* 25話 * サレガとシーカー *
「みんなで、この街から魔族を追い出さない?」
一同がざわつく。
縛り上げた酒場の客たちに向かってカヴンが言い放ったその誘い文句は、客の困惑を加速させたようだった。
「あたしたち、シンプルに魔族が嫌いなんだ。だからこの街に来て正直びっくりした。ここ、人間族の領土でしょ? 何で魔族がのさばってるの? 入領したとたんに魔族から襲われたんだけど」
カヴンの問いかけに、客たちの表情が困惑から気まずさへとシフトしていく。
自分たちの街で魔族が跋扈していることに、情けなさや悔しさを感じているのが見て取れる。
「ここの住民達は何してるんだろ、って思ったよ。なに、魔族に食われることに興奮しちゃう性癖でもあるわけ?」
あからさまな煽り口調。
客のひとりが、弱々しく抗議の声を上げた。
「だってよぉ、あのバカ領主が……」
「領主が変わり者で、魔族の入領を許可してるって話は知ってる。けど、それならもっと声を上げるべきじゃない? この酒場にいる人たちはそれなりに腕の立つ強者揃いだってきいてるけど?」
煽るようなカヴンの言葉に、客たちはまたしゅんとなる。
縛られて座らされている状況では、強者という言葉は虚しく響くのみだ。
「ここでお酒飲んでたむろしてるだけでいいの? じわじわ魔族がのさばって、それを横目に見ながら知らんぷりして。正直、情けないでしょ」
相手を責める言葉。
相手を下げて下げて――そして、上げる。
「あたしが見てる感じでは、あなたたちは強いよ。これは嫌味でもなんでもない。今の戦闘、全体見てたけど、あたしより強いかなって人もいたわ。あたしの呪文は初見殺しだから、今日はあたしに勝てなかったって人もいるだろうけど――とにかく。あなたたちは、弱くない」
ド頭できつめに相手を否定しつつ、最後に相手を肯定するアップダウン激しめの扇動。
あんまり褒められた手法じゃないが、手法を選んでる暇はない。
”誘い屋”の本領発揮。
「だから、提案してるの。魔族、追い出さない? そのために、ライズ? とかいう奴も領主の座から引きずり下ろそうよ」
再度、カヴンがそう提案する。
「ライズの失脚と魔族の追放。難易度は高いが、決して不可能じゃないし、達成したときのリターンもでかい。有意義なミッションだ」
俺からも、駄目押しの援護射撃。
「あたしより強いよ」とカヴンに言わしめた男であるところの俺がそう付け加えることは、カヴンの言葉の説得力を補強することができるだろう。
少しの間、静寂が酒場に降りた。
だが、明らかに先ほどまでとは異なる、前向きな空気が生まれているのが分かった。
「私は、あなたと同じ考えだよ、カヴン=デフラワーさん」
口火を切ったのは、カヴンと対峙した少女、サレガだった。
「カヴンでいいよ、サレガちゃん」
「OK、カヴン。私はサレガ=スワル、バックパッカーをしてる。いろんな国を渡り歩いてきて、色んな情勢を見てきた。領主の圧政に耐えかねて、民衆が立ち上がって戦いを挑むところも」
なるほど、バックパッカーだったか。
小柄な身体に似合わない馬鹿でかいリュックサックの謎が解ける。
「昔は、”何か荒事があったらガラクラ酒場の連中を頼れ”って言われてたんでしょ? なら、魔族と戦おうよ。私も、魔族と戦ってみたい」
少女の声に、意志の強さが見え隠れしている。
カヴンの提案を別にしても、魔族と戦いたいという意向があるようだった。
「ここに来てまだ数週間の余所者だからこそ、分かるんだけど……ここの人たちは、強いけど協力しない。個々でしか動かない。それが問題なんだと思う。」
「いいこと言うね、サレガちゃん。そう、今だって、まとめて束になってあたしにかかってこられたら、たぶんあたしは負けてた。それでもあたしが挑発したのは、あんたたちがまとまりのない集団だって分かってたからだよ」
「あんたたちは、やれる。あたしはそのために来た。ついてきなよ」
そう言って、カヴンは客を縛っていた荊を消した。
自由になった客たちは立ち上がり、カヴンを見た。
意志の火が宿った瞳で。
「あんたについて行けば、あの領主をぶちのめせるのか」
「そ。実はあたしたちがここに来たのって、ライズを引きずり下ろせって依頼を受けたからなんんだ。で、地元の皆さんと共同戦線を張りたくて、この酒場に来た」
「それなら、言わせてもらう。――出来ることなら何でもやるぜ。よろしく頼む、カヴンの姉御」
客のひとり――スキンヘッドの男が力強くそう言った。
「姉御はよしてよ」
カヴンが笑いながら手を振る。
酒場に一体感とそれによる高揚感が生まれ、良い雰囲気になっていた、その時。
「誰だ、あんたら」
地を撫でるような低い声が、入口から飛んできた。
モスグリーンのガウチョハットを被った、鋭い目の男。
「シーカー。どうしたんだ、こんな遅い時間に珍しいじゃねぇか」
客のひとりが声をかける。
男の名はシーカーというらしい。
サレガの言葉を思い出す――”たぶん、この界隈で一番強いの、私かシーカーのどっちかだと思うよ”。
男は首をかしげながら、
「何言ってんだ、そろそろあいつが来る時間だろ?」
そう短く言った。
途端に、酒場にどよめきが起きる。
「そうか、忘れてた! あいつが来る日か」
バーカンの奥から、店主の嘆くようなひとこと。
「なんですか、誰が来るんですか?」
バンビの問いに、サレガが答える。
「以前、店長が道端でいちゃもんつけられた魔族がいて、お前の店荒らしに行くからって宣言されてたんです。わざわざ日時まで指定して。もうすぐ来ます、たぶん仲間連れで」
「そんな日付忘れないでくださいよ……!」
バンビのつっこみに、店主のおっさんが不平を漏らす
「あんたらのインパクトがでかすぎて、忘れてたんだよ!」
「ああ、それはすみません……」
一連のやりとりを見ながら、シーカーは怪訝そうな顔つきを俺たちに向けた。
「結局、あんたたちは何者なんだ?」
「あたしはカヴン=デフラワー。あなたたちと共同戦線を張りに来たの」
「ちょうど今、カヴンたちと組んで、魔族を殺しまくって、ライズを領主から引きずり降ろして、魔族をこの街から甥だそうってことに決まったんだよ」
サレガの言葉に、シーカーはまゆをひそめた。
「あんたらは、それが出来ると思ってるのか?」
「もちろん、出来るよ」
カヴンがにやりと笑ってそう言ってのけた。
「この人たちは、強いよ、シーカー」
サレガの後押しに、シーカーはかぶりを振った。
「おれは目で見たものしか信じないクチだ。今日来る魔族、俺が返り討ちにしようと思ったが――あんたら、やってみせてくれよ」
シーカーの挑発的な口調にも動じず、カヴンは頷いた。
「全然オッケー。ここらでアスト君のパフォーマンスも欲しいし、やっちゃってよ」
俺は肩をすくめつつ「わかったよ」と言った。
そのとき、存在しない右腕がぴり、と軽く反応した。
「来たな。そんなに強くはないっぽいが」
俺のその呟きの直後、けたたましい破壊音とともに、酒場の扉が吹き飛んだ。
「!」
酒場のどよめきを嘲笑うように軽快な足音を鳴らしながら、黒い影が入ってきた。
とんがった耳と鼻、黒い身体のなかでひときわ目立つ、赤く血走った目。
明らかに魔族と分かる風体。
「名はレイレラン・4・マズルカ。種族は魔族、位階は4、属するは小悪魔、闇界の一族。この店の店主と因縁あって、遊びにき――」
「位階4のインプかよ。雑魚じゃん」
俺は左手で剣を抜き、居合いの要領で直接インプを斬りつけた。
インプが悲鳴を上げながら後ずさる。
「お、おい誰だお前は! 俺に斬りかかるなど――」
「キャスト――星界『星砲慧』」
インプのわめきを無視して宣唱。
星の弾丸がインプを撃ち抜き、インプはあっさりと霧散していく。
あまりにもあっけない幕切れ。
「魔族は幽体で、魔力に制限がない。だから大抵、魔力垂れ流しで守護系の呪文を身に纏ってる。けど、守護系の呪文ってのは得てして物理攻撃に弱い。だから、一発物理的に殴ってやれば、あとは魔法で殺せる」
俺の解説によって、酒場に歓声の渦が沸き起こった。
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次回は11/26(火)更新予定です◎




