続 21話
ロイは国境へ到着した。国境の門を通るため出入国許可証を見せて検問を受けていた。
「おい、これは何が入っているんだ?」
憲兵が質問してきたのは、『聖女ニナ・フォン・アルヴァレス』のサインで封印された布袋の中身だ。『箱』が入っていそうなことだけはわかるが、布袋の中は見えない。
「私は聖女様の従者です。これは聖女様に頼まれてブラン王国に運んでいる大事な荷物です」
憲兵によく見えるように近くまで差し出したが、触らせなかった。
「そうか……『大事』なものねえ……」
聖女の封印がある以上、中まで確認することはできない。出入国許可証を確認したが、身元も確かで疑う余地がない。もちろん憲兵はすんなりロイを通した。
そのあと、その憲兵はロイを見ながらニヤリとして、別の憲兵へ門番の仕事の交代を頼んで、どこかへ消えた。
門を抜けたあと、食事と馬を休憩させるため、近くの宿屋を訪れた。食事を終えて馬小屋へ向かうと、数人のガラの悪い連中がロイに絡んできた。
「よお、旅の兄ちゃん、お前の荷物を全部俺たちにプレゼントしてくれや! 黙って言うことを聞けば、何もしねーからよー!」
「……わかりました……どうかこれで見逃してください」
ロイは自分の旅の所持金すべてと、馬や非常食まで差し出した。
「おいおい、こんなもんじゃねーわ。お前、良さそうなものが入った袋を持ってんだってなあ! そいつをよこせ!」
「これは私の荷物ではありません! 聖女様からの預かり物です!」
「うるせえ! 真面目かよ! 荷物全部よこせっつってんだよ! ああ?!」
殴りかかってきた一人を何とか避けたが、しかし多勢に無勢。ジリジリと近寄ってくる男たち。ロイは刺し違えるつもりで慣れない短剣を構えた。
そのとき、ロイの後ろから来た男が、荒くれ者たちに声をかけた。
「おやおや? お前ら……隣村のやつらじゃねーか、何やってんだ?」
「あ! いや……その……ちょっと生意気な野郎がいたんで……な! みんな! ちょっと説教してやってたんっすよ」
「おー、そうか? そんな風には見えねーがなー! おめーらには俺が説教してやろうか?!」
ガラの悪い男たちはあっという間におとなしくなった。
「おい、お前たち! 噂で聞いたぞ! 門番と組んで悪巧みしてるんだってな? 捕まって処罰される前にあいつらと手を切れ! お前たちが捕まったら、村に残されるばあちゃんたちはどうすんだ!」
「でも、俺たちこんなことでしか金稼げねーんすわ……」
短剣を握りしめたままのロイは、しょんぼりしている乱暴者たちを茫然と見つめながら、話のやりとりを聞いていた。
「なら、俺の村へ稼ぎに来いよ! 今、アロエの伐採で男手がいるからな!」
「マジっすか! 雇ってくれるんっすか!」
「ああ! 俺が取り仕切ってるからな! 俺から誘われたって言えば大丈夫だ。お前の村の、悪さしてる奴ら全員に声かけてこいよ!」
この男前の声の主は、国境の村のリオだった。隣村の男たちは、子供のように大きな返事をして走り去った。
「あ、あの……ありがとうございました。あなたがいなかったら、私は今頃、聖女様からの使命を果たせず、途方にくれるところでした……」
「聖女様? あの聖女ニナ様のことか?」
リオは喜んで今までの経緯を語り、それを聞いたロイはすぐに打ち解け、胸を撫で下ろした。
「偶然にもあなたが通ってくださらなかったら……と思うとゾッとします」
「俺も今からマーティン侯爵令嬢へ会いに行く途中で、たまたま宿屋のそばを通りがかっただけなんだが、なぜか馬小屋が気になったし、確かに誘い込まれたんだ……何かの不思議な力で引っぱられるように……あの聖女様のことだ、これは偶然じゃないと思うぞ」
「そういえば、私は聖女様が旅の無事を願って『厄除の加護』を授けてくださいました」
「それだ! そのおかげだ、間違いない!……それなら提案があるんだが……」
リオの提案は『一緒にマーティン侯爵令嬢のところへ向かおう』というものだった。元兵士のリオと、厄除の加護を持ったロイが一緒に旅をしたほうが、より安全になる。二人とも目的は同じ『シャルロットに会う』ことだ。そして、ニナのお墨付きの『信用』を持った者同士でもある。
その晩から共に行動し、旅は順調に進み、無事ブラン王国の市街に到着した。
リオも今回で二度目の訪問だったので、すでにシャルロットとは面識がある。リオはカフェで商談する約束だったが、ロイの大事な届け物のこともあり、直接マーティン侯爵家の邸宅へ一緒に向かった。
「うわー! 大きなお屋敷だなー!」
初めて侯爵邸にやってきたリオは、挙動不審で怪しまれるほどあちこち見ていた。
ロイは門番に声をかけた。すると門番は嬉しそうに話しかけてきた。
「ロイ! ロイじゃないか! 元気そうで良かった……帰ってきたんだね! みんなに知らせてくるよ!」
門番は少し待つようロイに笑顔で伝えると、馬に乗って邸宅へ走っていった。
ブラン王国は海も山もあり、水や食料資源も豊富な国だ。その国で一二を争う資産家のマーティン侯爵家は、一等地に広大な土地を有しており、その奥にそびえ立つ格式高い邸宅に住んでいた。
二人を迎えに馬車がやってきた。門から邸宅までは馬車で移動する。きれいに整えられた庭園を抜けた先に屋敷が見えた。
部屋で待つように案内された二人がソファに座っていると、メイドから「歓迎の気持ちを込めて……内緒よ」と耳打ちされ、テーブルには高級なブルーマウンテンコーヒーが置かれた。ホッとするようなかぐわしい香りが部屋に漂っていた。
リオは高価なコーヒーの味と香りを楽しみながら、シャルロットの登場を待った。ロイは胸が高鳴り、緊張してコーヒーを一気に飲み、口を火傷してしまった。
「バタン」
扉が開き、シャルロットが入ってきた。
「お嬢様!」
ロイが立ち上がると、シャルロットの後ろから一人のメイドがロイに駆けよってきた。
「お兄ちゃん!」
「……メリー……メリー! ごめんな……心配かけて……」
ロイの妹メリーは12歳、ロイが捕まった貴族会議の翌日に、シャルロットがメイドとしてすぐに引き取ったため、孤児院送りは免れた。侯爵邸から学校にも通わせてもらっている。シャルロットへの感謝を行動で示すかのように、メイドの仕事を早く覚えようと真面目に取り組んでいた。メリーが良い性格なのは親代わりのロイが愛情を込めてしっかり育てたおかげもあるのだろう。
二人が再会を喜んでいると、シャルロットがロイのそばにきて、彼の手をそっと握った。
「ロイ、あなたをつらい目にあわせてしまって本当にごめんなさい。私が至らなかったせいだわ。本当はね、王太子殿下がきっと私を選んでくださると信じていたの。貴族会議の日に私の名を呼んでくださるのを待っていたのよ。それをあなたたちに伝えるべきだったわ。『大丈夫よ』と安心させるべきだった。配慮が足りなかったせいで皆に心配をかけてしまって……」
シャルロットの言葉を聞いて、ロイは涙を流して謝罪した。
「もったいないお言葉でございます。お嬢様にご迷惑をおかけしたのに、メリーを引き取っていただいて……私が勝手なことをしたばかりに……」
「もういいのよ、ロイ。あなたがここへ来たということは、おそらくニナ様から罪を許されたからなのでしょう。また私の元で働いてくれるかしら? メリーと一緒にね」
ロイは絞り出すように感謝の言葉を伝え、妹と手を取り合った。そしてニナから預かってきた大切な荷物と手紙を渡した。
シャルロットは目線をリオに移した。
「リオ、お待たせしてしまって……でも、まさかロイと一緒に来るなんて思いもしなかったからびっくりしたのよ」
「私もです。偶然というか、必然というか……聖女様つながりなのは間違いありません」
リオの言葉を聞きながら、シャルロットは嬉しそうに兄妹の喜ぶ姿を眺めていた。




