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第14話 あなた、やっぱり。信じられないことをするわ

「おいおい、クレアちゃん。アトリ坊はあの美人に全く歯がたたねえじゃねえか」


「そりゃそうだ。相手はただの美人じゃなくてあのルーリザ・バルトだよ。よくもまあ、避けるに避けて。よくやってるよ」


「魔術学院の入学試験の推薦を賭けてんだろ」


「おっ、ちゃんと美人なルーリザに釣られず、アトリのことをちゃんと応援してくれるんだね」


「それは当たり前だろ」


「んー、じゃあ私はルーを応援しようかな」


「なんだ、随分余裕があるんだな」


「まあね。アトリの仕上がり具合についてはとにかくとして、ルーリザからの推薦については安心しているから。まっ、信頼してるから、どっちもね」


「はあ?」


「多様な属性魔術、緻密な制御、悟らせない高度な詠唱法。現代魔術主流の評価要素については何一つアトリにはルーに勝てるものがないの。ただ、アトリが今そんなものを使いこなして見せたところで、ルーリザとっては下位互換に過ぎないし、推薦なんかする気にもならないだろうね」


 林檎爺が小首を傾げる。クレアはにやりと笑い、一呼吸おいて口を開く。


「でもね。絶対に正しいやり方なんてまだ誰も分からない。もっと、もっと、より良いものを考えないと。それが面白いじゃない。だからこそ、ルーだってアトリに興味を持つはず」




 魔力操作のイメージはひとえに説明し難い繊細な感覚による。強いて言えば、水の属性はひんやりして意外に固め、雷の属性は触るとぴりりとしてほんのり熱い、風の属性は掴みどころがないようだけども案外掴める。昔クレアが属性魔術の制御を身に着けるために何度か言葉にして説明することがあったが、「説明が下手過ぎて、なんの参考にもならない」と呆れられたことがある。だが、実際こんなものなのだから仕方がない。おそらく、アトリのみの感覚なのであろうと思っている。


 大空に無数の枝を伸ばす大樹のイメージで。アトリは自身の魔力を周囲へ展開し、それ経由で周囲に漂う行使済み魔力の断片を無理矢理に繋ぎ合わせる。放出元が練度の高いルーリザの魔力であるからか、属性毎の判別がやり易いのは幸いだった。感覚が鋭くなっているからか、馴れ親しんだ土地の香りを強く感じる。


 そう言えば、ルーリザは魔術師の階級は第一級所属だったか。神の子だか何だか知らないが、史上最年少の第一級魔術師を打ち負かし、白い目を向けられたこの技からまた始めるのは仕切りが良い。


 魔術を行使する間際に、アトリはふと確信する。周囲の期待と実現の匙加減の推し量りに必死で疑心暗鬼だった根無し草の頃とは状況がまったく異なっている。


 寛容な両親に、しっかり者の妹と弟、お節介な幼馴染、気取らない風景や領地の人々、今の自分はそれらが醸す呑気な安心感に浸り過ぎた影響か、すっかりと幸福で自分勝手な、気楽の楽園の子になってしまったのだ。


 先程ルーリザが放ったイメージから元の魔力を辿ることができた水弾一撃、雷撃一撃、風刃三撃を力技で魔術として成立させる。出来は発動元のルーリザの威力から比較すれば六割の再現に留まったが、まあ、上出来に違いない。どうせ当たりさえすれば、威力などどうでも良い。


 両腕を広げ、抱え切れなくなった魔術群を一気にルーリザに向けて解き放つ。いくらご高名なルーリザ・バルトでもこの五連撃をすべて防げるわけはないはず。


 激流の飛沫を撒き散らして水弾が飛びゆき、閃光と爆裂音を抱く光の一閃が直進し、暴風を巻き込む風刃が時間差を伴って曲線の軌道を描く。


「おっ、大気中の行使済み魔力を再構築して発動か。しかも同時に五つも」


「はあっ?」


 嬉々としたクレアの発言に、ローグが眉を歪める。あり得ないといった表情が、今まさに具現化してルーリザを急襲する魔術の猛攻の事実で塗りつぶされる。


「さあ、ルーはどうするか」


 ルーリザの碧眼が本日一番に見開かれる。まるで、五連撃を予期していたかのような、無駄のない初動だった。


 ルーリザはすっと右手人差し指を上に跳ね上げる。最速の雷撃を防ぐ防御結界が瞬時に現れてルーリザへの直撃を阻止し、打ち消された雷撃の爆裂音が鳴り響く。その後、水弾がルーリザへ到達したが、こちらも突如出現した魔法陣に塞がれて弾け飛び、ルーリザの表情が初めて歪む。密度の濃い水蒸気が爆ぜて広がっていく。

 止めを刺すように、ルーリザを覆う白い霧の上から風刃の三連撃が切り込んでいく。風刃が炸裂したことを示す突風が三筋突き抜けるように発生し、周囲の枯葉と土埃を巻き上げる。


「おい、ローグ坊ちゃん、今ので何発入った?」


 林檎爺の言葉にローグに各々の視線が集中する。決闘場を構築した審判のローグには有効打の判定が正確に把握できる。


「えっと、アトリ兄さんの攻撃は五回。その内、ルーリザさんへの有効打は――」


「……なしです」


「おお、もう……」


 期待で立ち上がりかけていた林檎の爺様がその場でへたり込む。

 爆炎と水蒸気が入り混じった白っぽい煙幕が霧散していき、ルーリザの姿がようやく現れた。


「あなた、やっぱり。信じられないことをするわ」


 乱れた煌めく金髪を右手で耳の後ろへさらりと流し、猛攻撃の余韻すら感じさせない、静謐な立ち姿の貴族令嬢がアトリを見据えていた。ここまでくると、アトリは最早その優雅な仕草自体が非常に憎たらしくなってくる。


「いやいや、信じられないのはルーの方も大概だと思うけど」


 落胆の表現は林檎の爺様に、ルーリザへの感想はクレアに取られてしまったため、手持ち無沙汰のアトリは、ルーリザのすまし顔を真似てやる。


 アトリは顔には出さずに、むむむと心で念じて、いったいどうしようかと思案する。現状安定して自前で発動できそうなのは炎属性の魔力のみなので、クレアに教えてもらった炎の矢を軸に攻撃のタイミングを伺うか。しかし、先程の攻撃をまるで予期したように防ぎ切るとは、完全に予想を超えられた。ルーリザは未来でも見通す力があるのか。


 予想が外れた驚きや、自信満々で放ったはずの攻撃がルーリザへ一撃すら入らなかった気恥ずかしさ、これからの対応を至急で考えなければならない緊迫が思考を一気に駆け巡っている。


 ただ、ここ数年ぼんやりとしていた頭のどん詰まりが完璧に押し流されてしまったのは確実で、妙に気分は晴れやかだった。この状況をとても面白いとも感じている。


 華麗に猛攻を防ぎ切ったルーリザの方は、こちらを正面から見据えたまま微動だにしない。微かに眉が動いて長い睫毛が瞬き、続いて口元に細い指を当てがった所作で、ルーリザが酷く思案しているのだということが分かった。


 だがすぐさま、ぴくりと皮膚が薄そうな瞼を無念の形で閉じ切った。ルーリザが心底不機嫌そうな声で言った。


「私の負けだわ」


「うえっ」


 ローグが珍しく素っ頓狂な声を上げたため、アトリはまたもや反応する機会を奪われる。仕方なく腕を組み、ちらりとルーリザへ視線を送って瞳の動きだけで「ご説明どうぞ」と回答してやる。


「この決闘の方式は、王立魔術学院の戦闘訓練規則に則っていたわね」


「ローグ君、こちらへきて確認してくれるかしら」


 ローグが急いでルーリザに駆け寄った。


「戦闘訓練には使用してはならない、護身用の魔道具が発動してしまったわ。これで攻撃を一回分防いでしまった」


「拝見します」


 ルーリザが左手首に付けていたブレスレット外してローグへ引き渡す。四つの小さな赤い宝石がきらりと光るそれをローグは注意深く睨みつける。


「一定の威力の魔術を受けた場合に自動防御する護身用よ。先ほどの水弾の攻撃をこれで防いでしまった。もともとは五つの宝石がついているのだけど、一つ消滅しているでしょう」


「この形式の魔道具は、訓練形式の戦闘では発動しないのでは?」


「そうね」


「うーん、動作不良ですか……」


 手短に状況を説明して以降、ローグが確認している間、ルーリザは一度も言葉を発さなかった。アトリはなんとなく、ルーリザの態度の意味が理解できた。魔道具の動作不具合など心底どうでも良く、きっと、一つでも攻撃を防ぎ漏らしたことが悔しくてたまらないのだ。


「ルーリザさんの規則違反です。間違いありません」


 ローグの判定を聞き、ルーリザの口が微かに開く。息を吐くような小さなため息をつく。


「いいわ。アトリ・シートン」


「うん」


「約束は守る。推薦しても構わない」


 おお、と林檎の爺様が声を上げる。ローグは気苦労が限界を超えたのか、一度も見たことがないような疲れ切った顔で項垂れている。クレアは視線と笑窪の形だけで「よくやった」と返してくる。


「クレア」


「はいっ」


 びっくりするくらいに不機嫌さが伝わってくるルーリザの声に押され、クレアが勢いよく返事をする。


「彼、属性魔力の制御が全くなってないわ。練度も不足している」


「まあねえ」


「春までにはきちんと叩き直して頂戴」


「うん」


「あと、訓練の経過報告を……半月。いえ、一週間毎に手紙で私へ報告すること」


「うっ」


「う、じゃない」


「……はい」


「当たり前でしょう。この私を巻き込んだのよ、いい加減なことは一切許さない。クレア、良いわね?」


「畏まりました」


 完全にルーリザの圧力に屈したクレアが立ち上がり、スカートの裾を持ち上げて片足を斜め後ろの内側に引き、ルーリザへ恭しくお辞儀をする。何故か林檎の爺様まで神妙な面持ちで一緒になって頭を下げている。


 ルーリザがアトリを見る。


「あなたも、よろしくて?」


「はい」


 有無を言わさぬような気迫は恐ろしいまでの強制力で、アトリ自身も驚くぐらいに呆けた声色の返事が飛び出した。もしかしたら、ルーリザは言葉で相手をいなす魔術でも無自覚に使っているに違いない。


 ルーリザがクレアとアトリを見比べたのち、息をつくように鼻を小さく鳴らす。美しき仏頂面は相変わらずで、感情を読み取ることはできない。ただ、アトリはルーリザはそれほど怒っていないのではないかと何故だか思った。


「ちょっと、クレア大丈夫なの?」


 クレアが急に激しく咳込み出したため、ルーリザが急いで駆け寄りクレアの背中をさする。


「顔色が悪いじゃねえか」


「うん、大丈夫。つい興奮しちゃったみたい。急に安心もしたりしたら、あー、訳が分からなくなっちゃった。だいぶ、体調が悪いみたい。ちょっと休んだら家に帰って、お薬飲むから……」


「一旦、木陰で休ませましょう。あなたはお茶を用意してあげて」


「わかった」


 急いでクレアを木陰に座らせ、アトリはマグカップの紅茶を渡してやる。クレアは紅茶を口にするが、すぐに咳き込み、一向に治まる気配がない。


 クレアが更に強く大きく二、三回激しく咳き込んだ。口元を抑える白いハンカチと掌が赤く染まる。さらりとした鮮血が華奢な手首から腕へと伝い、流れ落ちていくのをアトリは見た。


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