* 27話 * 領主ライズ=マーシャル *
さすがに、自分から出向いてくる標的など、初めてだった。
「ライズ領が領主、ライズ=マーシャルだ。遊びに来てやったぜ、市民ども」
基調は黒ながら、所々に金細工を散りばめた派手な衣装に、たてがみのように逆立った金髪。
盛り上がった筋肉にはいくつも傷跡が走り、見ただけで痛々しい気分になる。
圧倒的な存在感をもって、ライズは酒場の入口で仁王立ちしていた。
すぐさま俺はオニキスに伝話をつないだ。
ライズへの注意を維持しつつ、脳内での会話を始める。
「ターゲットが自分から出てきやがった。この距離なら間違いなく殺せる。やっていいか?」
実際、この状況なら間違いなく殺れる。
カヴンの魅了の圏内だし、そもそも俺の呪文でも十分撃ち抜ける距離感だ。
標的の警戒心も見るからに薄い。
オニキスの応答は早かった。
『ダメだよ。適当にいなして、無傷で帰してあげて。他の人たちにも手を出させないで.。万が一にでも、今殺されるのは非常に困る』
迷いの一切ない、即断即決での待機命令。
さすがにそこまでがっつり否定されるとは思わず、少し強めに聞き返す。
「今なら俺とカヴンの手柄になる形で殺せるのに、か? 何考えてる」
だがオニキスは揺るぎない声音で、
『とにかく待機。うまく帰してね。がんばれ』
そう言って、有無を言わせずに伝話を終了してきた。
――何なんだ、一体。
元々、ただ殺すだけでは駄目だという妙なオーダーのついた依頼ではあったが、それにしてもこのオニキスの強固な態度には疑問が拭えない。
俺は改めて、突然の闖入者・ライズ=マーシャルへと意識の焦点を戻す。
「領主様がこんな場末の酒場に、一体何のご用件で?」
酒場の連中が呆然と沈黙しつづける中、カヴンが挑発的ともとれる口調でライズへそう言った。
この意味の分からないタイミングで登場した、皆が持て余している領主の男――そいつと対峙しているのはあたしなんだ、というメッセージを示すための第一声。
カヴンはきちんと役割を心得ている。
「この街じゃなかなか見かけねぇタイプの美人だな。旅人か? お前だな、最近人間族の連中を焚きつけて、魔族を狩りまくってるって奴は」
「だったらどうします?」
あくまで余裕の表情を崩さずにカヴンがそう返すと、ライズは芝居がかかった動きで指を振りながら、
「俺は別に責めてるわけじゃねえ。むしろ大いに感謝している。これこそが俺の望んでいた理想の戦乱状態だ。お前、名前は?」
「カヴン=デフラワー」
「カヴンよ。俺の願望は戦乱をこの領地に蔓延させ続けることだ。そのためには、領民全員が所属する何かしらを使って、二項対立をつくってやるのが手っ取り早い」
ライズは側に置いてあった地ビールの瓶を掴むと、栓の部分を瓶ごと親指で折り飛ばし、豪快に飲んだ。
そのままカヴンへと向き直り、理解しがたい説明を続ける。
「別に二項は何でもいい。男対女でも、大人対子どもでも、権力者対一般領民でも、な。で、なかでもとびっきり優秀な二項対立が、人間族対魔族ってわけだ」
嬉々として理想を語るライズに、若干気圧されたように、カヴンが聞き返す。
「何のために、そんな」
「好きなんだよ、誰かと誰かの争いを眺めるのが。何なら女を抱くよりも好きかもしれない。戦渦、戦火、騒擾ーー戦場を眺めることは、俺の欲求の最上位にある」
「……控えめに言って、領主にはあって欲しくない願望ね」
俺にはカヴンがだんだんと素に戻り始めているのが分かった。
酒場の皆のリーダーとしてではなく、素の自分の嫌悪感を表に出し始めている。
「ああ、俺もそう思うぜ。領民からしたらたまったもんじゃねえよな。だが、どっこい、俺は領主だ。王宮から指名され、もう何年もこの座についてる。魔族を領地に迎え入れることも黙認だ」
「……」
「王宮が言うには、魔族との戦争に備えたテストケースをつくるって名目で、黙認してくれてるらしいぜ。魔族との戦闘の知見を貯めるための実験場ってわけだ」
「あなたのしていることはただ領民を疲弊させているだけ。そこには何の軍事的価値もないわ」
「はは、そうだろうな。まったくだ。同意見だぜ。だがその文句は王宮に言ってくれ。俺はただ、自分の欲望をこいつら領民に満たしてもらってるだけだ。戦争への備えなんて知ったこっちゃねぇ」
不遜さを隠そうともしない、堂々たる独白。
「それであんたは、何しにここに来たんだ」
カヴンに代わり、俺が横から問いかけた。
ライズは嬉しそうに俺へと向き直り、
「ほう、お前もなかなかいい面構えだな。隻腕か。なるほどな、旅人はそっちのカヴンだけじゃないってわけだ。そっちのお嬢ちゃんもか? ……お前はどっちかっっつーと、いいとこのお嬢様、って感じだな。荒事には向かなそうだ」
俺は呆気にとられつつ、それを悟られないよう真顔を保った。
バンビの服装はオニキスが用意したもので、メイドイン裏王都の安い生地のものだ。
外見から“お嬢様”
――この男、ただの屑領主ってわけじゃないのかもしれない。
「わ、わたしはお嬢様なんかじゃ――」
バンビが震える声で抗議しようとするのを遮り、俺はライズへと再び問い質した。
「何をしに来たんだ、と訊いているんだが」
「いいねぇ、嫌いじゃないぜ、その敬意のかけらも無い態度。俺がここに来たのは、最初に言ったとおり挨拶だ、挨拶。人間族をまとめあげる旅人の顔を見ときたくてな。そこの秘書のルリジサからは文句言われまくったけど、無理を通して来たんだよ」
そこで俺は初めて、ライズの背後に立つ女に気づいた。
銀髪をアシンメトリーに仕上げた髪型に、青白い肌。両目は前髪で隠れており、表情が読めない。
俺が認識し漏れるほど完璧に、気配を消していた――警戒心がじりじりと上がる。
秘書と言っているが、おそらくはボディガードも兼ねている。
そして、彼女を認識した途端に、思い出したように右腕が痺れるように疼き始めた。
魔族を部下にしている領主――その思想と合わせて、最低最悪の男という認識。
「ま、ドブみてえな味がする酒しかねぇ酒場も、たまにはいいもんだ。領民どもの顔も見れて、為政者としてはこの上ない休日だ。満足してるぜ。それじゃ、引き続き、魔族と小競り合いを続けてくれよな」
ライズが笑顔でそう言うのへ、ばたばたと足音を響かせながら突進する1つの影。
「し、ししし死ね屑野郎――!」
どもりながら叫び、スキンヘッドの男が一直線にライズへと向かっていく。
手には研磨の呪文をまとった宝剣。
斬り伏せる気だ。
生きて帰せ、というオニキスの指示が頭をよぎる
が、ライズの余裕の表情から、そもそもその刃がライズに届くことが無いことを悟り、俺は逆にスキンヘッドを守るための呪文を宣唱した。
「キャスト! 星界『星雲招』」
スキンヘッドの男の周りを、重力の盾が覆う。
同時に、背後に立った銀髪の女――ルリジサが、スキンヘッドへ右手をかざした。
途端に、スキンヘッドの身体が鞠のように弾み、吹っ飛んだ。
酒場のカウンターへとひっ飛び、色とりどりの酒瓶をぶちまけながら倒れ伏した。
おそらくは、魔力をただ放っただけの、呪文ですらない、最も原始的な攻撃。
膨大な魔力量があるからこそできる芸当。
俺の盾がなければ、スキンヘッドの身体はバラバラになっていただろう。
ライズはがはははと豪快に笑いながら、
「死ねって言われてもなぁ、俺はその程度じゃ死なねぇよ。用があるならリカーの湯に来い。夜は大抵、そこで風呂に入ってる。裸一貫、いつでも腹を割って受けて立つぜ」
「死ぬときは女の膝の上であって欲しいもんだ。そう――そこのカヴンみたいな、ちょっとだけ熟れた美人の膝上で、な」
カヴンが不快さを示すように目を細めた。
それを受け手も、ライズのご機嫌な態度は変わらず、今度は俺へと顔を向ける。
「星属性か――本当の強者はお前だな、隻腕の男。また会えるのを楽しみにしてるぜ。お前みたいな男の戦いを、俺は見たい」
「……俺は別に戦いたくないし、見られたくもないが」
俺のコメントを無視して、ライズが人差し指を立てた。
「お前の顔を立てて、1つ教えといてやろう。タフな旅人達の加勢を考慮して、少し魔族側にテコ入れした。俺がこの領に招き入れた魔族は位階8以下だけだが、お前らだとそれを簡単に潰しちまいそうだからな」
嘘だ、という直感が脳内でこだまする。
魔腕の疼きの強さからして、ライズの後ろに立っているルリジサは、明らかに位階10以上の実力がある。
「バランス調整として、グリゴレって奴を連れてきた。面白いスキルを持ってる奴だ、まあ遊んでやってくれや」
「――意味が分からない」
「簡単に終わっちまったらつまらねぇだろう。もっと手に汗握る戦闘を繰り広げてくれや。ワンサイドゲームって言葉は俺がこの世で最も嫌いな単語でな」
ライズは懐から革袋のようなものを取り出すと、逆さにして中身をぶちまけた。
からからと音を立て、中身が転がる。
「ドブ酒代と店の修理代だ、とっとけ。このくらいで足りるだろ」
中身は全て銅貨――この領地で最も価値が低い貨幣。
おそらくライズが落とした分全てかき集めても、グラス一杯分のビール代にも満たない。
あからさまな侮蔑と嫌がらせ――性格の悪さ。
「よし、帰るぞ、ルリシザ。いい夜だ、河岸を変えるぜ。もう少しドブ酒が飲みてえ気分だ」
そう言って、嵐のような領主の来訪が終わり、後には呆気にとられた人間族たちだけが残された。
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次回は12/3(火)更新予定です◎




