第33話「空母キラーの飛翔」
【作中時間】2026年6月21日 08:00 - 09:00(台湾標準時 / UTC+8)
※日本標準時(JST / UTC+9):6月21日 09:00 - 10:00
08:05 中国・福建省/人民解放軍 東部戦区 ロケット軍基地
日本標準時、午前9時5分。
台湾海峡を挟んだ対岸、中国・福建省の山間部に偽装網を張って展開していた人民解放軍ロケット軍の第61基地。ここでは、台湾および沖縄へ向けて短距離弾道ミサイル(DF-16)を発射するための再装填作業が、息を殺すようにして行われていた。
「……急げ! 次の波を沖縄へ叩き込むのだ!」
指揮官が怒鳴り声を上げたその時、空気を引き裂くような甲高いジェットエンジン音が、山々の稜線を這うようにして急接近してきた。
「敵の巡航ミサイル! 超低空から来ます!!」
レーダー手の絶叫とほぼ同時だった。
ズガァァァァァァァァンッ!!
数十分前に日本のイージス艦と地対艦ミサイル連隊から放たれた戦後日本初の「反撃の刃」――トマホーク巡航ミサイルと、12式地対艦誘導弾(能力向上型)の第一波が、ついに中国大陸の喉元へとその牙を突き立てたのだ。
自衛隊の放ったミサイルは、米軍の偵察衛星が弾き出した目標データ(ターゲティング)に寸分の狂いもなく誘導され、ロケット軍の弾薬庫と、ミサイルを垂直に立てていた巨大な移動式発射台(TEL)のど真ん中に直撃した。
装填されていたDF-16の固体燃料と高性能炸薬が凄まじい大爆発(誘爆)を引き起こし、福建省の山が一つ、丸ごと吹き飛ぶほどの火柱が上がった。
同じ頃、浙江省の沿岸レーダーサイトや、空軍の爆撃機(H-6K)が駐機していた航空基地にも、日本からの精密打撃が次々と降り注いでいた。滑走路は砕け散り、掩体壕がひしゃげ、数多くの中国軍兵士が、かつて自分たちが台湾の無防備な市民に対して行ってきたのと同じ「空からの無慈悲な死」によって焼き尽くされた。
「……日本のミサイルだ。日本の自衛隊が、我が国の本土を爆撃したぞ……!」
生き残った中国兵たちは、燃え盛る基地の残骸を前に、恐怖と、そしてそれ以上に激しい「屈辱」に顔を歪めた。
第二次世界大戦終結から80年以上、決して他国の領土を攻撃しないと憲法で縛られていたはずの島国が、アメリカの陰に隠れることをやめ、自らの意思と兵器で、大国・中国の「神聖なる領土」を直接血祭りに上げたのである。
この物理的、そして心理的な強烈なショックは、ただちに北京の最高指導部へと直結し、彼らの理性を完全に焼き切る起爆剤となった。
08:20 中国・北京/中南海 中央軍事委員会 地下統合作戦指揮所
「……福建省および浙江省の防空網が突破されました。ロケット軍の第61基地が壊滅、沿岸部のレーダーサイト6箇所が機能停止。……日本による、我が国本土への直接攻撃です」
北京の地下バンカーは、水を打ったような、いや、液体窒素をぶち撒けたかのような冷たく危険な沈黙に支配されていた。
円卓の将軍たちの顔は、屈辱と激しい怒りによって赤黒く染まり、拳を震わせている。
「小日本め……! アメリカの威を借りて、我が国の領土を汚したな!」
東部戦区司令官が、ホログラム・テーブルを叩き割らんばかりの勢いで咆哮した。
「絶対に許さん。あの生意気な島国を、直ちに核の火の海に沈めてやる!」
しかし、円卓の中央に座る最高指導者(総書記)は、怒りで我を忘れる将軍たちを冷酷な一瞥で制し、極めて冷静な、それゆえに恐ろしい声で口を開いた。
「東京への報復は後だ。日本の反撃は確かに痛手だが、戦局の『重心』を揺るがすものではない。……それよりも、我々が今最も恐れなければならないのは、日本の反撃によって我が国の防空網(A2/AD)に『穴』が開いたことだ」
総書記は、マップ上のフィリピン海を指差した。
そこには、補給と再装填を終え、再び台湾へ向けて進撃を開始しようとしている、アメリカ海軍の第7艦隊・第5空母打撃群(原子力空母ジョージ・ワシントン)の巨大なシンボルが点滅していた。
「日本のミサイルは、米空母が安全に我が国を空爆するための『露払い』だ。沿岸の対空レーダーと地対艦ミサイルが潰された今、米空母が台湾のすぐ裏手まで接近し、無尽蔵の航空支援を再開すれば、台北で市街戦を行っている我が軍の機甲部隊は、空からの絨毯爆撃で一掃されるぞ」
総書記の冷酷な計算は、戦場の本質を正確に突いていた。
日本への報復(都市爆撃)は感情を満たすだけで、アメリカの軍事力を止めることはできない。太平洋におけるアメリカの覇権の象徴であり、軍事力の最大の要である「原子力空母」――これそのものを物理的に海の底へ沈めない限り、中国の勝利は絶対に確定しないのだ。
「……統合参謀総長」
総書記は、悪魔的な光を瞳に宿して命じた。
「内陸部に温存していた、戦略ロケット軍の『殺手鐧(暗殺者のメイス)』を使用する。……目標は、フィリピン海を航行中の米海軍原子力空母。DF-21D(対艦弾道ミサイル)による、飽和攻撃を実行せよ」
「はっ!」
参謀総長が、青ざめながらも力強く敬礼した。
空母を沈める。
それは、数千人のアメリカ兵を一瞬で殺戮することを意味する。第二次世界大戦以降、いかなる国家も成し得なかった(あるいは恐れてやらなかった)「米空母の撃沈」という、アメリカの逆鱗を根底から触れるタブーに、中国はついに手をかけたのである。
08:35 中国・江西省(内陸部)/人民解放軍 ロケット軍 第62基地周辺
台湾海峡から数百キロ内陸に入った、中国・江西省の深い森に覆われた山岳地帯。
日本のトマホークやアメリカの巡航ミサイルの射程外となるこの安全な内陸の奥底で、巨大な全長10メートルを超える多輪駆動の大型特殊車両(TEL)が十数台、唸りを上げて山道を進んでいた。
車体の上に横たえられているのは、中国軍がアメリカの空母打撃群を太平洋から駆逐するために、数十年の歳月と莫大な予算を投じて開発してきた決戦兵器。
中距離対艦弾道ミサイル(ASBM)、「DF-21D(東風21丁)」。西側諸国からは恐怖を込めて『空母キラー』と呼ばれている悪魔の槍である。
「……北京の最高司令部より、実行命令を受信。目標データ、衛星データリンク経由でダウンロード完了。目標はフィリピン海上の米空母群!」
各TELの車内で、射撃管制官たちが素早くキーボードを叩き、宇宙空間に展開している中国の海洋監視衛星「遥感」や、超水平線(OTH)レーダーから送られてくる、移動する米空母の正確な未来位置をミサイルの頭脳に入力していく。
「ミサイル起立!」
油圧の作動音とともに、巨大なミサイルを収めたキャニスター(発射筒)が、木々の隙間から天を突くようにして垂直に立ち上がった。
DF-21Dの恐ろしさは、通常の弾道ミサイルのように固定目標(都市や基地)を狙うのではなく、海の上を時速50キロ以上で移動する「点(空母)」に向かって、大気圏外からマッハ10の速度で正確に誘導・落下してくる点にある。
弾頭に搭載された機動式再突入体(MaRV)と高性能レーダーが、落下しながら自律的に空母の姿を探し出し、迎撃ミサイルをかわすための不規則な回避機動を行いながら、空母の巨大な飛行甲板のド真ん中を貫くのだ。
「全システム、オールグリーン。発射準備よし」
基地司令のヘッドセットに、各車の準備完了報告が届く。
「……太平洋から、アメリカ帝国の覇権を叩き出せ」
司令は、発射ボタンの安全カバーを外した。
「全弾、発射!!」
ズドォォォォォォォォォォンッ!!!!!
江西省の深い森が、真昼の太陽のような強烈な閃光と、鼓膜を破る凄まじい轟音に包まれた。
十数発のDF-21Dが、固体ロケットブースターの圧倒的な推力によってキャニスターから飛び出し、巨大な白煙の柱を作りながら、成層圏、そしてはるか大気圏外の宇宙空間へ向けて、一斉に駆け上がっていった。
「空母キラー」が、ついにその重い鎖を解き放たれ、アメリカ海軍の心臓部へ向けて飛び立った瞬間であった。
08:50 フィリピン海/アメリカ海軍 第7艦隊 第5空母打撃群(CSG-5)
「……ヴァンパイアではない! 弾道軌道だ!!」
台湾の東方約500キロ、フィリピン海を北上中の米海軍原子力空母「ジョージ・ワシントン」の戦闘指揮所(CDC)に、戦術情報士官(TAO)の裂帛の絶叫が響き渡った。
「宇宙空間のDSP衛星(早期警戒衛星)が発射熱源を探知! 中国大陸内陸部より、多数の弾道ミサイルが発射されました! 飛翔経路を解析……目標は、我が打撃群です!」
CDC内の空気が、一瞬にして凍りついた。
空母打撃群司令官は、大型の戦術スクリーンに表示された、宇宙空間から弧を描いてこちらへ落下してくる十数個の「赤い弾道シンボル」を睨みつけた。
「ASBM(対艦弾道ミサイル)……ついに伝家の宝刀を抜いてきやがったか」
中国軍が開発したDF-21Dは、あくまで「理論上」の兵器であり、実際に動く空母に対して実戦で撃ち込まれたことはこれまで一度もなかった。しかし今、その机上のシミュレーションが、数千人の乗組員の命を奪う現実の脅威として、マッハ10の速度で宇宙から降ってきているのだ。
「全艦、防空戦闘(対弾道ミサイル迎撃)態勢! イージス艦部隊を空母の前面へ展開しろ!」
司令官が怒鳴る。
「高度と速度が上がりきる前に、大気圏外で叩き落とす! 護衛の巡洋艦および駆逐艦に対し、SM-3ブロックIIAの発射を許可する!」
空母を円形に護衛しているタイコンデロガ級巡洋艦「アンティータム」や、アーレイ・バーク級駆逐艦の強力なSPY-1レーダーが、宇宙空間を飛翔するミサイルの弾体を正確にロックオンしていく。
しかし、戦術情報士官が悲痛な顔で報告した。
「司令! 我々のアウトレンジでの防空網は、昨日のHGV(極超音速滑空体)迎撃、および中国軍の爆撃機からの巡航ミサイル迎撃で、すでに激しく消耗しています! VLS(垂直発射システム)に残されたSM-3の残弾が足りません! 全弾を完全に迎撃することは不可能です!」
「なんだと!?」
空母は、巨大な弾薬庫(VLS)を自らは持たない。空母の盾となるのは、周囲を固めるイージス艦のミサイルである。しかし、この二日間の激戦と、先ほどの補給のタイムラグが、アメリカ海軍最強の盾に「致命的な薄さ」を生じさせていたのだ。
「……司令官、日本の自衛隊から通信リンク(NIFC-CA)が入っています!」
通信士官が叫んだ。
「日本の海上自衛隊イージス護衛艦『まや』および『はぐろ』の2隻が、我が打撃群のデータリンク・ネットワークへ合流! 彼らのVLSには、昨日『融通』を受けたSM-3の残弾がフルに装填されています。……彼らが、我が軍の盾を補完してくれます!」
司令官は、スクリーンに現れた2隻の日本のイージス艦の青いシンボルを見た。
数時間前、日本の高市政権が「自国のミサイル備蓄を削ってでもアメリカを支援する」という血の滲むような決断(第22話)で送り出してきた、あの弾薬の融通である。自衛隊のイージス艦は、米空母を守るために、持てるすべての弾薬を抱えて、太平洋の防空陣形に飛び込んできたのだ。
「……ありがたい。日本のサムライたちに感謝する」
司令官は、力強く頷いた。
「日米のイージス・システムを完全同期させろ。一つの巨大な『防空の網』を形成し、中国の空母キラーを宇宙空間で粉砕する。……絶対に空母を抜かせるな!」
午前9時00分。
台湾標準時で午前8時00分。
中国内陸部から放たれたマッハ10の対艦弾道ミサイル(DF-21D)の群れが、宇宙空間の頂点を越え、目標である空母ジョージ・ワシントンへ向けて、死の急降下(再突入)を開始した。
太平洋の波の上では、アメリカ海軍のイージス艦と、日本の海上自衛隊のイージス艦が、肩を並べてVLSのハッチを開き、日米同盟の存亡を賭けた「人類史上最も過酷な弾道ミサイル迎撃戦闘」の引き金を、まさに引こうとしていたのである。
この話はシミュレーション小説であり現実のいかなる国を中傷するものでは有りません。




