* 8話 * 王都往訪オープニング *
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「"呪文結晶"って知ってるでしょ?」
「知ってるも何も、読んで字のごとく呪文を結晶化させたやつだろ」
「じゃあ、”禁呪”は知ってる?」
「だから知ってるも何も、読んで字のごとく、法で禁じられてる呪文だろ」
「じゃあ、”禁呪の呪文結晶”が王都で密かに流通してるの、知ってる?」
そこで初めて俺は眉をひそめた。
少し離れて聞いていたオニキスも、視線をこちらへと向けていた。
「禁呪の呪文結晶ってどういうことだよ。呪文結晶って基本、低級の生活魔法を保存していつでも使えるようにする技術だろ?」
「その通り」
「法で禁じられるほどの影響力を持つ上級魔法なんて、よっぽどの魔術師でもなきゃ結晶化できねーだろ。俺ですらできないし」
「その通り。キナ臭いでしょ?」
サナウェイはにやりと笑いながら、
「ところが不思議なことに、その超レアな”禁呪の呪文結晶”を使ってるっぽい奴らが最近王都にたくさんいるんだよ。捕まった奴もちらほら出てき始めてる」
「王都のどの層に流行ってるんだ?」
「使ってるのは王都の上流貴族から、裏王都あがりのやんちゃ少年までばらばらで、売りさばいてる奴らの正体は不明」
「あの、禁呪って……一体何の呪文なんですか?」
興味津々、といった様子のバンビ。サナウェイは声を低め、
「あたしが確認できてるので、2種類。火界『強化鍛認』と風界『威風盗々』」
俺はしばし沈黙し、驚きを表明した。
十分な間を置いて、首を振りながら、
「おいおい、冗談だろ? 王宮雇用の大魔術師でも使えるか分からないレベルの強化呪文と横取呪文じゃねーか。ありえねーだろ」
俺の率直な意見に、バンビも同調した。
「『強化鍛認』は身体強化系の呪文の最高峰で、使えば竜族でも一撃で殴り飛ばせるレベルの膂力を得られる。『威風盗々』は自分の魔力ではなく相手の魔力を使って魔法を使えるようになる。どちらもその強力さと禁呪指定されているはずです」
「解説ご苦労。辞書みたいな喋り方するね、あなた」
軽い気持ちで言ったのだろうが、サナウェイの言には皮肉の色が見えた。
「辞書くらいしか喋り相手がいない生活が長くて」
バンビが間を置かずさらりとそう答えると、サナウェイは少し黙り、
「喋り相手ができて良かったわね」
とだけ言った。
「『教化鍛認』――身体が強化されるってことは、身魔一意の原則にしたがって魔法の出力も強化されるってことだからな。ぶっちゃけ一対一の戦闘だったら、その呪文さえ唱えちまえば勝ち確に近いレベルだ」
俺がそう意見を述べると、サナウェイも同調した。
「そうね。『威風盗々』も、魔力量が少ない連中がその弱点を埋められるってことで、なかなかのバランスブレイカー呪文だし」
「力を手にした弱者の末路なんざ暴走一択。昔から決まってる」
俺は所感を述べ、そこで疑問を口にした。
「そんなイリーガルなブツ、売ってる奴はお前ならすぐ分かるだろ。王都と裏王都の闇の物流は”運び屋”の縄張りだ」
その言葉にサナウェイは、悔しさ半分、といった口調で答えた。
「それが、掴めてない。あたしの目と手の届かないところで出回ってる」
「は?」
あらゆる闇物資の運搬を引き受けてきたこいつでも掴めていない。
しかも、禁呪の呪文結晶なんて、製造の難易度が桁違いに高い代物なのに。
「ま、調べ始めてまだ日も浅いんだけどね。だから今日事務所に来て、もし王都宛の”運び”の仕事が来てたら、その仕事のついでにこの件を調べに行こうと思ってたの」
「残念ながら、"運び"の依頼は今月全然ないね。殺しの依頼は絶え間なく送られてくるのに」
オニキスが肩をすくめてそう言った。
そのまま、声のトーンを落とし、
「ただ――その禁呪の呪文結晶については、個人的にも調べて欲しいところだね」
「へぇ、珍しいな」
オニキスが仕事関係以外で何かに興味を持つのは稀だった。
だが、オニキスはさらりとした顔で、
「闇に関わることで、私が知らないことがあってはいけないからね」
そう言ってのけた。
「流石、裏王都の魔女・オニキスは言うことが違うねぇ」
「それに、そんな製造難度が高いものが私の目の届かないところで流通してるってことは……それなりに大きな存在が関与してる可能性が高い」
「まさか」
俺はオニキスの口調から、言わんとしていることを察した。
「ボス、流石。私の仕事仲間も同じ見解だったわ」
サナウェイの首肯。
「えっ、どういうことですか?」
1人理解が追いついていないバンビに、サナウェイが答えを明かした。
「そのブツの製造と流通には、王族が絡んでんじゃないかって睨んでるんだ」
***
それから、しばらく打合せをしたのち、サナウェイは自分の部屋へと帰っていった。
オニキスの配下の中で、俺とサナウェイと他数人はこのアジトを住処としている。
「サナウェイさん、いい人ですね。可愛いし、はきはきしてるし」
バンビが暢気にそんなことを言うので、俺は軽く戒めも込めて、
「第一印象だけで警戒解く癖やめろ。裏の世界に良い奴なんていねーよ」
バンビは口を尖らせて、
「アストさんが”信用できる”って言ったんじゃないですか」
「その俺が信用できるかも分からないからな」
「そんなの……わたしはアストさんに救われたんですよ。アストさんを信じます」
真っ直ぐな瞳。
俺は柄にもなく少し照れてしまい、その事実を隠すように少し首を振った。
「そういう心構えでいてくれ、ってことだ。簡単に他人を信じるな。人を見る目を磨け」
「それはそうかもですけど……」
「ま、サナウェイはふつうにいい奴だけどな。今日は早めに寝とけよ。明日は王都入りだ」
そう締めくくり、俺は自分の部屋に戻った。
***
翌日。
俺とバンビ、そしてサナウェイは王都の城門の前に来ていた。
「風界の魔法……すごいです。視界が全部空なの、新鮮でした」
オニキスの事務所から城門まで、サナウェイの風界の呪文の力で飛行してきた。
オニキスと組むときはよく使う方法。
「王都⇔裏王都間の気流は乗り慣れてるから、すぐだよ。それ以外でも、周辺の区画ならだいたい安定した速度で飛べる。……ハロー、ジクサー」
サナウェイがそう講釈しながら、門番の1人へと話しかけに言った。
「サナ! 久しぶりだな! 悲しいぜ、俺のシフトの時に来るの、数ヶ月ぶりじゃないか?」
「あんたがサボりすぎなんだよ」
サナウェイと門番のほとんどは知り合い、あるいはほぼ友人と言ってもいい関係を築いている。
サナウェイが王都に出入りする機会が多いのもあるが、それ以上にこいつの性格によるところが大きい。
人見知りせず、どんな相手にもそのあどけない笑顔で話しかける。
心を開き、相手の心が開くのを待つ。
損得度外視で、ず自分から相手にメリットを提供する。
気がついたら、相手の法方から、うまい話を持ちかけてくれる。
天然の人たらし、といったところか。
俺にはない能力だ。
サナウェイが相手といつのまにか仲良くなってしまい、そのまま貴重な情報を入手する、という流れは、何度となく目にしてきた。
「ねえ、最近なんか王都、治安悪いらしいじゃない? 何かあったの?」
早速、旧知の仲の門番に世間話。
「あー、南区でいうと、不良のガキどもが例年以上にイキってるな」
「例年以上って、どのくらい?」
「すでにガキどものしょうもない喧嘩やらいざこざの巻き添えで、死人が27人出てる」
「……裏王都ならともかく、王都でそれってさすがに歴代ワーストじゃない。衛兵は何してんのよ」
「27人の中に、衛兵も入ってるのさ。しかも4人」
「ワオ」
南区は裏王都と隣接していることもあり、王都で最も治安の悪い区画だ。
治安が悪いと分かっているため、衛兵も他の地区より実力のある者が任命される。
街の不良ごときに衛兵が4人も殺されたというのは、王都の異常を察するには十分な情報だった。
「サナも気をつけろよ。城門周辺は何だかんだ俺らの存在もあるし、多少安全だろうが……西のスケプティック通りあたりはマジでやべーぞ。死者の1/3はあの通りで転がってた。今じゃもう、明日死んでもいいって奴しかあの一帯は歩いてねぇ」
「アドバイス、ありがとう。気をつけるわ」
俺らは門番に別れを告げると、そのまま入門審査を終え、王都内へと進んでいった。
「さて、それじゃあひとまず、行ってみますか」
「行くって、どこにですか?」
バンビが暢気な表情で訊いてくる。
「はーぁ。だから言ったじゃない。この子には向いてないわよ。この平和すぎる感じ」
サナウェイがため息交じりに言った。
「今の流れ、決まってるでしょ――行くわよ、スケプティック通り」
***
南区の中でも、西側の歓楽街――スケプティック通りの入口。
ご丁寧に石と金属で組み上げられたアーチには、その通りの名が記されていた。
「いや、やっぱりおかしくないですか? せっかく門番さんが、行ったら死ぬって忠告してくれたのに、何でそんなとこに来てるんですか」
バンビはそう言いながら、俺の腕にしがみついてくる。
本気で震えているのが、腕を通じて伝わってくる。
「ちょっと! そこ! 無駄にくっつかない! 怖いんだったらアストじゃなくてあたしにくっつきなさい!」
サナウェイが俺とバンビの間に割って入り、自分の腕にバンビをしがみつかせた。
何だその構図。
俺は苦笑しつつ、バンビに向けて講釈する。
「南区の不良のガキなんて、せいぜい自分の属性の低級呪文を使うのがせいぜい、身体だって鍛えてないだろうから大した出力も出ない。そんな奴らの喧嘩で死人が出るってことは――」
「そこに呪文結晶が絡んでる可能性が高い、ってこと。分かるでしょ?」
サナウェイが俺の言を継いだ。
「それは分かるんですけど、何の作戦会議もなくいきなりここまで来ちゃってるのはやっぱりおかしくないですか。もっと慎重に――」
サナウェイが人差し指を立ててバンビの唇にあて、その抗議を遮った。
「いくら禁呪呪文結晶で教化されてよーとねぇ、オニキス傘下の”殺し屋”と”運び屋”がついてる仕事で、そんな情けないビビり方をする必要なんて一切ないの」
サナウェイの断言。
「それは間違いなくその通――キャスト、星界『星雲招』」
俺の宣唱から一拍遅れて、大量の石片が空中に出現し、石の雪崩となって降り注いだ。
重力の盾により、石は俺たち3人には届かずに地面へと転がっていった。
「さ、さっそく……!」
バンビはサナウェイの腕にしがみついたままだった。
廃墟じみた石壁の建物の陰から、男が2人、のっそりと現れた。
俺たち3人を指さし、そのまま中指を立てるハンドサインに移行する。
「持ってる金、あるいは金に換えられるもの、あるいは何かしらの価値を持つもの、一片残らず置いて行け」
男の恐喝には特に何の感想も無かったが、俺はその気配に違和感を覚えた。
――おかしい。
俺は直感し、サナウェイを見やった。
サナウェイが頷く。同意見のようだった。
俺はバンビに向け、指示を出した。
最初の指示。
「バンビ――お前がやれ」
「――――え?」
裏返った声。バンビがまん丸の目で俺を見つめた。
「デビュー戦だ。俺とサナウェイは魔力を温存したい。こいつら2人を、お前の手で倒せ」
バンビが今にも卒倒しそうな顔で再び、「え?」と力なく呟いた。
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