第48話 巣の主
暗がりの奥。八つの赤い光が、ゆっくりと揺れた。
「……来るで」
マレオンが槍を構える。その声と同時に——影が、滑った。
速い。目で追えない。
「左!」フィデアが叫ぶ。矢が放たれる。——ギン。弾かれた。
「硬っ……!」
その瞬間、影が止まる。壁に、張り付いた。
ようやく輪郭が見えた。黒い体。長い脂。そして、鈍く光る外殻。
「……でかいな」
ムルスが一歩前に出る。人の胴ほどもある蜘蛛。だが、それ以上に異様なのは——
「……光ってる」アルヴァが言った。外殻が、灰色に鈍く輝いている。
「硬質化してる」
テルムが短く言う。「今は攻撃が通らない」
「ほな、解除待ちか」マレオンが歯を見せる。「それまで逃げ回るんもアリやな」
「いや——」テルムは首を振った。「来るぞ」
***
蜘蛛が、消えた。
「上や!」ムルスが叫ぶ。
次の瞬間。——ズン。鋼の糸が、地面に突き刺さる。石が砕ける。
「それかい!」マレオンが跳ぶ。
続けて、緑の蔦が走る。フィデアの足元へ。
「っ!」避けきれない。蔦が足に触れ棘が刺さる。
フィデアの膝が、一瞬だけ崩れた。
「フィー!」マレオンが声を上げる。
「……しびれる」「毒やな、それ」
マレオンが引き抜こうとする。だが——
「触るな!」テルムが止める。「無理に剥がすな、広がる」
フィデアは冷静に息を整えた。「……大丈夫、動ける」「軽い麻痺や。長くは続かん」
テルムは状況を整理する。(鋼、毒、粘着——三種、全部出た)
先ほど通路で確認した糸の色。灰色が鋼。緑が毒。そして——透明な糸が、横に走った。マレオンの腕に絡む。「うおっ!」引かれる。「粘着か!」ムルスが斧で叩き切る。「おおきに!」
使い分けている。状況に応じて、瞬時に。これは本能ではない。
「イグナス!」タキが短く呼ぶ。
「焼く!」
炎が走る。蜘蛛を包む。一瞬、動きが止まる。
その隙に、テルムが土で拘束する。
「今や!」マレオンが踏み込む。槍を突き出す。——ギン。弾かれる。
「まだ硬い!」
槍が、滑る。
刃が入らない。
ムルスが横から叩き込む。——ズン。今度は通った。外殻にひびが入る。その瞬間。光が、消えた。
「解除や!」マレオンが再度突く。——ズブ。今度は、刺さる。蜘蛛が悶える。フィデアの矢が、目を貫いた。アルヴァの炎が、包み込む。
「落ちた!」蜘蛛が、崩れた。
***
静寂。誰もが一瞬、息を止めた。
「……いけるやん」マレオンが笑う。
だが——テルムは動かなかった。(おかしい)
一体だけではない。気配が、消えていない。「……来るぞ」
その言葉と同時に。左右の壁。天井。床。同時に、光った。
「うわ、増えとる!」マレオンが叫ぶ。
同じ個体が、三、四、五——数えきれない。
「囲まれてる!」
フィデアが位置を取る。「タキ先生!」
タキは即座に判断した。「固まるな!分散して対処!」
エルが高く鳴いた。「数が増えすぎてます!」
イグナスが低く言う。「焼ききれん!」ムルスが笑った。「数なら任せろ!」
斧を振るい蜘蛛をなぎらって行く。
各所で戦闘が同時に開始された。
金属のぶつかる音が響き渡り、悲鳴、苦痛の音が混ざりあう。
***
「……おかしい」
戦場を無尽に駆けながら、テルムが呟く。
風を使い・土を使い・植物を使い、各パーティを支援し、状況は好転しているはずだった。
倒している。確実に仕留めている。だが——
一体、倒す。
その間に、二体増えている。
その時。一匹の蜘蛛が、糸を吐いた。天井へ。その糸が——繭のように、膨らんだ。
「……あれ」アルヴァが目を見開く。
一つの繭が、脈打つ。
次の瞬間。中から、新しい蜘蛛が這い出た。
「……生成してる」テルムの声が低くなる。「巣だ」
見渡すと、通路の奥まで繭が広がっていた。
(……この数はまずい)
(支えきれない)
マレオンが歯を食いしばる。「本体が別におるってことやな」
フィデアも頷く。「これ、ぜんぶ子どもやん」
タキが即座に声を上げた。「深追いするな!本体がいる!」
イグナスが炎を広げる。ムルスが前線を押し返す。「タキ、一旦、引くか!?」
***
その瞬間。空気が、変わった。全員が止まる。
——音が消える。
「……来たな」テルムが言った。
暗がりの奥。さっきまでとは違う“何か”がいる。重い。圧が違う。
そして——ゆっくりと、糸が垂れた。一本。音もなく。床に触れる。
上から、視線。見上げる。そこに——いた。
巨大な影。八本の長い足が壁と天井に張り付き、その中心に——人の上半身があった。
白く、人形のように整った顔。だが目は八つ。
赤く、非常に静かに、こちらを見下ろしていた。糸をまとった腕が、ゆっくりと広がる。
(……これまでの個体とは、別だ)
誰も、動けなかった。




