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十四回転生の疲弊系賢者、今度こそ終わりたい ~ポンコツ女神を猫にして輪廻を終わらせる~  作者: 在河琉盤
序章

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第5話 神界のざわつきと市場無双

神々の集まる場所には、川の流れる音がする。


祈りの場でも議論の場でもない。ただ神々が自然に集まる。


重要な話も、どうでもいい話も、等しく川の音に紛れていく。


神界は思いのほか静かだった。


最近までは。


「もう!エランどこにいったのよ」


エランの管理している星の神託は、本来ならエランが行う。


だが今は、その多くがリュンのもとへ回ってきている。


理由は一つ。


エランがいない。


「エランのことなら一番知っているでしょうって、横暴よ」


(その通りなんだけどさ……)


「妹いるんだから、ユランに回しなさいよ……」


「ユランは、残念だからダメだって、本当にあの姉妹は、ああ!」


神界と人間界では時間の流れが違う。


数日など誤差のようなものだ。


それでも——エランは、業務を放り出す神ではなかった。


「……また何かやらかしたのね」


小さく呟いた。


「読書仲間たちも、エランが何かすごいものを書き残していたって騒いでるし」


「転生システムの欠陥の研究もあいまって、ざわざわしているし」


「最近なんなのよもう」


「あの子、大丈夫かしら」


その時、リュンに声がかかる。


「はい、今行きますよ、まったく」


「早く帰ってきなさいよ……エラン」


その願いが届くことはない。


——なお、その頃。


***


市場は、馬車の中から見た景色よりずっと賑やかだった。


エルの耳が一気にあちこちへ動く。


尻尾まで忙しそうだ。


路地に入った瞬間から音が変わる。


売り子の声、鉄を叩く音、煮えている何かの匂い。


いろんなものが、いっぺんに押し寄せてくる。


「あれはなんですか」


「干した果物だ」


「あの匂いは」


「香辛料の店が近い」


「すごい人ですね」


「市の日だからな」


少し間を置いて、また。


「テルムくん」


「なんだ」


「テルムくん」


「うるさい」


エルが一瞬しゅんとして耳を伏せた。


でもすぐに尻尾がぴんと立って、次の屋台に耳を向ける。


テルムは先を歩きながら、小さく息をつく。


黙れ、とまでは言っていない。自分でも気づかずにそのくらいの加減をしている。


少し歩くと、目的の屋台を見つけた。


インクに混ぜる植物、調合用の液体を一瓶。


(あとは地竜の魔石が揃えば——)


棚を確認しながら手に取っていく。


「必要なものって少ないんですね」


「ああ、意外とな。組み合わせで何とかなることが多い」


「へぇ、すごいですね」


「絶対わかってないだろ」


(その組み合わせが膨大なんだがな——)


と、考えを巡らせていると、市場の奥から声が飛んだ。


「どろぼうよー!」


甲高い女の声。


テルムがぴくっと反応する。


(本当にエルの予想が当たるのか……面倒だな)


石畳を叩く足音が聞こえた。こちらへ向かってくる。


「テルムくん、これは……」


エルがきらりと目を輝かせた。興奮で体が少し前傾みになっている。


——これは。もしやこれは。お約束というやつでは。


「こっちに来ますよ」


「ねぇ、テルムくん」


「うるさい」


テルムは構わず、棚を物色する。


「うわ」「じゃまだ、どけ」「いてー」「まてー」


周りがだんだん騒がしくなってくる。


「もうすぐですよ」


「出番ですよ」


「黙れ」


エルの耳が細かく動く。


尾がリズムを刻む。


(絶対、楽しんでいる)


男が駆けてくる。


大柄で、荒い息をしている。


人の波をかき分けて、まっすぐにこっちへ。


エルは期待を胸にテルムを見る。


——さあ、テルムくんやっておしまい!


しかし、テルムは我関せずと棚を見たままだった。


(あれ?)


男がテルムの脇を駆け抜ける。


途端。


両足が、ぴんと止まった。


上半身だけが、勢いのまま前へ飛び出して、


両手が、万歳の形で宙に浮き、


顔面から、石畳に激しく着地した。


周囲が一瞬、静止した。それからすぐに数人が駆け寄り男を取り押さえにかかる。


「こら、大人しくしろ」


「逃げんなよ」


腕を掴んで立たせようとするも、男の足がもつれる。


「ちゃんと立て」


「あ?」


誰かが男の足元をのぞき込んだ。


「……なんだこれ」


両足に蔦が巻きついている。


——さっきまで、そんなものはなかったはずだ。


「どこから来たんだこんなもの」


首をかしげる声。誰も答えを持っていない。


テルムは隣の店に進んでいた。


瓶を手に取り、底の刻印を確認している。


エルがテルムを見た。


「……テルムくん、今なにかしましたよね」


「さあ」


「気配が全然しなかったんですけど」


「そうか」


「どこから発動したんですか」


「さあ」


「伊達に長く生きてないってことですよね」


「……まあ、そういうことだ」


商品を確認するテルムの横で、エルは男の方を見ていた。


心底納得していない顔で。


***


人の波が薄くなった通りを、二人で歩く。


石畳の影が長くなっている。


「さっきどこから発動したんですか」


「しつこい」


「市場に入ったときですか」


「うるさい」


「もっと前ですか。もしかして屋敷を出るときには——」


「帰るぞ」


テルムが少し先を歩く。エルがついてくる。石畳の音だけが続く。


少し間があって、エルが言った。


「テルムくん、楽しんでますよね」


「……そんなことはない」


また間があった。


風が通った。夕方の風だ。昼よりも少し、湿り気がある。


「……まあ」


テルムが前を向いたまま、ほとんど独り言のように言った。


「今世は少しくらいは、ゆっくりやれそうだな」


——十五回目の転生で、初めて、神託の重圧がない夕暮れだった。


エルが何か言いかけた。


「うるさい」


先に言われて、エルは口を閉じた。


でも、尻尾が少し揺れた。


テルムは気づいていないふりをして、歩き続けた。


夕方の風が、二人の横を抜けていった。


——ヴェレント領の、静かな夕暮れだった。


【序章 完】

ここまで読んでいただきありがとうございます。

明日の朝も更新予定ですので、よろしければブックマークしていただけると嬉しいです。

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