* 4話 * 魔法と弟子 *
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国王――自分の父親が、魔族と通じている。
だから、自分を人質、あるいは友好と証として嫁ぎに出した。
その事実に、バンビは衝撃を隠せないようだった。
「本当に、信じられないです。お父様が魔族と通じているなんて」
「王家は大きく2つの派閥に分かれてる。親魔派と反魔派。魔族の支配を受け入れるか、抗うか」
「ま、お前は知らされてなかったんだろう。王宮の全員が魔族と通じてるってわけじゃない。第2王子あたりは反魔派だって聞いてるしな」
バンビランドはしばらくうつむいて、泣いているのかと思うような小刻みな震えを見せていたが、やがて意を決したように顔を上げた。涙の痕はない。耐えたのだ。
「今日、殺し屋さんに来てもらえて良かったです。このまま、異国の、それも人間族ですらない、魔族のもとに送られて、何も知らずに人質として過ごすなんて、考えただけで、怖い……」
俺はゆっくり頷いて、
「ああ、俺も同じ気持ちだ――今日、お前に会えて良かった。思わぬ情報だった。まあ、その辺の感慨を述べ合うのは後にしよう。バンビランド、ここから先のプランを立てるに当たって……あんたの使える呪文を教えてくれ」
「え、わたしは魔法使えませんよ?」
俺は一瞬言葉に詰まり、
「……? 訊き方が悪かったか? 別に伝話でも強化処でも、何なら日常系のEランク呪文だっていい」
「いや、答え方悪かったですかね? 何の呪文も使えませんよ。単純に、わたしには魔法を使う才能がないんです」
ここで俺はこの王女の異常を察知した。
「その魔法が使えない、ってのはどういうことなのさ」
魔法が魔法使い界隈だけの特殊技術だった時代はとっくに終わってる。
今や初等教育にも魔法の授業は組み込まれているし、スラム街の連中だって独学で呪文を覚えてる。
読み書きと同じレイヤーの技術だ。
6歳児だけで統計を取っても初級の呪文、例えば伝話の習得率は99%を切らないだろう。
「何回も言わせないで下さい。使えないんです。だから、この身体にかけられた守護の呪文を破れないので、死のうとしても死ぬ術がなくて、殺し屋さんを頼ったんです」
「……ちなみに、属性も分からないのか?」
「属性は知ってますよ。火界・水界・風界・土界・雷界・氷界・石界・木界・金界・花界・雲界・光界・闇界・星界。空の上の遠い異世界から力を借り受けて、人間族は魔法を使う。才能はないけど、魔法使いに憧れてたから、たくさん勉強しました」
「そうじゃなくて、お前自身の属性だよ。基礎呪文も試したことないのか? 属性早見用の」
「ないです。わたしはそもそも魔法を使えない側なので、属性だって持ってません」
はっきりした。
こいつは、魔法についての一般常識を隠されてる。
魔法が誰にでも使える技術であること、属性早見、呪文の習得方法……王都の全市民が知ってると言っても過言ではない知識を、バンビランドは持たされていない。
おそらくは――魔族領に送り込まれたあと、抵抗できないように、だろう。
流石に、憐憫と同時に怒りが沸いた。
「もう、わたしの魔法の話は良いでしょう。この時間でも、何かの間違いで使用人が来たりする可能性もあるんです。すぐに始めて下さい。オニキスさんへの依頼通り、痛くない方法で、手早く、一瞬で殺して下さい」
「いや、お前は殺さないよ?」
「はい?」
「俺、悪い奴しか殺さねーんだ」
バンビランドの表情が呆然から抗議へと色を変えていく。
「そんな、依頼料はもう全額お支払いしています。今更やめるなんて無しです。取引はもう、成立しているんです」
俺は無言で懐から巾着袋を取り出し、机の上で逆さにした。
金属同士がぶつかり合う音が響く。宝玉――あらゆる鉱物の中で単位量あたりの金額が最も高いと言われる宝石。
その宝玉がひとつかみ分、机の上に広がった。
「適当に持ってきたからかなり金額アバウトだけど、今回の殺しの依頼料1000万ハク分は超えてるだろ。札束持ってくるのは面倒だったから、これにした。あ、それと」
今度は懐からシンプルなデザインの箱を取り出し、机に置いた。
「こっちも帰すわ」
オニキスが前金として受け取っていた、翡翠色の呪文結晶。おそらく売れば600万ハクは下らない代物。
バンビランドは露骨に怒ったような声音で、
「そんな、ふざけないでください。そんな風に一方的に依頼料だけ返されても困ります」
本気で怒っている声だった。
死ねないことへの焦りを孕んだ、切なる声。
その声音が、さらに俺の怒りを駆り立てた。
「そもそも、どれだけ価値があるものをもらっても、もうわたしには全然意味がないんです。異国の、それも魔族の地にひとりぼっちになるんだから。死がわたしにとっては1番の選択肢なんです」
「俺も、本気で死のうとしてた」
俺はローブをまくり、右腕があるはずの部位を露わにした。そこには、何もない。
二の腕から先が綺麗さっぱり消え去っている様は、それなりにバンビランドに衝撃を与えたようだった。
「身魔一意……人間族の使う魔法は、身体の安定のもとに成立する」
「ほんとに知識だけはしっかりあるんだな……その通り、身体が安定していない人間族は魔法が使えない。生まれた時から五体満足だった人間が腕1本失えば、身体の安定なんて皆無になる。それまで積み上げてきた魔法のスキルは崩壊する。魔法を使って戦闘するなんてもってのほか」
当時のことを思い出すと、未だに胸が締め付けられて口の中が酸っぱくなってくる。
「俺、勇者候補だったんだ。竜族も幽霊族も巨人族も、鬼族も岩石族も余裕で狩りまくって、1000年に1人の逸材だって言われて、勇者になれるってもてはやされて。それで、最後の試練で失敗して、"勇者の剣"に選ばれなくて、剣の拒絶反応で右腕を失った」
「勇者、候補……」
「そういや、名乗ってなかったな。アスト=ウィンドミル。元勇者候補の、現殺し屋だ」
俺は存在しない右手を振って見せた。
袖だけが揺れる。
「腕を失って、それまでの魔法の力も失って、魔王をこの手で倒すって野望も失って、全部失って何もなくなった。シンプルに、もう生きる意味ないなって思った――それでも今、こうして生きてる」
「……どうして、立ち直れたんですか」
「そこは正直、運だな。人に恵まれた。オニキスが俺を助けてくれた。昔みたいに魔法が使えるようにしてくれたし、魔王を倒すって野望も、もう一度目指せるって言ってくれた。だからもう一度、頑張れた」
俺は指をぱちりと鳴らした。
会話の流れを変えるという合図。
声のトーンも落とし、重要なことを伝えるというスタンスを明確にして、言った。
「提案だ、バンビランド。俺がお前をここから出してやる。代わりに俺の助手になれ」
バンビランドが俺の目を見た。岐路に立たされていることを理解した、精悍な面持ち。
「ちょうど、助手が欲しかったところなんだ。人手不足でね。俺の殺しを、手伝ってくれ。やってくれるなら、この狭い鳥かごをぶち壊して、もっと広い世界を見せてやれる」
助手になれ、という俺の提案に、バンビは困惑の色を隠さなかった。
「殺し屋の、助手」
「別にお前が誰かを殺すわけじゃない。手を下すのは俺。そのための下準備とか調査とかをやってもらう」
バンビランドは明らかに当惑していた。
当然といえば当然だ。
深窓の王女様にいきなり裏稼業、それも殺し屋の手伝いをさせようとする奴なんて初めてだろうし。
だが、俺にとって、この王女を仲間に引き入れない手はない。
仲間に入れるということは、多かれ少なかれ、”殺し”に関与させるということだ。
そこの覚悟は固めてもらった上で、連れて行きたかった。
「魔法を、使いたくないか?」
駄目押しの一言。バンビランドの動きが止まった。
「ずっと、憧れてたんだろ? そこの本棚に置いてる『スピッツ』シリーズ、俺も子供のころ読んでたからわかる。魔法使いが悪い奴らをぶっ倒して、困ってる人たちを助けたり、魔法を使って子供達を楽しませたりする、最高の物語だ。主人公が使ってるのと同じ呪文を、作中で出てくる順番に練習して習得した」
本当の話だった。
本棚を見て懐かしくなったくらいだ。
あの物語を読んで、魔法に憧れない子供はいない。
普通はその憧れを鍛錬へと昇華させるが、こいつにはそれが出来なかった。
出来ないと思い込まされていた。
だからこそ、その胸に堆積した思いの深さは計り知れない。
「お前が魔法を使えないのは、才能がないからじゃない。才能を隠されていたからだ。本棚を見た限りじゃ、魔法が専門技能だった時代の書物だけに搾られてる。最近の物語本は置いていない。お前の頭に、魔法は魔法使いにしか使えないと刷り込ませるためだ」
魔法は才能と敵性と鍛錬次第で、女子供でも十分な戦闘能力を有することのできる技術だ。
反逆の力を与えないよう、牙を予め抜かれていた訳だ。
「大方、何かしらの妨害系の呪いもかけて、万一お前が試しに基礎呪文を唱えてみようとしたとしても発動しないようにはしてあるんだろうけど……とにかく、そんなのは何の問題もない。俺でもオニキスでも、その程度の呪いは余裕で解呪できる。努力すれば、どんな魔法だって使える」
バンビランドの目に、微かな光が灯るのを感じた。
「外に出たら、殺し屋さん――アストさんのこと、もっと教えて下さい。それで、殺すというお仕事がどういうことなのか、自分の中で折り合いがつけられたら――受けます。アストさんの助手に、なります」
決して軽率に判断しない。天然ではあるが、愚ではないのだなと理解する。
「よしきた。それでいい、取引成立だ」
俺は机の上の宝玉やら呪文結晶やらをまとめて巾着に入れ、バンビランドの右手に握らせた。
「あんたの命、俺が買い取るよ」
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