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十四回も転生させられた賢者、もう限界なのでポンコツ女神を猫にして輪廻を終わらせる  作者: 在河りゅう
第二章

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第42話 あなたは見なかった

「わたしはもう限界です」


 エルは机の上でぐったりしていた。


「こんなに長い時間、この姿でいたことはありません」とこぼしながら、前足を投げ出し、力なく机に沈み込む。


「禁断症状が出始めています」


 尾がぴくぴくと落ち着きなく動く。


「わたしに……――わたしに、ラノベをください」


 静かな屋敷に、誰もいない。


 テルムは夕方から泊まり込みで調査に出ている。


 ――本来なら、この屋敷には誰もいないはずだった。


 今はアルヴァと一緒に留守番中だ。


 アルヴァがヴェレントの屋敷に居候するようになってから、昼も夜も、ほとんどの時間を一緒に過ごしていた。


「気が抜けません……」


 ずっと猫のままでも問題はない。息抜きに人型になって本を漁る、それが今まで通りのやり方だった。


 だが――


「エル―、こっちおいでー」


 客間の方からアルヴァの声が聞こえた。


(アルヴァさんは、大の猫好きなんですよね……)


 尾が垂れ、いそいそと客間に向かう。


 ドアの隙間から客間に入り込むと、エルを見つけたアルヴァの顔が明るくなる。


(この顔を見ると、蔑ろにもできないですよ)


 アルヴァの膝の上で丸まり、背中を撫でられる。


「今日は一緒に寝ようね」


 抱きかかえられる。


 逃げられない。


(なんとかしなければ……)


 エルは深く息を吐いた。


 ***


 翌日の昼過ぎ


「今日は実家に帰って、家の記録を調べてくるね」


 明日には戻るから、と、アルヴァは出て行った。


 ドアの前で尾を振り見送る。


 ゆっくりとドアが閉まる。


 足音が遠のき、やがて聞こえなくなる。


「……自由です」


 エルはゆっくり立ち上がり、テルムの部屋に向かった。


「この日を逃してなるものか」


 猫の姿がゆらりと揺れる。


 次の瞬間。


 そこには一人の少女が立っていた。


「最近読めていない分——」


 エランは本を一冊手に取る。


「夜更かしして読んでやります!」


 椅子に腰を下ろし、本を開いた瞬間、エランの目が一気に輝いた。


 ページをめくる音だけが部屋に響き、一冊、また一冊と読み進めるうちに、机の周りはいつの間にか本の山になっていた。


「……もう一冊だけ」


 その言葉の三十分後。


 エランは本に埋もれて眠っていた。


 ***


「ただいま」


 早朝。


 アルヴァは両腕に大量の歴史書を抱え、ヴェレントの屋敷に戻ってきた。


(祖先の記録に気になる記述があった……)


 足早に廊下を進み、テルムの部屋の前で足を止める。


(いつもなら、もう起きてるはずだけど……)


 耳を澄ますと、中から小さな寝息が聞こえた。


「……?」アルヴァは首を傾げる。テルムだろうか。


 でも——


(可愛い寝息だな)


 少し笑いそうになった。


 そっと扉を開けた。


 中を覗く。


 その瞬間、アルヴァの思考は停止した。


 本の山の、その真ん中に、見覚えのない少女が無防備に眠っていた。長い髪の小柄な体が本に埋もれ、すやすやと寝息を立てている。


(え? ……え? え!?)


 誰!?


 思わず後ずさった、その瞬間。ガタッと椅子にぶつかり、部屋に短い音が響いた。


 少女がぴくりと反応した。


 心臓の音が響く。


 少し待ったが、少女の手の位置が変わっただけだった。


(起きなかった……)


 アルヴァは小さく息を吐き、胸をなでおろす――


 瞬間、少女の目が開いた。


 がさっ、と本が崩れる。


 少女が勢いよく起き上がる。


 二人の目が合った。


 空気が張り詰め、時間が止まったように感じた。


 しばらく、そのまま見つめ合う。


 誰も動かない。


 沈黙が、数秒続いた。


(あの髪の色、もしかして)


「……エル?」


 アルヴァは恐る恐る口を開く。


「……」


 少女が口を開いたが、言葉にならなかった。


 少女の瞳が、猫のように細くなった。


 そして言った。


「あなたは見なかった」


「え?」


「今のは夢」


「夢?」


 少女は真顔で頷いた。


「そう、夢です」


 ***


「……なんだ、この状況は」


 テルムは玄関で立ち止まった。


 図書館から帰ってきたばかりだ。


 だが、目の前の光景は理解できない。


 部屋の中央。


 エランとアルヴァが正座して向かい合っていた。


 妙に静かだ。


「あなたは見なかった」


 エランが言う。


「え?」


 アルヴァが言う。


「今のは夢」


「夢?」


「そう、夢です」


 行き場のない会話が続いている。


 テルムはしばらく見ていた。


 そして言った。


「……なにしてる」


 二人が同時にこちらを見る。


 エランが答えた。


「夢を見せていました」


「なぜ?」


「バレたからです」


「あー……」


 テルムは理解した。


 雑に説明する。


「これ、エル」


 アルヴァが瞬く。


「人化できるんだ」


 アルヴァはエランを見る。


 エランは正座したまま小さくなっている。


 テルムは続ける。


「本当の名前はエラン、女神から授かった神獣だ」


 指をさす。


「女神と名前が一緒だから、猫のときはエルって呼んでる」


 一瞬。


 エランの目が輝いた。


「あ!」


 元気よく立ち上がる。


「それでいいのか!」


 そして胸を張る。


「そうです!」


 指を立てる。


「わたしはエランです!」


 勢いよく言う。


「女神と名前が一緒のエランです!」


 テルムは頷いた。


 アルヴァは静かに頷いた。


 ***


 その夜。


 会議は再開された。


 エランは完全に本性を出していた。


 帽子。


 パイプ。


 ホムズンスタイル。


 壁に貼った紙の前に立ち、図を書き続けている。


 ペンが走り、壁には『アウレン・クラディス』『イフリート』『賢人会』を結ぶ三角形と、矢印や丸、『ご先祖様』『契約』『対立』のメモが次々に書き足されていく。


 タンッと短い音を立てて、真ん中に『アルヴァ』と書き込んだ。


 エランは腕を組む。


「ふむ」


 今度は『イフリート』『突然変異魔物(植物・鉱物)』『バトル』と書く。


 魔物のほうには『テルムくんそっくりな魔術』と書き足す。


 うんうん頷く。


「なるほど」


「おい、それはどうでもいいだろ!」


「いえ、大事な情報です。これはフラグですから」


「そっくりだったの?」「アウレンの日誌を見る限りは……似てる」


 ペンを走らせるたび、余白はみるみる埋まっていく。


 アルヴァはその様子を見ていた。


 そして小さく言った。


「……なんかすごいね」


 テルムは本をめくりながら答える。


「これが本性だ」


 アルヴァは少し考え、頷く。


「……猫のときの方が静かだった」


 ぽつりと、アルヴァは呟いた。


 その瞬間。


 エランが振り返る。


「ほら、そこ!」


 ビシッとパイプを突き出す。


「事件解決に無駄話は不要ですよ!」


 ペンが再び走る。


 壁の図はどんどん増えていく。


 会議は夜中まで続いた。

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