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天使の推しは悪役令嬢  作者: Nica Ido
20/31

20話

ピッコマノベルズ大賞 第1シーズンに応募したのは、ここまででした。


でも、この続きも書いていたんです……


誰の目にも触れられていないのは胸が痛むので、続きも投稿します!

 ロザリアは政略結婚の際に、『ムーラン王国が帝国に支払う税』を半分にするという条約の変更に成功したものの、その負担は決して軽くはなかった。


 隣国との国境では、些細なことでも戦が起きてしまいそうなムードが漂っており、防衛費がかさんでいる。実際に戦になれば帝国軍が加勢してくれる条件だが、費用はムーラン王国持ちだ。


 ムーラン王国は宝石の産出国として有名だが、年々宝石の原石が取れなくなってきていた。最大の稼ぎ品目である宝飾関係での利益や、原石の輸出も少なくなっているところに、帝国の税が加算され、国民への負担が大きくなっていった。


 そこでロザリアは、ムーラン王国の商品を帝国で販売するため、代理人を立てて輸入商社を立ち上げた。そして『輸入品専用ショップ』を何店舗も営み、貴族たちに勧めては買わせ、ムーラン王国へ利益を還元していた。


「会社の設立資金は、ジェリーをうまくごまかして、私の結納金で何とかしたのよ」


 ロザリアはウィンクした。


 ただ、ここ数年はショップの売り上げも落ちていた。原因として考えられるのは、ムーラン王国が税金を上げたため、センスのあるデザイナーが国外へ逃げてしまったからだとロザリアは分析していた。


 腕利きの職人が製作していて、品物自体は素晴らしいのに、デザインが古いと購買意欲をそそるまでには至らない。


「だから、苦し紛れだけれど、この髪飾りを真似して作れば、売れるんじゃないかと思ったのよ。このデザインならそんなに宝石を付けなくても豪華だわ」


「……そういうことだったのですね。ロザリア様には敬服いたしました」


 ニナはしばらくじっと考えていた。そして自分のメイドを呼び入れる許可をロザリアより得て、アリスを呼んだ。


 アリスはトランクを持って入ってきた。


「失礼いたします、皇太子妃殿下。ニナ様、こちらにセットしてよろしいでしょうか?」


 アリスはテラスにもう一つ、ミニテーブルを用意して、その上でトランクを開けた。


 そのトランクはアクセサリーボックスになっていて、ニナが今日身に付けている髪飾りの他にもネックレスなどが数種類入っていた。


「私は本日、偶然にもロザリア様にプレゼントするつもりでこのアクセサリーを持ってまいりました。理由は、『皇太子妃殿下』に身に付けていただければ社交界でも噂になり、このアクセサリーを求める声が多くなると思ったからです。そうすれば帝国でも売れるだろうと考えました」


 このアクセサリーはニナがデザインして、シャルロットの店舗で販売されている商品だと説明した。しかし、シャルロットはブラン王国以外には出店していない。


(評判が良ければ、シャルロット様に帝都へ店舗を構えることを勧めようと思っていたけれど……)


 ニナもロザリアを利用して、『奉仕のための資金』を帝国でも作り出そうと計画していた。


 ロザリアは喜んでトランクを受け取り、ニナへ尋ねた。


「では、このデザインの模倣品を作ってもいいのね?」


「残念ながら私はライセンス契約をしておりますので、模倣品は許可できないのです……もしも模放品が製作可能だったとしても、これが飽きられたら次の売れそうなデザインをまたお探しになられるのですか?」


 ロザリアは「それもそうね……」と言って、扇をあおいだ。


「ロザリア様、私の提案を少し聞いていただいてもよろしいですか?」


 提案という言葉に希望の光を見たロザリアは、身を乗り出して話を聞いた。


 ニナの提案はロザリアにとって利益しかなかった。


 まずは、この髪飾りを作っている商社と業務提携を結び、ブラン王国から仕入れて帝国で独占販売する。そして、今後も売れそうなデザインは業務委託契約し、ムーラン王国で製造、輸出して各ショップに納品する。ムーラン王国の職人にも仕事が与えられるし、一石二鳥というおいしい話だ。


 ロザリアは少しキョロキョロしながら紙とペンを探した。


「ちょっと待ってちょうだい、あなたが仰ったことをメモするから……」


 すかさずアリスがメモ用紙とペンを差し出すと、ロザリアは笑顔で受け取り、すぐさま書き始める。ロザリアの本気が垣間見えた。


「ロザリア様、ムーラン王国は今後宝石が枯渇してしまう前に、新たな収入源を考える必要もあるのではないでしょうか? 例えば、採掘場を観光に役立てたり、手先が器用な国民が多いのであれば、革細工職人や剣の彫刻師への転職を促したり……素人の思いつきですが、国政が『舵を切る』可能性も考えてよいかと思うのです」


 ロザリアは感心した。そして自分が目先のことしか考えていなかったことに気付いた。


「本当にその通りだわ。今は私が帝国に内緒で支援をおこなっているけれど、それも限界がある……時間がかかっても国をあげて取り組めば、国民の収入を増やせるわね」


 一生懸命に話を聞くロザリアを見て、彼女を少し侮っていたことをニナは反省した。こんなにもムーラン王国のことを考えて行動していたなんて、思っていなかった。頻繁にお茶会を開くのも、ただの暇つぶしではなく、情報収集のためだったのだろう。


 そして、そんなロザリアの熱意を伝え、信用してもらわなければ、シャルロットも首を縦に振らないだろう。損得だけの話なら彼女は動かないはずだとニナは考えた。


「ロザリア様、私の提案を受けるお考えはございますか?」


「ええ! まずは早急にその商社と提携できるかしら?」


「ただ、相手の商社も不利な提携はしないと思います。私の口添えがあるからといっても、信用がすべてです。手っ取り早い信用って、お金だと私は思うのですけれど……ロザリア様のほうから先に、ある程度の契約金を相手に渡して『信頼関係』を築くことは可能でしょうか?」


「わかったわ!」


 ロザリアは席を立ち、部屋を出た。しばらくして、宝石箱を手に戻ってきた。


 その宝石箱を開けると、見るも珍しい貴重な宝石がザクザク入って輝いていた。


「これは私のコレクションだけれど、今すぐ資金として渡せるのはこの箱がすべてよ。足りるかしら?」


「大丈夫だと思います。これだけあればお釣りがくるでしょう。取引先となる商社を経営しているのは、ブラン王国の私の友人であり、王太子殿下の婚約者シャルロット・ル・マーティン侯爵令嬢です。信頼を築けば、きっとロザリア様とも良い仲になると思いますわ!」


 ただ、この話は一筋縄ではいかない。


 帝国が従属国と締結している条約では、『国境を渡るには、出入国許可証を申請し許諾を得ること』と明記されている。


 従属国同士の結託や反乱を未然に防ぐため、各国に責任を持って出入国許可証を発行するよう、帝国が厳しい審査を義務付けた。


 ベルレアン帝国の国境内の住人であれば、帝都から簡単に出入国許可証を出してもらえるが、例えばムーラン王国の住人が帝都に来る場合は、基本的に出身国であるムーラン王国が出入国許可証を発行して管理する。この審査が厳しく、時間を要してしまうのだ。


 国王や皇帝からの特別な出入国許可証を持つ者なら、軽い検問で何度も往来出来るが、一般の出入国許可証では、往復のたびに申請が必要だ。


 帝国の王族に嫁いできたロザリアにとって、審査自体は問題ないが、自分の商売のことは秘密にしたい。自分の出身国であるムーラン王国へ援助をしていること、それだけは絶対にバレてはいけない。


 心配したロザリアはニナに質問した。


「どうやってブラン王国に契約金を届けるつもりなの? 普通の使いの者だと、宝石に目がくらんで持ち逃げされてしまうかもしれないわ。私の代理人に運ばせるのならその心配はないけれど、ムーラン王国に籍を置いているから、ブラン王国へ行かせるなら新たに申請をしないと……」


 数ヶ国を巡る予定が初めからあるなら、出身国ですべての国々の出入国を申請したうえで、出入国許可証を取得しておけばいい。しかし申請していない国へ渡るような変更があった場合は、滞在国で新たな出入国許可証を取得するための審査を受けなければならない。


(商団を組んで、代理人をブラン王国に入国させたほうが安全だけれど、それだと時間も経費もかかってしまうわね……)


 ロザリアの本心としては、ニナの身に付けていた髪飾りやアクセサリーが、皆から注目を浴びている今のうちに、少しでも早く手に入れて販売したい。だが、契約金の代わりである高価な宝石を持って今すぐ国境を越え、ロザリアの秘密を守るような信頼の置ける者など、そう簡単には思いつかない。


 そこでニナはロザリアに申し出た。


「もう一人、テラスに呼び入れてもよろしいでしょうか? この任務に適任の者を紹介いたしますわ」


 ロザリアから許可を得ると、彼を呼ぶようアリスに伝えた。


「御用でしょうか、聖女様」


 現れたのは、御者のロイだった。


 ロイは過去に、『ニナの乗っていた馬車に細工をして、事故を起こさせた張本人』として、罪を償うことになった元シャルロットの御者である。だがニナの取り計らいで、表向きは『国外追放』、実際は帝国での『聖女専属御者』としてニナに従事していた。


「ロイ、あなたは自分の罪に向き合って反省しながら、真面目に今日まで私に従事してきました。私はそのことを充分に理解しているつもりです。あなたを信用に値する人物と評価して、頼みがあります」


「光栄でございます! 何なりと仰せくださいませ」


「ここに大変価値の高い、高額な宝石の入った箱があります。これを誰にも知られることなく、シャルロット様に届けてほしいの。あなたなら、彼女を裏切るようなことはしないと信じます」


「えっ! シャルロットお嬢様に……」


「手紙を添えるけれど、あなたならシャルロット様を訪ねるだけで、すぐに受け入れてもらえるわ」


 ロイはシャルロットの名前を聞いた途端に、思いがけず『あの日』のことが頭に浮かんだ。


 あの日……ブラン王国からベルレアン帝国への出発の時、使節団の馬車の奥から、人目を忍んでシャルロットへ別れの挨拶をしたことを。


「今後、私はシャルロットお嬢様のお姿を見ることはできないかもしれない。王太子殿下とお幸せに……」


 そう祈りを捧げて帝国に渡ったロイは、まさか再び会える日がくるとは夢にも思っておらず、喜びに震えていた。ニナは真剣な表情でロイに告げた。


「ロイの一人旅になるわ。危険を伴う旅になるかもしれないけれど、必ずやり遂げてくれるわね?」


「はい! 必ずお渡しして帰ってまいります! あの……、もしもよろしければ、妹に一目会ってもよろしいでしょうか? いえ、遠くからでもいいのです! 陰からそっと姿を見れたなら、急ぎ戻ってまいりますので……」


「ふふふ……妹さんにゆっくり会っておあげなさい。この依頼が無事成功したら、報酬としてあなたを釈放するわ。あとはシャルロット様のところでまた雇ってもらえるように、自分で願い出なさいね」


「そんな……ああ、何と……聖女様! ありがとうございます! 私の命にかえても必ずシャルロットお嬢様へお届けいたします!」


 ロイは泣きながら一礼して部屋を出た。


 そのやりとりを見ていたロザリアは、この男なら信用できそうだと感じた。ブラン王国の国王から発行された、『聖女の従者』という特別な出入国許可証を持った者であれば、検問でも何の問題もない。御者なら旅にも慣れており、ニナからも信用されている。まさに適任だと思った。


「ご安心ください、ロザリア様。これで道筋はできました。あとはロザリア様の会社と、シャルロット様の会社のやりとりになりますわ」


「本当にありがとう、ニナ様。思い切ってあなたに相談して良かったわ」


 自分のデザインを売り込むことが当初の目的だったので、ニナにとっても業務提携は願ってもないことだ。


(ムーラン王国のためにも、また新しいデザインを考えなくっちゃ……)


 商談が終わったところで、ロザリアは王宮のメイドを呼んで、カモミールティーを頼んだ。ニナも「同じものを」と注文した。


 そのままロザリアと二人で仲良くファッションの話をしていたが、ニナは思いつきで、彼女にテオドールのことを聞いてみた。


「テオドール皇子殿下が『皇太子』に名乗りをあげたこと、ロザリア様はどう感じていらっしゃるのでしょうか? やはり良くは思われていませんでしょう?」


 ロザリアはお茶を一口飲み、たっぷり時間をかけて答えた。


「いずれあなたは競い合う相手側の人間になるのでしょう? 何と言えば良いのかしら?」


「そうなんですけれど……失礼ながらロザリア様は、『王妃教育』に熱心であるような噂をあまり聞かないものですから……またジェラール皇太子殿下も外遊が多く、帝王学にあまり興味を示していらっしゃらないとも聞いたので、これから本腰を入れて対処なさるのか、今のままでも盤石だと考えておられるのか……動きが読めないものですから、思い切ってお伺いいたしました」


 持って回った言い方をされたロザリアは少し笑った。


「それもそうよね。いいわ、ニナ様には正直に答えましょう。私はジェリーが皇帝になったらムーラン王国の税をもっと減らしてもらうつもりだったけれど、現皇帝はまだまだお元気でしょう? いつの話になるかわからないし、ジェリーも小さい頃から『皇太子』が当たり前の生活だったから、私たちは焦っていなかったのよ」


 10年以上も先の未来に、『ジェラールの戴冠式』が行われることを当然だと思いながらも、自分たちがいずれ皇帝や王妃になるという覚悟を先延ばしにしてきたと、ロザリアは語る。


「ところが先日のテオドール様を見て、それももう『当然』ではなくなったわ。けれどジェリーはまだ考えが決まっていないみたい。夫がやる気を見せるなら妻の私も力を入れるけれど、もしもジェリーが『皇太子』を重荷に感じているのなら、無理に『がんばれ』とは言わないわ」


「それでよろしいのですか? ロザリア様」


「ええ。ジェリーの人生ですもの。どう歩みたいか決めるまで、彼の運命をじっと見守るつもりなの。『ジェリーの妻』であり続けられれば、特に『王妃』でなくてもいいと思って。もしテオドール様が皇帝に選ばれたら、ムーラン王国の減税はテオドール様にお願いすれば良いわ。そのときは友人として力になってね、聖女様」


「あら! ロザリア様ったら!」


 今日の友は未来のライバルとなるかもしれない。そうなったとしても、この関係性を保ったほうが良さそうだと二人は考え、扇で口元を隠しながら上品に笑い合った。




 翌日、ロイはニナの手紙と宝石箱、そして『聖女の従者』としての特別な出入国許可証を持って、馬一頭のみで早速旅立つことにした。


「では、行ってまいります。大変……大変お世話になりました!」


 深々と頭を下げるロイに、ニナは手をかざして祈った。


「道中気をつけて。妹さんとともに幸あらんことを」


 ロイは目に涙を浮かべながら、「はい」と覚悟のある返事をした。


 災難除けの加護が注がれ、ロイは全身を黄金色に激しく輝かせたまま旅立っていった。ニナは、「す、すぐ元の姿に戻るわよね……」と笑顔を引きつらせて見送った。


続きはプラス10話あります。


良かったら読んでみてください!

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