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第41話「ドローンの飽和」

【作中時間】2026年6月21日 16:00 - 17:00(台湾標準時 / UTC+8)

※日本標準時(JST / UTC+9):6月21日 17:00 - 18:00

※米国東部夏時間(EDT / UTC-4):6月21日 04:00 - 05:00

16:05 中国・北京/中南海 中央軍事委員会 地下統合作戦指揮所

台湾標準時、午後4時5分。

開戦からちょうど40時間が経過した。北京の地下バンカーは、全人類の運命を左右する「最悪の決断」の瀬戸際で、極限の緊張状態に置かれていた。

「……江西省の第62基地、戦術核弾頭の装填メイティング完了。目標データ入力済み。総書記からの最終発射承認(PALコード入力)を待機中です」

統合参謀総長が、震える声で報告した。

最高指導者(総書記)の手元には、核の引き金となる赤いスイッチを備えた特殊なコンソールが引き出されている。台湾と沖縄の上空で低出力核(EMP)を起爆させ、日米台の抗戦の意志を完全に焼き切る。独裁者の指が、その恐るべきボタンに触れようとした、まさにその時であった。

「お待ちください!!」

軍事情報局(MID)のトップが、血相を変えて円卓に駆け込んできた。

「アメリカ戦略軍(STRATCOM)が、完全に『実戦態勢』に移行しました! 米本土の複数の空軍基地から、核兵器を搭載したB-52およびB-2戦略爆撃機の編隊が一斉にスクランブル(緊急発進)! さらに……」

情報局員は、息を呑み、絶望的な事実を口にした。

「フィリピン海および西太平洋の海中深くで沈黙を保っていた、アメリカ海軍のオハイオ級原子力潜水艦(SSBN)複数隻が、通信ブイを浮上させました。……彼らはミサイル発射管チューブのハッチを開放し、我が国の北京、上海、広州に対する『トライデントII(潜水艦発射弾道ミサイル)』の報復発射シーケンスを起動しています! アメリカは、完全に我が方の核準備を察知し、核のボタンに指をかけました!!」

バンカー内に、凍りつくような沈黙が落ちた。

「相互確証破壊(MAD)」。冷戦時代から続く、核抑止の絶対原則。

中国が核を撃てば、数十分後には中国の主要都市もまたアメリカの核によって完全に消滅する。アメリカは、台湾と日本のために「自らの国が消滅するリスク」を取らないだろうという中南海の計算(希望的観測)は、ホワイトハウスの強烈な『覚悟』によって完全に打ち砕かれたのだ。

「……総書記! これ以上のエスカレーションは、我が国の、いや中華民族の完全な滅亡を意味します! 直ちに発射シーケンスの停止を!」

政治局員たちが、口々に悲鳴を上げた。

総書記は、空中で停止した自らの指を見つめ、ギリッと歯を鳴らした。

ここで核を撃てば、自分が支配すべき「国」そのものが灰になる。独裁者にとって、自らの命と権力の座が消滅することほど無意味なことはない。アメリカの拡大抑止(核の傘)は、ハッタリではなく、完全に機能していた。

「……発射シーケンスを、一時停止ホールドせよ。弾頭はいつでも撃てる状態を維持し、待機」

総書記が忌々しげに手を下ろした瞬間、バンカー内の全員が、寿命が数十年縮んだかのような深いため息を漏らした。

破滅のパンドラの箱は、間一髪のところで閉じられた。

しかし、それは「核による一撃必殺」という選択肢が封じられたことを意味する。中国軍は再び、血と泥にまみれた台湾市街地での「果てしない消耗戦」へと、強制的に引き戻されたのである。

16:20 台湾・台北市/大安ダーアン区 地下駐車場(無人機改造拠点)

核の脅威が上空を通り過ぎたことなど知る由もない台北の市民たちは、今この瞬間も、自分たちの街を守るために死に物狂いの抗戦を続けていた。

台北市内の広大な地下駐車場。

平時であれば高級車がズラリと並ぶそのコンクリートの空間は、今や数千人の若者たちと、異常な熱気を帯びた「巨大な地下工場」へと変貌していた。

「……ハンダ付け急げ! 基盤のショートに気をつけろ!」

「モーターの出力テスト完了! 次の機体を持ってこい!」

彼らは軍人ではない。台北市内の大学に通う理系の学生たちや、ドローンレースの愛好家、IT企業のエンジニアといった「一般市民(民間人)」であった。

長机の上には、民生用(市販)のDJI製ドローンや、FPV(一人称視点)のレーシングドローンが、文字通り山の様に積み上げられている。彼らは、3Dプリンターで射出成形したプラスチック製の「投下アタッチメント」をドローンの腹にテープで巻きつけ、そこに台湾軍から提供された手榴弾や、60ミリ迫撃砲弾を次々と固定していた。

数万円で買えるおもちゃのドローンを、一撃必殺の「空飛ぶ爆弾カミカゼ」へと改造する。台湾政府が平時から進めていた「ドローン国家チーム」構想と、市民の自発的な抵抗意志ブラックベア・アカデミーが、極限の戦場で完全に融合した姿であった。

「……総統府からの命令だ。目標は、台北港、および松山空港の『敵の補給拠点』。敵は弾薬と燃料の不足で足が止まっている。この隙に、奴らの物資の集積所を完全に燃やし尽くすんだ!」

台湾軍の通信将校が、地下の巨大モニターに作戦目標ターゲットの座標を映し出した。

「しかし、敵は強力な電波妨害ジャミングを展開しています! GPSは使えません!」

学生の一人が叫ぶ。

「GPSなどいらん! 光学センサー(カメラ)による地形照合と、最後はオペレーターの目視マニュアルで突っ込め!」

まとめ役のエンジニア(平時は半導体メーカーの設計者)が、ゴーグルを額に押し上げて答えた。

「連中のジャミング機材も、電源バッテリーには限りがある。我々のドローンの『数』で、電波の壁を物理的に飽和・突破するんだ! 使える機体は全部飛ばせ!!」

ブゥゥゥゥゥゥゥゥン……!!

地下駐車場の換気口や、地下鉄の入り口から、何百、何千という数の小型ドローンが、怒り狂う殺人蜂の群れ(スウォーム)のように、一斉に台北の空へと舞い上がっていった。

高価なミサイルが尽きた台湾が放つ、最も安価で、最も凶悪な非対称兵器アシンメトリック・ウェポンの飽和攻撃が始まった。

16:40 台湾・新北市/台北港(中国軍 兵站拠点)

台北港のコンテナターミナル。

中国軍の兵站部隊は、日米の潜水艦による補給船団の壊滅(第39話)に絶望しながらも、すでに陸揚げされていたわずかな弾薬と燃料を、なんとか最前線の戦車部隊へ届けようと、必死の仕分け作業を行っていた。

「……急げ! トラックのガソリンが足りないなら、その辺の民間車からホースで抜け! なんとしてでも前線へ弾を運ぶんだ!」

兵站将校が、怒鳴り声を上げながら兵士たちを急き立てる。

その時、港の上空から、遠雷のような、あるいは無数の虫の羽音のような、異様な高周波ノイズが響いてきた。

「なんだ、あの音は……?」

将校が空を見上げると、夕暮れに近づく鉛色の空の彼方から、無数の「黒い点」が、まるで巨大なイナゴの大群のようにこちらへ向かって押し寄せてくるのが見えた。

「敵の無人機ドローンの群れだ!! 防空戦闘!!」

港に配備されていた中国軍の自走対空機関砲(PGZ-09)や、電子戦車両ジャマーが、一斉にシステムを起動した。

強力な電磁波が照射され、先頭を飛んでいた数十機のドローンがコントロールを失い、ポロポロと墜落していく。さらに35ミリ対空機関砲の弾幕が、空中に見えない壁を作り上げた。

しかし、台湾軍(市民たち)の放ったドローンの数は、中国軍の迎撃能力の限界キャパシティを遥かに超えていた。

「ダメです! 処理しきれません! 数が多すぎます!!」

レーダー手が絶叫する。

1台の対空車両が同時に処理できる目標は限られている。数機を撃ち落としている間に、数百機のドローンが防空網の隙間をすり抜け、港湾施設の上空へと到達した。

彼らは上空から狙いを定めると、文字通り「急降下爆撃」の要領で、中国軍の弾薬コンテナや、燃料が詰まったタンクローリーへ向けて、マニュアル操作で次々と突っ込んでいった。

ズガァァァァァァァンッ!!

ドカァァァァン!!

一機が搭載している爆薬は、わずか手榴弾1個分、あるいは迫撃砲弾1発分に過ぎない。しかし、それが「何百発」も連続して燃料タンクや弾薬庫の急所に正確に直撃すれば、被害は甚大なものとなる。

「ひぃぃっ! 弾薬コンテナが誘爆するぞ! 逃げろ!!」

港湾で作業をしていた中国兵たちが、頭上から際限なく降ってくる「死の羽音」にパニックを起こし、蜘蛛の子を散らすように逃げ惑う。

ドローンの中には、爆薬を積んでいない「偵察用」の機体も混ざっていた。彼らは上空から中国軍の対空車両の正確な位置を特定し、後続の自爆ドローンへ目標データを中継リレーしていく。

対空機関砲を撃ちまくっていたPGZ-09のレーダーアンテナに、3機のFPVドローンが同時に激突し、爆発。中国軍の防空の目が、完全に潰された。

「……終わりだ。我々の補給線は、完全に焼き尽くされた」

兵站将校は、連鎖的な大爆発を起こし、天高く火柱を上げる台北港のターミナルを前に、へたり込んだ。

台北松山空港でも、全く同じ光景が繰り広げられていた。滑走路に強行着陸しようとしていた中国軍の輸送ヘリコプターのローターに、多数のドローンが自爆攻撃を仕掛け、次々と墜落炎上させていった。

数億円、数十億円のハイテク兵器が弾切れで沈黙する中、数万円の民生用ドローンの群れが、大国・中国の強大な陸軍の息の根を、物理的に完全に止めようとしていたのである。

16:55 日本・東京/防衛省 統合作戦司令部(JJOC)地下指揮所

日本標準時、午後5時55分。

市ヶ谷のJJOCのメインスクリーンには、米軍の偵察衛星が捉えた「台北港」および「松山空港」の巨大な熱源サーマル・ブルームが映し出されていた。

「……台湾軍のドローン・スウォーム(群衆)攻撃。目標の中国軍兵站拠点に壊滅的な打撃を与えた模様です。……敵の補給能力は、完全にゼロになりました」

情報幕僚の報告に、JJOCの指揮所内は静まり返っていた。

「見事だ」

統合作戦司令官(陸将)は、腕を組んだまま、低く唸った。

「ミサイルが尽きたなら、市民のオモチャで代用する。これこそが、国を挙げての『非対称戦ポルキュパイン・ドクトリン』の真骨頂だ。台湾の人々は、自らの街を燃やしてでも、自由を守るという意志を証明した」

統合幕僚長(海将)も、深く頷いた。

「近代戦において、高価な精密誘導兵器の撃ち合い(ハイエンド・ファイト)は、開戦から数日で必ず弾切れを起こす。我々日本も、アメリカも、そして中国も、その罠に完全にハマった。……しかし台湾は、その先にある『泥臭い消耗戦ローエンド・ファイト』の準備を、市民レベルで整えていたのだ」

数百万ドルのミサイルが飛び交う戦争から、数百ドルのドローンと手作りの火炎瓶が戦局を左右する戦争への、劇的なパラダイムシフト。

中国軍の機甲部隊は、台北の市街地に取り残され、弾も燃料もなく、ただドローンに上空から狩られるのを待つだけの「鉄の棺桶」と化した。

「……しかし司令官。戦局において中国軍を完全に抑え込んだとはいえ、この戦争がもたらした『副次的な破壊』は、すでに世界経済の許容範囲を完全に超えています」

J2(情報)幕僚が、別のモニターに表示されたデータを指差した。

そこに映し出されていたのは、軍事データではない。

東京証券取引所をはじめとする、世界の株式市場と、経済指標のグラフであった。

その赤い線は、まるで重力を失ったかのように、垂直に、底知れぬ深淵へ向かって真っ逆さまに暴落し続けていた。

「台湾のインフラが破壊され、電力網がダウンしたことにより、新竹シンジューなどにあるTSMC(台湾積体電路製造)の主要な半導体工場の操業が完全に停止しました。さらに、流れ弾や爆撃によって一部の工場施設に物理的な損傷が発生したとの未確認情報が、世界中の市場をパニックに陥れています」

司令官の顔が、さらに険しくなった。

「半導体が止まる。それは、世界の心臓が止まることと同義だ」

世界の最先端半導体の60%以上を生産する台湾。その工場群がストップすれば、アメリカのIT巨大企業ビッグ・テックから、日本の自動車産業、そして世界中のあらゆる電子機器のサプライチェーンが、一瞬にして完全に凍結する。

午後5時00分。

台湾標準時、午後4時00分。

開戦から40時間が経過。

軍事的な膠着状態の中で、台湾軍の決死のドローン飽和攻撃が、中国軍の物理的な進軍を完全に食い止めた。

しかし、兵器の撃ち合いが沈黙へと向かう一方で、今度は「世界経済の完全な心停止」という、見えない巨大な津波が、全人類の生活と社会を根底から破壊するために、その恐るべき姿を現し始めていたのである。

48時間のタイムリミットまで、残りあと8時間。

戦争は、銃を撃つ者たちだけの手を離れ、世界中のすべての人々を巻き込む「破滅の連鎖」へと突入していた。

この話はシミュレーション小説であり現実のいかなる国を中傷するものでは有りません。

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