表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
28/41

* 27話 * 領主ライズ=マーシャル *




 さすがに、自分から出向いてくる標的など、初めてだった。



「ライズ領が領主、ライズ=マーシャルだ。遊びに来てやったぜ、市民ども」



 基調は黒ながら、所々に金細工を散りばめた派手な衣装に、たてがみのように逆立った金髪。

 盛り上がった筋肉にはいくつも傷跡が走り、見ただけで痛々しい気分になる。


 圧倒的な存在感をもって、ライズは酒場の入口で仁王立ちしていた。



 すぐさま俺はオニキスに伝話(ベースバンド)をつないだ。

 ライズへの注意を維持しつつ、脳内での会話を始める。



「ターゲットが自分から出てきやがった。この距離なら間違いなく殺せる。やっていいか?」



 実際、この状況なら間違いなく殺れる。

 カヴンの魅了の圏内だし、そもそも俺の呪文でも十分撃ち抜ける距離感だ。

 標的の警戒心も見るからに薄い。



 オニキスの応答は早かった。



()()()()。適当にいなして、無傷で帰してあげて。他の人たちにも手を出させないで.。万が一にでも、今殺されるのは非常に困る』



 迷いの一切ない、即断即決での待機命令。


 さすがにそこまでがっつり否定されるとは思わず、少し強めに聞き返す。


「今なら俺とカヴンの手柄になる形で殺せるのに、か? 何考えてる」



 だがオニキスは揺るぎない声音で、


『とにかく待機。うまく帰してね。がんばれ』



 そう言って、有無を言わせずに伝話を終了してきた。



――何なんだ、一体。



 元々、()()()()()()()()()()だという妙なオーダーのついた依頼ではあったが、それにしてもこのオニキスの強固な態度には疑問が拭えない。



 俺は改めて、突然の闖入者・ライズ=マーシャルへと意識の焦点を戻す。



「領主様がこんな場末の酒場に、一体何のご用件で?」



 酒場の連中が呆然と沈黙しつづける中、カヴンが挑発的ともとれる口調でライズへそう言った。


 この意味の分からないタイミングで登場した、皆が持て余している領主の男――そいつと対峙しているのはあたしなんだ、というメッセージを示すための第一声。


 カヴンはきちんと役割を心得ている。



「この街じゃなかなか見かけねぇタイプの美人だな。旅人か? お前だな、最近人間族の連中を焚きつけて、魔族を狩りまくってるって奴は」



「だったらどうします?」



 あくまで余裕の表情を崩さずにカヴンがそう返すと、ライズは芝居がかかった動きで指を振りながら、



「俺は別に責めてるわけじゃねえ。むしろ大いに感謝している。これこそが俺の望んでいた()()()()()()()だ。お前、名前は?」



「カヴン=デフラワー」



「カヴンよ。俺の願望は戦乱をこの領地に蔓延させ続けることだ。そのためには、領民全員が所属する何かしらを使って、二項対立をつくってやるのが手っ取り早い」



 ライズは側に置いてあった地ビールの瓶を掴むと、栓の部分を瓶ごと親指で折り飛ばし、豪快に飲んだ。

 そのままカヴンへと向き直り、理解しがたい説明を続ける。



「別に二項は何でもいい。男対女でも、大人対子どもでも、権力者対一般領民でも、な。で、なかでもとびっきり優秀な二項対立が、人間族対魔族ってわけだ」



嬉々として理想を語るライズに、若干気圧されたように、カヴンが聞き返す。



「何のために、そんな」



「好きなんだよ、誰かと誰かの争いを眺めるのが。何なら女を抱くよりも好きかもしれない。戦渦、戦火、騒擾ーー戦場を眺めることは、俺の欲求の最上位にある」



「……控えめに言って、領主にはあって欲しくない願望ね」



 俺にはカヴンがだんだんと素に戻り始めているのが分かった。

 酒場の皆のリーダーとしてではなく、素の自分の嫌悪感を表に出し始めている。



「ああ、俺もそう思うぜ。領民からしたらたまったもんじゃねえよな。だが、どっこい、俺は領主だ。王宮から指名され、もう何年もこの座についてる。魔族を領地に迎え入れることも黙認だ」



「……」



「王宮が言うには、魔族との戦争に備えたテストケースをつくるって名目で、黙認してくれてるらしいぜ。魔族との戦闘の知見を貯めるための実験場ってわけだ」



「あなたのしていることはただ領民を疲弊させているだけ。そこには何の軍事的価値もないわ」



「はは、そうだろうな。まったくだ。同意見だぜ。だがその文句は王宮に言ってくれ。俺はただ、自分の欲望をこいつら領民に満たしてもらってるだけだ。戦争への備えなんて知ったこっちゃねぇ」



 不遜さを隠そうともしない、堂々たる独白。



「それであんたは、何しにここに来たんだ」



 カヴンに代わり、俺が横から問いかけた。

 ライズは嬉しそうに俺へと向き直り、



「ほう、お前もなかなかいい面構えだな。隻腕か。なるほどな、旅人はそっちのカヴンだけじゃないってわけだ。そっちのお嬢ちゃんもか? ……お前はどっちかっっつーと、いいとこのお嬢様、って感じだな。荒事には向かなそうだ」



 俺は呆気にとられつつ、それを悟られないよう真顔を保った。

 バンビの服装はオニキスが用意したもので、メイドイン裏王都の安い生地のものだ。

 外見から“お嬢様”



――この男、ただの屑領主ってわけじゃないのかもしれない。



「わ、わたしはお嬢様なんかじゃ――」


 バンビが震える声で抗議しようとするのを遮り、俺はライズへと再び問い質した。



「何をしに来たんだ、と訊いているんだが」



「いいねぇ、嫌いじゃないぜ、その敬意のかけらも無い態度。俺がここに来たのは、最初に言ったとおり挨拶だ、挨拶。人間族をまとめあげる旅人の顔を見ときたくてな。そこの秘書のルリジサからは文句言われまくったけど、無理を通して来たんだよ」



 そこで俺は初めて、ライズの背後に立つ女に気づいた。

 銀髪をアシンメトリーに仕上げた髪型に、青白い肌。両目は前髪で隠れており、表情が読めない。


 俺が認識し漏れるほど完璧に、気配を消していた――警戒心がじりじりと上がる。


 秘書と言っているが、おそらくはボディガードも兼ねている。

 そして、彼女を認識した途端に、思い出したように右腕が痺れるように疼き始めた。



 魔族を部下にしている領主――その思想と合わせて、最低最悪の男という認識。



「ま、ドブみてえな味がする酒しかねぇ酒場も、たまにはいいもんだ。領民どもの顔も見れて、為政者としてはこの上ない休日だ。満足してるぜ。それじゃ、引き続き、魔族と小競り合いを続けてくれよな」



 ライズが笑顔でそう言うのへ、ばたばたと足音を響かせながら突進する1つの影。



「し、ししし死ね屑野郎――!」



 どもりながら叫び、スキンヘッドの男が一直線にライズへと向かっていく。

 手には研磨の呪文をまとった宝剣。

 斬り伏せる気だ。



 生きて帰せ、というオニキスの指示が頭をよぎる

 が、ライズの余裕の表情から、そもそもその刃がライズに届くことが無いことを悟り、俺は逆にスキンヘッドを守るための呪文を宣唱した。



「キャスト! 星界『星雲招(ネヴュラアワード)』」



 スキンヘッドの男の周りを、重力の盾が覆う。

 同時に、背後に立った銀髪の女――ルリジサが、スキンヘッドへ右手をかざした。



 途端に、スキンヘッドの身体が鞠のように弾み、吹っ飛んだ。

 酒場のカウンターへとひっ飛び、色とりどりの酒瓶をぶちまけながら倒れ伏した。


 おそらくは、()()()()()()()()()けの、呪文ですらない、最も原始的な攻撃。

 膨大な魔力量があるからこそできる芸当。

 俺の盾がなければ、スキンヘッドの身体はバラバラになっていただろう。



 ライズはがはははと豪快に笑いながら、


「死ねって言われてもなぁ、俺はその程度じゃ死なねぇよ。用があるならリカーの湯に来い。夜は大抵、そこで風呂に入ってる。裸一貫、いつでも腹を割って受けて立つぜ」



「死ぬときは女の膝の上であって欲しいもんだ。そう――そこのカヴンみたいな、ちょっとだけ熟れた美人の膝上で、な」



 カヴンが不快さを示すように目を細めた。

 それを受け手も、ライズのご機嫌な態度は変わらず、今度は俺へと顔を向ける。



「星属性か――()()()()()()()()()()()()()()。また会えるのを楽しみにしてるぜ。お前みたいな男の戦いを、俺は見たい」



「……俺は別に戦いたくないし、見られたくもないが」



 俺のコメントを無視して、ライズが人差し指を立てた。



「お前の顔を立てて、1つ教えといてやろう。タフな旅人達の加勢を考慮して、少し魔族側に()()()()した。俺がこの領に招き入れた魔族は位階8以下だけだが、お前らだとそれを簡単に潰しちまいそうだからな」



 嘘だ、という直感が脳内でこだまする。

 魔腕の疼きの強さからして、ライズの後ろに立っているルリジサは、明らかに位階10以上の実力がある。



「バランス調整として、グリゴレって奴を連れてきた。面白いスキルを持ってる奴だ、まあ遊んでやってくれや」



「――意味が分からない」



「簡単に終わっちまったらつまらねぇだろう。もっと手に汗握る戦闘を繰り広げてくれや。ワンサイドゲームって言葉は俺がこの世で最も嫌いな単語でな」


 

 ライズは懐から革袋のようなものを取り出すと、逆さにして中身をぶちまけた。

 からからと音を立て、中身が転がる。

 


「ドブ酒代と店の修理代だ、とっとけ。このくらいで足りるだろ」



 中身は全て銅貨――この領地で最も価値が低い貨幣。

 おそらくライズが落とした分全てかき集めても、グラス一杯分のビール代にも満たない。



 あからさまな侮蔑と嫌がらせ――性格の悪さ。



「よし、帰るぞ、ルリシザ。いい夜だ、河岸を変えるぜ。もう少しドブ酒が飲みてえ気分だ」



 そう言って、嵐のような領主の来訪が終わり、後には呆気にとられた人間族たちだけが残された。




お読みいただきありがとうございます!

最新話の最下部に評価欄があるので、もしよければよろしくお願いします!


次回は12/3(火)更新予定です◎

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ