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ディートハルトの追憶(2)


 第二騎士団の女性騎士レスティアの指導の下、ディートハルトの第二騎士団での生活は始まった。

 初日は一通りの説明に終始し、明けて二日目の朝。


「――じゃあ、まずはディートハルトの実力を知るところからね」


 長い銀糸の髪をポニーテールに結わえ、訓練用の木剣を手にしたレスティアが笑顔で告げるのに、同じように木剣を構えて対峙したディートハルトが頷いて見せた。

 場所は第二騎士団の訓練場。

 午前の訓練開始には少し早い時間のため、今この場には二人しかいない。


「よろしくお願いします」

「うん、それじゃあ自由に打ち込んできて。――本気でね」


 スッと表情を消したレスティアの言葉を受け、一呼吸を置いた後でディートハルトは勢いよく地を蹴った。

 腐っても公爵家出身であるディートハルトは、当然ながら幼い頃より剣術の授業を受けている。

 無論、兄ほど本格的なものではなかったが、それでも同年代よりは動ける自信はあったし、実際に指南役として招かれていた者からも一定以上の評価は得ていた。


 だから勝つことは無理でも、ある程度は食らいついていける。少なくとも打ち合いには持っていけるはず。

 ディートハルトはそう考えていた。だが、現実はそれほど甘くはなかった。


 ディートハルトが剣を振る。レスティアはそれを僅かな動きで回避する。

 またディートハルトが剣を振る。今度はフェイントを交えたが、相手はそれを的確に読み、またしても必要最低限の動きだけで避けてしまう。

 何度も、何度も。ディートハルトが剣を振るうが、それは虚しく空を切った。

 とにかく当たらないのだ。しかも、彼女は剣をこちらに向けるどころか、構えを取ることすらしない。

 それは彼我の力量差をディートハルトに文字通り叩きつける行為であった。


 ――おそらく時間にして十分も保たなかっただろう。

 気が付けばディートハルトは木剣を杖のようにして俯き、ゼーハーと荒い呼吸を繰り返していた。身体のあらゆるところから汗が噴き出してくる。しかも最悪なことに手に力がろくに入らない。これでは剣を振ったところで、取り落としてしまうのは時間の問題だろう。

 額から流れる汗が目に入らないよう腕で強引に拭いながら、ディートハルトは悔しさを押し殺しなんとか顔を上げた。

 そんなディートハルトとは対照的に、眼前のレスティアは涼しい顔をしたまま訓練場の真ん中に佇んでいる。彼女は終始ディートハルトを観察するような、感情の窺えない眼をしていた。


「……体力、もう残ってない?」

「っ……申し訳、ありません……」


 ここで否定するのは簡単だが、そんなのは子供の言い訳に過ぎない。

 だからディートハルトは目を閉じ歯を食いしばりながらも、素直に自分の限界を申告した。

 同時に驕っていた自分を強く恥じ入る。一太刀どころか、構えさせることすら出来なかった。つまり本物の騎士の前では、自分の技量などまさしく児戯に等しいと証明されたも同然。

 このような情けない姿を晒してしまい、レスティアもさぞガッカリしたことだろう。


 そう思って内心かなりへこみながら再び目線を上げれば、そこでレスティアの表情が一変した――機械的な無表情から、キラキラとした満面の笑みへと。まるで華が咲くように。

 さらに彼女は満身創痍のディートハルトのもとへ駆け寄ると、


「ディートハルト! お疲れ様! 凄く良かったよ!!」


 弾んだ声と共に何を思ったのか汗で湿った金髪をわしゃわしゃと撫で回してきたではないか。

 これには感情の起伏に乏しいディートハルトも思わず動揺して固まってしまったが、我に返った瞬間には体力のすべてを総動員して大きく後ずさった。剣術で手も足も出なかったことへの羞恥とは別の恥ずかしさから、顔に熱が集まってくるのを感じる。


「なっ……なにを、なさるんですか……!?」

「え、あ! ご、ごめん!! 嬉しくてつい失礼なことを……! 本当にごめんなさい!」


 レスティアはあたふたとしながら、心底申し訳なさそうに眉を八の字にする。

 その態度からはとても先ほどまで完膚なきまでにこちらのプライドをへし折ってきた人物と同一人物とは思えず、ディートハルトはすっかり毒気を抜かれてしまった。


「……いったい、なんなんですか。もしかして、馬鹿にしているんですか……」


 疲れ切ったようなディートハルトのぼやき。

 それに反応し、レスティアはぶんぶんと首を横に大きく振る。


「それは絶対ないから! 感心したの! その年頃でここまで動けて、しかも冷静に自己分析が出来るのって本当に凄いことだから」

「……なんですか、それ。嫌味ですか」


 自分でもだいぶ不貞腐れた声が出た自覚はあった。

 どうも昨日からこの人の前では調子が狂う。


「嫌味なんかじゃないよ、本心。私は騎士にとって最も重要なことは、常に自分を冷静に判断できるかどうかだと思ってるの。技術や体力は修練を重ねればある程度は身に付けられるけど、精神的な部分は本人の資質によるところが大きい。その点、ディートハルトは稀有な才能を持ってると思う」

「……ですが、僕は貴女に構えさせることすら出来ませんでした」

「それは単純な技術の問題だから今は気にしなくていいよ。実を言うと結構避けるのギリギリだったし――」


 レスティアは頬を指で掻きながら、やや照れくさそうに笑った。


「体捌きとか技術的な部分をディートハルトに信頼して欲しかったから頑張っちゃった! ……どう? 少しは騎士としての私の実力も見直してくれた?」


 なるほど。つまりこの一方的な手合わせとも呼べない実力試しには、指導者としての資質をこちらに示す意図があったということか。

 意外と考えてたんだな……とディートハルトは割と失礼なことを内心で呟きつつ、


「もとよりレスティア様の実力を疑ってはいませんが、改めて身をもって実感しました。僕も追いつけるように精進します」


 と、殊勝な言葉を返した。無論、こちらも本心ではある。

 この時、ディートハルトはレスティアに認められたいと漠然と思っていた。それは剣の技術もだが、何より一個人として彼女に評価されたかった。

 傷つけられた自尊心を回復するためにも。そして新たに芽生えた向上心や承認欲求を満たす上でも。


 ――それからというもの、ディートハルトの意識は劇的に変化した。


 今まで色あせて見えていた世界が、少しずつ色づき始めるように。

 自分の意思で何かを為そうとすることが、目標に向かって努力することが、こんなにも日々の生活に張り合いと満足感をもたらすだなんて知らなかった。

 幸いにして覚えるべきこと、鍛えるべきことは絶えず存在していたから、一日毎に自分の成長を実感する。

 そして何よりも嬉しいのは、その成長を共に喜んでくれる人がいるという事実だった。


「私みたいな女性騎士や、ディートハルトみたいにまだ身体が出来上がってない人は、腕力では成人男性には到底及ばない。だから相手の力を上手く利用するの。ちょっと手本を見せるね」

「うん、そう――常に状況の俯瞰を心掛けて。戦場は基本的に乱戦になるから、今のうちから周囲への警戒と反応するための訓練には力を入れようね」

「運動後は必ず筋肉をほぐすこと。怠ると怪我のもとだから」

「ディートハルト、今の切り返し凄く良かったよ!」


 レスティアの指導は熱心で、そして親切だった。

 彼女はディートハルトの年齢も考慮した上での訓練メニューを作成し、褒めるべきところは褒め、具体的な改善点があれば実戦形式で身体に叩き込んできた。

 そうやってみるみるうちに力を付けていくディートハルトの様子に、他者の目も次第に変わっていく。


 当初は公爵家の跡取りであるディートハルトを腫物またはお荷物のように感じていた騎士たちも、徐々に遠慮がなくなっていった。

 それはすなわち、騎士の一員として平等に扱おうという姿勢に他ならない。


 入団から三ヶ月を過ぎた頃には、ディートハルトもすっかり騎士団に馴染んでいた。

 しかし、そんなディートハルトのささやかな幸福という灯を吹き消すように。


 騎士団統括本部から、第二騎士団への出征命令が下された。


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