第24話
翌日――
ヴァルモン伯爵は、予定になかった王宮からの呼び出し状を前に静かに眉を寄せていた。
差出人は、第三王子ヘンリク直属執務室。
嫌な予感しかしない。
「……参るしかあるまいな。」
伯爵は正装に着替え、王宮へ向かった。
案内されたのは、王族専用の小会議室。
扉が開くと、そこにはすでにヘンリク王子が座っていた。
さらに――
財務局副長官、内務局書記官、貴族院書記。
なぜか、各部署の実務責任者が揃っている。
伯爵の背中に冷たい汗が流れた。
「来ていただいて助かる、伯爵。」
ヘンリク王子は軽い口調で言った。
「少し、手続きを前倒ししたくてね。」
「手続き……でございますか。」
「シシィ嬢との婚約に関するものだ。」
あまりにも直球だった。
ヘンリクは書類を一枚、机の上に滑らせる。
「王家後援による共同事業指定」
伯爵の目が止まる。
それは、ヴァルモン伯爵領が長年申請していた河川改修・農地拡張事業の特別承認書だった。
「本来なら来年審議だが、私の推薦枠を使えば今期通せる。」
財務局副長官が小さく頷いた。
「第三王子殿下の優先権限により、予算調整は可能です。」
伯爵はゆっくり息を吸った。
「……条件、でございますな。」
ヘンリク王子は椅子に深く座り直し笑った。
「条件というほどのものじゃない。正式な婚約打診が王宮から届く。伯爵家として、速やかに受諾してもらう。ただそれだけだ。」
圧は明確だった。
ヘンリク王子は続ける。
「もちろん、これは飴だ。必要なら、鞭も用意できる。」
内務局書記官が静かに別の書類を差し出した。
それは、貴族家監査予定一覧。
ヴァルモン伯爵家の名前が、次期監査候補欄に入っている。
「王族警護対象の家系は、安全管理監査の優先順位が上がる。」
ヘンリクは肩をすくめた。
「私が関わる以上、形式上どうしてもね。」
つまり――
婚約者になるなら監査は軽くなる。
そうでなければ、徹底的に調べられる。
完全な王族のやり方だった。
数秒後、伯爵は静かに口を開いた。
「殿下。」
「何だ。」
「一つだけ、確認を。」
ヘンリク王子は頷く。
「娘を政治の駒としてではなく、本当に望んでおられるのですか。」
ヘンリク王子は迷いなく答えた。
「当然だ。」
その声には、先ほどまでの計算めいた軽さがなかった。
「だからこそ、これだけ手を回している。誰にも横取りさせないために。」
伯爵は数秒黙り、やがて小さく笑った。
「……なるほど。娘が選ばれる理由が少し分かりました。」
「そうか。」
伯爵はゆっくり頷いた。
「ヴァルモン家は、王宮からの正式打診を喜んでお受けいたします。」
その瞬間、同席していた官僚たちが一斉に書類処理を開始した。
まるで、最初から決まっていたかのように。
会議室を出る直前、ヘンリクが伯爵にだけ聞こえる声で言った。
「私は使える特権は全部使う主義だ。」
わずかに笑う。
「だが、シシィに関しては――特権がなくても、絶対に手放さない。」
伯爵は小さく息を吐き、苦笑した。
「……殿下。どうか、娘を泣かせないでください。」
ヘンリク王子は一瞬だけ考え
「それは保証できないな。泣かせることもある。だが、泣かせた分以上に笑わせる。そこは約束しよう。」
その頃、まだ何も知らないシシィの元には、
今日は濃いピンク色の薔薇が届けられていた。
花言葉は「愛の誓い」




