なるほど。そのようにプログラムされた空間なのだろう。正直、宇宙人相手だとなんでもありだ。疑ったところでどうしようもないし、未知のモノに対する恐怖もなんだか麻痺してきた。
実際、野口のいったとおり、なぜかコテージに着いた。赤い屋根の普通のコテージだ。野口に先んじてカナタが中に入り、不満げに口を尖らせた。
「すげぇ普通じゃん。もっと宇宙人っぽいものはないのかよ!」




