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ディートハルトの追憶(1)

ここから少し過去編になります。ディートハルト視点です。


 ディートハルトが第二騎士団に入団することが決まったきっかけは、アメルハウザー公爵家嫡男である兄が戦死したことに起因する。

 高齢出産となった母の命と引き換えに生まれたディートハルトとは一回り程年の離れた兄。

 アメルハウザー公爵家を継ぐことを義務付けられていた兄。

 彼はディートハルトが八歳になる頃に戦場へ赴いたが、二年と経たず帰らぬ人となった。


 これに父であるアメルハウザー公爵は激怒した。今までの投資(教育)がすべて無駄になったと。

 一方ディートハルト自身は、長年スペアとしてそれなりの教育を施されてきた自分の運命が捻じ曲がったことを理解した。

 兄の代替品として、アメルハウザー公爵家を継ぐ責務が回ってきてしまったからだ。


 そして十歳になった当日、父から決定事項が告げられた。


「明日よりお前は第二騎士団に入団することとなった。国のため、そして我がアメルハウザーの栄誉のためにその身を賭して励むがいい」


 この戦争が泥沼化していることを、幼くも敏いディートハルトは把握していた。

 当然ながら王国有数の貴族であるアメルハウザーにも兵役義務が発生する。例外はない。

 しかし父に自身を戦地に置くという選択肢はなかった。だからこその自分(ディートハルト)

 最悪、父さえ存命していれば、ディートハルトが死んだところで代わりを誰かに産ませることは出来る。

 それらすべてを承知の上で、


「――承知いたしました、父上」


 ディートハルトは父に深く頭を垂れた。

 その瞳は実に冷たく冴え冴えとしており、何の感情も宿してはいない。

 しかし父であるアメルハウザー公爵は余計な口答えをしない息子に対し、ただただ満足気に頷く。


「なぁに、お前が前線へ送られる可能性は低い。怯える必要はないぞ」

「……お気遣い、痛み入ります」


 死への怯えなど一切感じていなかった。

 ただ、集団生活に身を置くことの面倒さに内心で辟易していた。それだけだ。


 次の日、ディートハルトは単身で騎士団本部庁舎へと向かい、第二騎士団の門を叩いた。

 そうして通された第二騎士団の団長執務室で出迎えた人物は二人。


 一人は見るからに老齢の男性だった。薄くなり白いものが混じる頭髪に、加齢により衰えやや頼りない線を描く身体。しかしその身が纏う騎士服の徽章が、その老人こそが第二騎士団長であること示している。

 部屋の中央奥に設置された執務机を前に腰かける彼は、穏やかな瞳でディートハルトを見ていた。


 しかしこの時のディートハルトの関心は、室内にいたもう一人に傾いていた。


 陽の光を反射するように輝く銀の髪をゆるくひとつの三つ編みにして背中に流す女性。

 年の頃は二十歳を少し超えたところだろうか。ディートハルトよりも拳一つ分高い身長に、均整の取れた体躯。そして印象的な光彩を放つシャンパンガーネットの大きな瞳が自分を映している。

 騎士服を着ていることから彼女も正規の騎士だとは分かるが、その若さと美貌はこの場では異質に思えた。

 そんな彼女はディートハルトと目が合うと、優しく微笑みかけてきた。

 その表情があまりにも自然で、眩しくて。ディートハルトは無意識のうちに息を呑んだ。


「……ディートハルト、ようこそ我が第二騎士団へ。儂は第二騎士団長のセルゲイだ。これから宜しく頼むよ」


 そこへタイミングよく、第二騎士団長である老翁が声を掛けてくる。

 我に返ったディートハルトは視線を彼の方に向けると、平静を装いながら深々と一礼した。


「勿体ないお言葉です、閣下。――ディートハルト・アメルハウザー、本日より第二騎士団にてお世話になります。若輩者では御座いますが、足を引っ張らぬよう誠心誠意努めて参ります」

「ほほ、そんなに堅苦しくしなくても良い良い。これから我らは運命共同体――家族のようなものだ。君も今日からその一員として、共に国難を乗り切ろうではないか」


 口調も態度も優し気なセルゲイは、いかにも好々爺といった雰囲気の持ち主だった。

 ここに来る前にディートハルトが仕入れた情報が確かならば、セルゲイは騎士団長としては珍しく爵位は子爵と低く、叩き上げで現在の地位に就いたらしい。

 実力至上主義を謳う王国の騎士団ではあるが、政治的な側面からは逃れられない。

 裏を返せば、それだけセルゲイが優秀だということだ。

 どうせ人の下に付くのであれば、無能よりは有能な指揮官の下に付きたいと思うのは当然のこと。

 そういった点では、ディートハルトは第二騎士団に割り当てられたことを幸運と思っていた。


「……さて、早速だが君の教育係を紹介しよう。レスティア君、挨拶を」


 セルゲイの言葉で、先ほどこちらに微笑みかけてきた女性が一歩、前へ出る。

 彼女はディートハルトと視線を合わせると、再び優しく目を細めた。


「初めまして、ディートハルト。私は第二騎士団の第五騎兵隊で副隊長を務めているレスティアです。本日よりディートハルトの教育係を任されることになりました。分からないことがあれば何でも聞いてくださいね」

「承知いたしました。これからよろしくお願いいたします、レスティア様」

「……ええ、こちらこそ」


 女性にしてはやや低めの、だけど柔らかな声音。

 この年で副隊長ということは、実力もしくは家柄を買われてのことだろうか。


「ディートハルトはしばらくレスティアの補佐として、第五騎兵隊に所属してもらう。他の騎士たちに比べても君はまだ幼いからね。成長期もこれからだろうし、腕力に頼らない技術を彼女から教わりなさい」

「――お心遣い、感謝いたします」


 セルゲイの物言いから推察するなら、彼女の実力は高く評価されていることになる。

 ディートハルトとしても無駄死にするつもりはないので、ここは素直に師事を受けるのが得策だろう。


「儂からはとりあえずそんなところだが……ディートハルト、何か質問はあるかな?」

「いえ、特にありません」

「よろしい。ではレスティア君、後は頼んだよ」

「畏まりました」


 セルゲイに一礼し、ディートハルトはレスティアと共に執務室を出る。


「さてと……まずは庁舎内の案内からですね。最後に寮に行く予定だけど、大丈夫?」

「はい、お任せします」

「うん、じゃあ行きましょうか」


 そう朗らかに言って、廊下を歩き始めたレスティアの背中を追うディートハルト。

 背筋がピンと伸びた綺麗な姿勢と挙動に、彼女の鍛えられた肉体の一端を垣間見る。

 思えば本物の戦場に身を置く女性と相まみえるのは、これが初めての経験だ。

 それに気づいた途端、今まで公爵家という籠の中で大した苦労もせず生きてきた自分と彼女との違いを明確に意識した。


 いうなれば、人生の経験値に雲泥の差がある。年齢のことではなく、生き様としての。


 改めて自分が空っぽであることを突き付けられたような気がした。

 と、ディートハルトが人知れず虚しい自己分析を行なっていた時だ。


「……ねぇ、ディートハルト。やっぱり不満だったかな?」

 

 唐突に足を止めたレスティアが、こちらを振り返りながら曖昧に微笑んだ。

 ディートハルトはその意図を汲むことが出来ず、表情を取り繕うのも忘れて小首を傾げ、問う。


「不満とは、何についてですか?」

「えっと、その……やっぱり男性騎士に師事したいとか、そういうのがあるかなって」

「? ……良く分かりませんが、セルゲイ閣下が推薦されたのはレスティア様ですよね? であれば、それが最適な人事であると判断しますが。なぜそこに男性騎士の話題が出てくるのか理解しかねます」

「お、おお……? え、ディートハルトって、その、まだ十歳だよね?」

「はい、昨日に十歳になりましたが」

「えー……ちょっと人間出来すぎてない? もっと不満とか、希望とか言っていいんだよ?」


 何故かレスティアから心配されているのを感じ、ディートハルトは困惑する。

 彼女の言いたいことが今一つ理解できない。


「特に不満はありませんし、希望もありません。お気遣いは不要です」

「そ、そうなの……? ホントに? 無理してない?」

「あの……もしかして、レスティア様の方が僕の教育係を務めることに不平不満があるのでしょうか?」

「ええ!?」


 レスティアが心底驚いたという表情で素っ頓狂な声を出す。

 貴族社会ではなかなかお目に掛かれない、その表情の豊かさがディートハルトにとっては新鮮だった。

 また口調も最初の印象からはだいぶ砕けている。おそらくこちらが素なのだろう。


「いやいやいや! 違うよ!? 私で良ければディートハルトのこと、責任もって世話したいって思ってる! だってまさかこんないい子だなんて思わなくて……それに凄く可愛いし……!」

「……可愛い、ですか?」

「うん、可愛い!」


 力強く笑顔で頷かれ、今度はディートハルトの方が面食らってしまう。

 まさか騎士団入団初日に生まれて初めて可愛いなどという自分に不釣り合いな形容をされるなど、想像もしていなかった。

 そんなディートハルトの混乱した様子に気づいたのか、レスティアは明らかにしまった、というような表情をした後で、


「……ごめんね、いきなり変なこと言って」


 と、謝ってくる。


「……いえ、大丈夫です。それより、レスティア様……」

「ん? 何かな?」

「結局、僕はどうすればいいんでしょうか?」


 ディートハルトとしては至極当然の質問に、レスティアは困ったように笑うと、


「ディートハルトに不満がないなら、私がきっちり指導します。絶対後悔させないから」


 そう言って、右手を差し出してきた。

 握手を求められていると瞬時に察したディートハルトが、その手を握り返す。


「はい、僕も期待に応えられるよう頑張りますね」


 その時、ディートハルト自身は気づいていなかった。

 自分の表情が、ぎこちないながらも笑みを浮かべていたことに。


 ――この日から、ディートハルトの輝かしい二年間が始まった。

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