* 5話 * 魔腕の夜 *
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「それで、どうやってここから出るんですか? 結界のせいで、魔法が使えないんでしょう? わたしも一緒に出るとなると、入ってきた時みたいにはいかないですよね」
不安そうなバンビランド。
「ああ、問題ないよ、何も心配すんな」
バンビランドの問いに、講釈がてら説明する。
「魔法は〈火界〉やら〈水界〉やら、この空の彼方の〈別世界〉から力を借り受けて発動する」
「はい、それは知っています」
「んで、この王宮に張られている結界の中で1番やっかいなのは、登録された魔力以外で別世界とつながることを禁じる効果をもってるやつだ。魔法が使えない上に、使おうとすればすぐに警備の連中が感知して即厳戒態勢が敷かれる」
「はい、そうだと思います」
バンビランドは頷きながら熱心に聞いている。やはり、魔法に関しての熱量、知識欲は人一倍なようだ。
「で、シンプルに説明すると、俺は魔法を使う人間族の中でも例外中の例外。別世界の力を借りなくてもいくつか魔法を使える。分かりやすいだろ?」
「……けど、仮にアストさんが魔法を使えるとしても、わたしは許可を得たときでないとここから出られないんです」
「それは、単純な言いつけとかルールって意味ではなく、物理的に、か?」
「……何度もこっそり抜け出そうとしました。けど、そのドアを開けようとする度に身体に電流が走って、動けなくなって……窓からカーテンを垂らして降りようともしましたが、同じ結果になりました」
「なんとまあ。それも呪いのせいだな。魔法を使えないようにする呪い、この部屋から出られないようにする呪い。おまけに守護の呪文で自殺防止」
数え上げながら、バンビランドの処遇の非道さにあらためて驚く。
「全部忘れろ。お前を閉じ込める檻は、全部消す」
俺は自分の右腕へと意識の照準を合わせた。
「早速行こう、バンビランド。左腕にがっちりしがみついとけ。そして、せっかくなんだし――よく見とけ、そこから見える景色を」
そこで、バンビランドがぴしりと手を上げた。
少し頬が赤い。
「あの、1つお願いが」
「何だ?」
「バンビって呼んでください。毎回ファーストネーム全部呼ばれると、なんだか照れくさいので」
俺はにっこりと頷いた。
「オッケー。飛ぼうぜ、バンビ」
目を閉じ、存在しない右腕を天高く掲げる。
「――契りしは腕、魔の覇の欠片。遊星の加護、連銀河の盟約。離散封印から幾星霜、人と魔の境を超え蘇り宿れ」
詠唱とともに、俺の無いはずの右腕が疼き始める。
「破片――《魔腕》再誕」
次の瞬間、室内の空気が蠢いた。
氷が割れるような乾いた破裂音が響き、ゆらぐ。
室内に渦巻く魔力が、まるで怒っているかのように鳴動する。バンビがびくりとなって俺の左腕を握る力を強めた。
一筋の閃光が俺の右腕の空白から発散し、やがてひとつの形を成した。
炎や電光のような、不定形で妖しい輝きを放つ、腕。
「魔腕――それ自体が魔力を産生し、保持者の属性の魔法を出力できる代物だ」
俺はバンビの手を引いて窓の側へと移動すると、魔腕を部屋の中央へとかざした。
つられて、部屋の気配がうねる。
「今からこの部屋を消す。お前をこの部屋につなぎ止めてる呪いもろとも、な」
対象範囲を示す修飾句を述べると、最後に高らかに宣唱した。
「キャスト――星片『宇宙崩壊』」
宣唱と共に、部屋の中央に一点だけ浮き立つ、小指の爪ほどもない大きさの球体が出現する。
次の瞬間、部屋の中のあらゆる物体が色を失った。
部屋のあらゆる物体が持っていた色が、その小さな球体へと吸い込まれていく。
あらゆる物体の彩色が黒へ、黒へ。
色の次は、輪郭が失われた。
机や椅子やベッド、床の石目、扉の幾何学模様、ランプ、羊皮紙とインク瓶、全ての物品の輪郭が球体へと吸い込まれていった。
部屋を構成していたあらゆる線と面が消え失せ、部屋全体が闇色に溶ける。
やがて黒の終わりが見えないほどの濃さを持った。
宇宙崩壊――規格外の重力により、すべてを収縮させ無に帰す、魔腕固有の〈星〉属性呪文。
バンビは必死で悲鳴をこらえているようだった。
悲鳴によって警備兵を呼んでしまうことを避けるためだろう。
だが、魔腕を発動した時点で悲鳴なんかとは比べものにならないくらいに、この王宮に衝撃を走らせている。
何しろ、奴らが血眼になって探していた”魔腕”がいきなり出現したのだ。
悲鳴のひとつふたつ、影響は皆無に近い。
俺は可笑しいと思うよりも先に、バンビのひたむきさに好感を覚えた。
「これで、お前をこの部屋に縛っていた呪いは消えた」
俺はローブの内から仮面を取り出した。
東国の鬼を模しているらしい、般若仮面。顔を隠す必要があるときは、好んでこれを使っている。
「顔は見せらんねーからな――次来るときのために」
「あの、わたしの顔は隠さなくても……?」
「お前は顔を隠さなくていい。むしろ――見せつけとかないと、な」
バンビが訝しげな顔をするのをよそに、
「飛ぶぞ」
俺は闇に消えていく部屋を見届けつつ、窓の外へと身を投げ出した。
バンビはついに耐えきれず、甲高い悲鳴を王宮中へ響かせた。
演出としては悪くない。
地上へ真っ逆さま――とはならず。
部屋に広がる無を眺めながら、俺とバンビは宙に浮いていた。
魔腕の発動中は、程度の制約はあるが、この星の放つ力に好き放題干渉することができる。
重力に干渉して宙に浮くくらいは朝飯前だ。
窓の外は、当然ながら夜空が広がっている。
おそらくこの部屋は、俺の身長の50倍程度の高さだろう。
王宮の中でも特に南端に位置するため、王宮が一望できる。
「こ、このまま飛んで出て行くんですか?」
バンビが震える声でそう訊いた。
「いや、もうすでに王宮中が大騒ぎで侵入者狩りの態勢を整えてるだろうし、王宮外に出さないようガチガチに結界固めてるはずだ。普通には出られないよ。ほら、見てみ?」
王宮内の赤と黄色の光の線が幾重にも放たれるのが見えた。
耳の痛くなるような警笛のおまけつき。
侵入者ありの合図だろう。
もたもたしている時間はない。
「済ませとかないといけないミッションもあるしな。とりあえず、魔腕由来以外の呪文も使えるようにしとくわ」
俺は天頂方向に向けて魔腕をかざした。
「キャスト。星片『月震』」
宣唱とともに、俺の周囲の空間がひび割れたようにひしめいた。
王宮に張られていた結界のうち、呪文を使えなくする効果をもつものを壊したのだ。
全ての結界を破壊するのは流石に骨が折れるが、一部ならば魔腕の呪文でいける。
早速、俺は魔力を練り、呪文を唱えた。
「キャスト――木界『伽仮死』/闇界『闇夜行路』」
宙に一体の人形が出現した。
バンビとまったく同じ体型・服装の、木製人形。質感も色合いも、木とは思えない精度に仕上がっている。
さらに闇界の呪文により、バンビの姿が闇のカーテンに覆われた。
本物は隠れ、偽物が宙に浮く。
遠目であれば十分、誤認させられるクオリティだ。
「何者だ!」
タイミングよく警備兵数名が俺の姿をみとめたらしく、刺すような叫び声が飛んできた。
まあ刺したくもなるだろう、王宮に侵入者が出た時点で、警備関係者は監督者も現場も激重ペナルティ間違いなしだろうし。
だが、そんな事情を慮ってやるつもりはない。
自分の仕事が果たせないレベルの実力なのが悪いのだ。
俺は重力操作によって、木製の人形を尖塔に押しつけた。
磔状態になるバンビ(のダミー人形)。
「貴様、何をしている!」
「あの黒髪は……バンビランド様か?」
戸惑う警備兵達に見せつけるように、俺は火属性の呪文を宣唱した。
「キャスト。火界『即強炎撃』」
すぐさま、磔にされたバンビのダミー人形から炎が吹き上がった。
生存の可能性など微塵も残さないレベルの大炎上。
燃え盛る炎を纏いながら、バンビ(ダミー)が地へと落ちた。
肉体が墜落したイメージとして満点の、ぼとり、という嫌な音が低く響く。
「な、何てことを!」
「隊長、私が討ちます! キャスト! 金界『銀融矢刃』」
警備兵の放った銀の矢の大群が俺へと迫る。
バンビが闇のカーテンのなかで俺を手をぐっと握りしめた。
「心配すんな」
魔腕発動中で、制空権まで得てる状況なのだ。
この程度の魔法は小雨にも及ばない。
魔法を使うまでもなかった。
俺は迫り来る矢の群れに向けて魔腕を振りかざした。
それだけで十分だった。
「馬鹿な――」
上空の俺へと目がけて放たれた矢は、あと拳3個分あれば俺に突き刺さる位置で、その向きを変えた。
魔腕の力――重力操作により、銀の矢にはたらく重力が強化され、矢はすべて発動者のもとへと返っていく。
重力加速のおまけつき。
もっとも、数本以外は全て軌道を逸らしてある。
末端の警備兵を殺したところで俺には何の得もない。
ビビらせるだけで十分だ。
敵を撃ち抜くはずが、逆に矢が降ってくるのはなかなかの恐怖だろう。
目下の警備兵数名が腰を抜かすのを確認すると、俺は最後の仕上げに入った。
魔腕で尖塔の外壁を削り、文字を刻みつける。
――”Who the next Prince ??????”
適当に、王子を狙った連続殺人と思わせるための犯行声明もどき。
センスは必要ない。伝われば良いのだ。
「……わたしは、死んだことになるってことですか」
闇のカーテンの中でバンビが小さく呟いた。
「寂しいか?」
「もし、家族や使いの者たちに寂しいと思われていないのなら、流石に寂しいですけど。今の、現状の、わたし個人の感想としては――心臓のどくどくが、止まらなくて、やばいです」
興奮を抑えるように、バンビが言った。
「ここまでここまで進捗は完璧だ。あとはなるべく王宮の中央に近づいて――」
そこで、俺が言い終わる前に、背筋を通り抜けるような殺気が俺を刺した。
思わず魔腕でバンビをかばう。
次の瞬間、宵闇を断ちながら、黄金色に輝く稲妻が俺へと飛来した。
稲妻は、王宮の中央――上位王子たちの住まう宮殿から飛んできていた。
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