* 20話 * ライズ暗殺オリエンテーション *
「久しぶり、アストくん。また男前になったんじゃない?」
力の抜けた甘い声に、俺は不機嫌を隠さず返した。
「カヴンさん、香水きつくね? 部屋が甘ったるい空気に支配されてる」
「香水じゃ無くてボディクリームだよーん。裏王都は空気悪いからねぇ。ちゃんとバリアしてあげないと」
「わ、わたしはこの匂い、すごく好きです。ほんわかします」
バンビがフォローするのを横目で見つつ、俺はソファにどっしり腰を下ろした。
「で、仕事ってのは? まあ、カヴンさんと組むって時点でいい予感はしないけど」
「ちょっとちょっと、何でよ」
「あんたと組むと毎回ひどい目に遭うからだよ。前はどっかの国のハーレムに侵入するっつって女装させられたし、その前は男娼役やらされたし」
「えー、どっちも似合ってたんだけどなー」
「だんしょう、って何ですか?」
バンビがその純真さをもって、質問してくる。
俺は首を振って「知らなくていい」とだけ告げ、オニキスへと向き直った。
「内容次第じゃ断りたいところなんだけど。標的と内容、教えてくれるよな?」
オニキスはいつもと変わらず、目以外で微笑みをつくりながら、コーヒーカップ片手にカウンターに立っている。
「そうだね。ただ、依頼人がそろそろ到着する。カヴン、城門まで迎えに行ってくれるかな? 裏王都は初めてらしいから、街の歩き方に慣れていないんだ」
「ラジャーっす。ハイン=シュートさんですよね?」
「ああ。明らかに裏王都にはいないタイプの人だから、すぐ分かると思うよ。よろしくね。ダンディな御仁だけど、くれぐれも、誘惑しないようにね」
「もちろんラジャー。ちゃんと仕事モードで行くんで、心配いらないっすよ、ボス」
そう言うと、カヴンはジャケットを羽織って軽快に出て行った。
出て行った後も、甘い残り香は鼻孔をくすぐり続ける。
「幼なじみの件は、残念だったね、アスト」
オニキスがそう切り出した。
「で、念のため確認しときたいんだけど。今回の件で、君が魔腕を持っていることが、敵にバレた可能性が高いよね」
前置きは早々に、本題へと入る。
この女にありがちな展開だ。
「まあ、裏王都の”殺し屋”アストが魔腕を持ってるってとこまではバレたな。時計塔でユージンは完全に魔腕を奪いに来てた。ユージンの”バック”にも当然俺の存在は伝わってる」
「あの、ずっと気になってたんですけど……そうだとしたら、ここに刺客が来てもおかしくないんじゃないんですか? もちろん、アストさんはお強いから、心配ないとは思うんですけど……」
バンビが恐る恐るといった様子で会話に入ってくる。
「心配いらないよ、バンビ。この裏王都にいる限り、君とアストの安全は保証されてる。君の言うとおり、アストは強いしね」
「そゆこと。そもそも俺が強いとか関係なく、裏王都には魔族は入れないからな。人間族で来られたとしても、オニキスの配下に裏王都で手を出す馬鹿はいない」
俺とオニキスの完全な断言に、バンビはそれなりに安心したのか、少し明るくなった声で、
「それなら、とりあえずしばらくは裏王都で様子を見つつ、次の手を探っていく感じですか?」
安心したようなバンビの問いに、オニキスがあっさり答えた。
「いや、今回やってもらう仕事は裏王都外の案件だよ」
「何でですか!」
勢いのあるバンビのつっこみ。
「裏王都にいたら安心って話は何だったんですか……」
オニキスは涼しい顔で、
「別に私たちの目的は”安心”なんかじゃないからね」
そう言い切った。
俺もオニキスの後に続く。
「ま、そりゃそうだ。相手がわざわざ俺を狙ってくれるなら、誘い込んで返り討ちにして、後ろの奴らまで引きずり出すのが手っ取り早い」
「そういうことだね。正直、向こうが新たにこちらへの対策人材を育成したりする前にさっさと仕留めてしまいたいっていうのもある。というわけで、今回の案件はそのために絶対欠かせないんだ」
話が今回の殺しに移る。
「場所は王都の西側にある自治区、ライズ領。緩衝地帯が間にあるとはいえ、魔族の国――オクターヴ帝国にもっとも近い、王都最西端の領地だよ」
「ライズ領……聞いたことあるな。確か、魔族の国に近いからってことで地価も激安、そのせいで治安も激悪だって印象だけど」
「治安、激悪……」
バンビが恐怖を示すように反芻する。
「で、標的は誰なんだ? ちゃんと殺すに値する奴なんだろうな」
「それは依頼人から聞いておくれ。ただ、先に言っておくけどこの案件に関して、君の主義主張は無視する。使用者命令だ。確実に完遂してもらいたい」
「あ? どうしたんだよ、珍しい。そんなに殺したい標的なのか?」
オニキスが仕事に関して俺に何かを強制してくることなど、数えるほどしかない。
使用者命令とまで言い切るとは、相当稀だった。
「私にとって、殺しは別にどうでもいいさ。ただ、その後が重要なんだ。今回はただ殺すだけの仕事じゃない。カヴンと組んで、色々と暗躍してもらうよ」
「じゃあ、その内容を教えて――」
「依頼人様のご到着でーす!」
俺がオニキスに問い質すより、カヴンが依頼人を招き入れる方が先だった。
ジャケットを羽織った、比較的しゃんとした恰好のカヴンに連れられ、依頼人の男が入ってきた。
***
「ハイン=シュート。西方のシュート領を治めている、いわゆる辺境伯ってやつです。どうぞよろしく」
そう言って、ハインは俺たちに軽く一礼した。
真っ直ぐな金髪に黒のベレー帽、目には銀縁の片眼鏡。
あまり日に当たっていない肌も含め、あまり武闘派には見えない。
が、よく観察すると、その滑らかな動きの端々から、実は相当鍛え込まれた身体であることが見て取れる。
「ご存じとは思いますが、今日は殺しの依頼ということで来ました。担当直入に言います。この男を殺してください」
そう言ってハイン卿は、1枚の紙を差し出した。
リアルな人物の画――おそらくは念写の呪文で紙に描いた似顔絵だった。
ゴツい身体に、口ひげを荒く生やした、いかにも気性が荒そうな顔立ちの男。
「こいつは?」
「ライズ=マーシャル。僕の治めるシュート領の隣、ライズ領を治める領主です」
「ファーストネームが領地の名前になってるのか。珍しいですね」
「ライズ領はオクターヴ帝国に最も近い領地だからね。いろいろと特殊なんだ」
俺の感想に、オニキスが補足を入れてくれる。
「ふーん。隣領の領主、ね。担当直入に聞きますけど、こいつの土地も併合してしまいってことですか?」
俺の質問に、ハインは即答せず、じっくりと考える素振りを見せた。
「……結果的には、その形に落ち着けたいと思っています」
「ほう。それならそれで、あなたが領地を治めるのが正当である、って示しがつくように殺さないとですね」
俺の所見を述べると、ハインはゆっくりとうなずいた。
「結果的に僕がライズ領を支配下に置きたいのはその通りですが、それはあくまで結果の話。ライズを殺したいのは、単純に奴の政治がひどすぎて領内が荒れに荒れ、隣のうちの領地まで被害をうけているからです」
心底参った、という口調。
本当にライズのせいで苦労しているのが伺える。
「あいつは領地を治める気がない。あの領地でもやっていけるという自信をもった強者たちが自然に集まるようにしつつ、戦乱へと誘導してる。今、あの街の治安はここ裏王都よりも悪いですよ」
「血の気の多い男だねぇ」
カヴンが唇を舐めながらそう呟いた。
「それだけならまだいい。本当にヤバいのは、奴が魔族まで領内に迎え入れていることです。魔族も人間族も関係なく争う状況を作る――そういう混沌を眺めるのが好きなんだ、奴は」
なかなか衝撃的なハインの発言に俺はひゅーう、と口笛を吹いてみせ、この仕事が一筋縄ではいかないであろう予感を覚えていた。
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次回は11/7(木)更新予定です◎
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