* 18話 * 決着 *
禁呪の結晶から魔力が解き放たれ、ユージンの身体に宿る。
ユージンの身体から迸る魔力のうねりが、右腕を通じて伝わってくる。
「馬鹿野郎――そこまでして、何がしてえんだ、ユージン!」
俺の叫びが、虚しく反響する。
ユージンの目は見開かれ、血走っている。
俺の話をまともに聞いてくれる気配は微塵もない。
「君のその腕を持って帰れれば、僕はもっと上に行ける……上に行って、もっとこの世界に影響力を持てる」
ユージンの指が天井へと向けられた。
「世界を変えたいんだ。キャスト――氷界『凍幻鏡』」
宣唱と同時に、空間が銀世界と化した。
壁、床、天井全てが凍り付き、氷柱が垂れ、空気がぱっきりと乾く。
今にも身体が凍り付きそうな冷気が身体を襲い、思わず身震いした。
凍幻鏡――氷属性の領域を発現させる呪文。
戦場をユージンにとって有利な環境に塗り替えられたことになる。
通常ならこれを撃つだけで魔力が枯れるレベルの上級呪文だが、ユージンに困憊の様子はない。
禁呪による強化の恩恵。
「氷の世界だ。さすがに冷えるだろう? バックハックがいなくても問題ない。僕1人で君に勝つよ」
そう言って、ユージンが俺へと指を向けた。
次の呪文が来る。
「だから、無理なんだって」
俺はユージンが宣唱するより先に、右手をかざして叫んだ。
「キャスト、星片『月震』!」
右腕を中心として、ユージンの展開した銀世界がみるみる溶けていく。
月震――他者の展開した結界や領域を破壊する呪文。
王宮の結界すら破壊できた呪文だ。
いくら禁呪の加護を得ていても、ユージンの領域くらい容易く破壊できる。
「言っただろ、お前じゃ俺には勝てない。今すぐ禁呪を解け」
俺の宣告に、ユージンは口をゆがめた。
バックハックに似た、ひずんだ笑み。
「魔腕――すごいや。魔族が欲しがるわけだ。早く持って帰ってあげないと」
ユージンの口ぶりを受けて、俺は糾弾するように言った
「やっぱりお前、魔族と手を組んだな。バックハック単体じゃない、魔族の組織と手を組んで、結晶をばらまいたってことだろ。――何のために、そんな外道に身を堕とした」
「後天性のリソースって、どうやったって限界があるんだ」
ユージンが笑みを止め、低い声でぼそりと言った。
「裏王都出身で、家柄も後ろ盾も何も無い。家柄どころか、家そのものが無いような貧乏人。そんな僕がどれだけ努力しても、どれだけ時間をかけても、壊せない壁があるってことを、この王都に来て思い知らされた」
「……」
「底辺から成り上がるためには、どうやったって反則技が必要なんだよ。それが本当に嫌で、頑張った子が報われる社会を作るために、僕は意図的に道を踏み外した。魔族と手を組んででも、僕は上に行くって決めたんだ」
「……何がそこまでお前を駆り立てるんだ。今だって、いい家に住めて、毎日仕事がたくさんあって……十分充実してる、成功してるだろ」
「そんな小規模な幸せじゃ、僕は成功とは思ってないよ」
ユージンが真顔で、俺から目を逸らさずに語る。
「アストだって分かるでしょう? 魔王討伐、本気なんだろう? 分かるよ。あのゴミ溜めで暮らしたメンバーは皆、身の丈に合わないような馬鹿でかい夢を抱きがちだから」
「……」
「僕は僕だけがささやかな幸せを感じられた良いなんて価値観は持ってない。世界を、変えたいんだ」
「……他の道はないのか」
「やることは1つだけ。君の右腕を持ち帰って、この都市の最上層に上がる」
そこで、ユージンが懐に手を入れた。
嫌な予感しかしない。
「まさか――おい、やめろ。身体が保たねえぞ」
俺の制止など意に介さず、ユージンは宣唱した。
「キャスト……結晶融解『威風盗々』」
2つ目の呪文結晶の使用。
ユージンの身体に2種類の禁呪の効果が宿り、禍々しいオーラを放つ。
「馬鹿、俺の魔腕の魔力はその呪文じゃ奪えない! お前の身体が傷つくだけだ! さっさと解除しろ――」
「盗るのは君からじゃない――そっちからだ」
ユージンが目を向けた先には――サナウェイがいた。
戦闘の妨げにならないよう、バンビを守るように立っていたサナウェイへと、ユージンの手がかざされる。
「昔から君の魔力量はずば抜けてたよね、サナウェイ」
「ユージン――無理よ。そんなことしたって、あなたはアストには勝てない」
禁呪の脅威にさらされながらも、サナウェイは毅然とした態度で言い切った。
「……サナウェイ。やっぱり君はまだ、アストのこと――いや、関係ない話だね。もらうよ、魔力」
次の瞬間、サナウェイの魔力が一気に抜け、ユージンの手へと吸収されていくのが分かった。
「サナウェイさん――!」
バンビの悲痛な叫びと共に、サナウェイの身体がくずおれる。
魔力を奪われたことによる虚脱状態。
「……お前、マジでそこまで落ちたのか」
声が震えないように努めた。
それでも、どうしても怒りのニュアンスが籠もってしまう。
「魔力を奪われても死ぬことはないよ。君に勝つためなら、この程度、何てことない」
「仲間だぞ。あのゴミ溜めの街を生き抜いた、仲間だ」
「もう僕は引き返せないから、その決意の表明だと思って欲しい」
ユージンが俺を指さした。
膨大な魔力が、精密に練られているのが分かる。
元々の魔力と、サナウェイから奪った魔力。
全てを注いだ、最後の魔法が来る。
「キャスト――『晶氷凍禄』」
俺も魔腕に力を込め、ユージンへとかざす。
叫ぶように宣唱する。
「キャスト! 星片『重力の虹』」
空間を埋め尽くすのではないかというレベルの巨大な氷柱が、猛然と俺に飛来する。
眩しいほどに純白の球体が七色の光の帯をまとい、俺の魔腕から放たれる。
2つの魔法がぶつかりあい、時計塔が破壊されるのではないかという轟音が響き渡った。
だが、その直後。
轟音が急に立ち消え、静寂が空間を支配した。
「――ははっ、これは叶わないや」
ぶつかりあった呪文は、その規模に反し、空間をまったく傷つけていなかった。
傍らで見守っていたバンビたちにも、一切影響がいっていない。
全てのエネルギーを、俺の呪文が吸収していた。
重力の虹――その重力により、敵の呪文さえも吸収しながら射出される呪文。
ユージンの左肩が綺麗に消失していた。
左腕と胴体をつなぐ部分が消えたことで、左腕も床に落ちている。
「直撃は避けた。もういいだろ。まだやり直せる。罪を償って、再起しろ」
俺は魔腕を解除し、そう声をかけた
ユージンは膝をつき、痛みに歯を食いしばりながら、かろうじて微笑んでみせた。
「分かってたけど、強いね、アスト」
「喋るな。今応急処置をする――キャスト、水界『達水消浄』」
水がユージンの肩口を包み、出血を止める。
「今回の件だけど、魔族によって作られた結晶を王都にばらまくことで、破片を持つ者が寄ってくるの狙ったんだ。破片は魔族の力に反応するから、結晶が広まれば必ず向こうから引き寄せられるって。三賢者の死体を用意しとけば、そいつに全て罪をかぶせられる。破片を探す上で、比較的リスクの少ない方法だ」
急にユージンが饒舌になる。
「おい、喋るなって。今は治癒を――」
「僕はもう駄目だよ。結局、魔族側の望む成果を出せなかった。ここで切られる」
「――そんなの気にしないで、もう一度裏王都に来なさい、ユージン。わたしとアストが頼めば、きっとオニキスが守ってくれる」
サナウェイが、バンビに支えられてよろよろと歩きながら近寄ってそう言った。
「無理だよ。すでにこの身体には呪いがかけられてる。天国までのカウントダウンが始まってるってこと」
「んなもん、リュートに解呪してもらえば――」
そこで、ユージンが曖昧に笑って、首を横に振った。
「僕の夢はここまでだ。だから、君の夢に僕の気持ち、託すよ」
「何も終わらねぇ。俺も1度、腕失って、完全に終わったって思ったことがあった。それでもまたこうして立ってる。何も、終わることはねぇよ」
「……魔王を倒せるなら、人間族にとってそれが1番の幸せに繋がる成果だと思う。だから、僕は応援する」
「応援なんて要らない。一緒に来い、ユージン」
「アスト。大事なことを伝えるよ。君がまず倒すべき敵は、だい――」
ユージンが振り絞った声は、最後まで言い終えられなかった。
「――ユージン!」
ユージンの身体が、崩壊していた。
口元から徐々に、ユージンの組織が泡と化し、ふわふわと飛び去っていく。
封味舌火よりもさらに強力な呪い――何か情報を漏らそうとすると、即死させる類のもの。
あっという間にユージンの身体は泡となって消え失せ、衣服だけがぱたりと床に落ちた。
あとには、シトラスにも似た、爽やかな香りだけが残された。
「――絶対だ」
誰に言うでもなく。
柄にもなく、声を荒げた。
「絶対、この件に噛んでた魔族と王宮の親魔派を殺す。1ヶ月以内に殺す。絶対にこの案件を無駄にしない。必ず、標的に手を届かすためのステップにする」
サナウェイとバンビが、ゆっくりと頷いた。
「敵も、魔腕を欲しがってる。俺を探してる、近いうちに、邂逅のチャンスが来るはずだ」
最後までお読みいただきありがとうございました!
これで2章はおしまい、3章に入ります
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プロットを少し整理したいので、次回は1週間後の11/3(日)更新予定です!