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第10話 この私に推薦者になれとでも?

「思ったより元気そうね」


 木陰に腰を下ろすローグとクレアが見上げる先に、金髪の人影が颯爽と立っている。逆光を浴びて深く影が差してはいるが、彫りの深いくっきりとした顔立ちと、強い意志が具現化したような佇まいには見覚えがあり、ローグの表情が強張る。


「あ、ルー」


 ローグの緊張をよそに、クレアが普段と変わらない気楽な声を上げる。


「あ、ルーじゃないわよ。突然魔術学院を辞めると告げてから、あなた何の音沙汰もなくて心配したわ」


「ごめんなさい。こっちもようやく落ち着いたところだったから。近々手紙を書こうと思っていたのだけれど」


「本当かしら?」


「本当だよ。でも、忙しいだろうに、わざわざこっちに来てくれるなんて思わなかった。びっくりした」


「別に。少し予定に空きができたから」


「ルーリザ、ありがとう」


「お礼を言われる程のことではないわ。で、こちらは弟さんかしら?」


「この子はローグ・シートン。あなたと同じ魔術学院の学生でしょうに」


「それは失礼、顔を存じ上げてなかった。階級を伺っても?」


「さ三級です」


「そう。シートンということは……」


「シートン家の、アトリの弟さん」


 和やかな談笑に反し、ローグの背筋に冷や汗が浮く。クレアが気心が知れた風に気軽にお喋りする相手は、王都の大貴族の令嬢であるルーリザ・バルトなのだ。




 予定していた経路を走りきり、アトリはひとまず一息つく。腹の虫はとうの昔に騒ぎ出しており、暴れるわき腹をなだめつつ、クレアの待つ木陰へと大股で歩く。


 焼き栗の一件以来、結局クレアに乗せらせる形で再び魔術師を目指すための鍛錬を続けている。自分が焚き付けたという責任感からか、はたまた単にやることがなくて暇なのか、クレアは魔術行使の訓練方法だの、魔術学院入学に向けた作戦だの、毎日シートン家にやってきてはやたらに世話を焼いてくる。


 有識者からの助言はありがたいし、クレアの気晴らしになるのであれば、それはそれで良い。本日の昼食もクレア暇つぶしの一環で、前日の肉の仕込みから腕によりをかけたという、鴨肉のサンドイッチが振る舞われる。


 木陰まで向かうと、クレアの他に人影が見える。一人は真っ青な顔で直立不動するローグで、もう一人は凛とした立ち姿が印象的な金髪の女だった。


「お疲れ様」


 クレアが放り投げてきたタオルを受け取る。


「ん、ありがとう」


 額に浮いた汗を拭っていると、金髪の女が視線を向けてくる。すらりと背が高く、身長はアトリよりも僅かに目線が低いぐらいで同程度。均整の取れた体躯で、澄ました顔つきにはどこか冷ややかな威圧感がある。


 かっちりとしたブラウスとベストにパンツスタイルで、少女特有の浮つきが感じられない。遠目の雰囲気では年上かと思ったが、近くで見れば顔つき自体はクレアと同い歳ぐらい。単に気が強くて、顔立ちが綺麗で、愛想が悪い少女にも見える。ただ、彼女の纏う雰囲気はあまりに王都的。来季に向けた土造りの最中で土色一色な田舎の耕作地帯を背景にするには、高雅で張り詰め過ぎている。


「彼女はルーリザ。私の魔術学院での親友」


 クレアへふと向けられたルーリザの雰囲気が、ほんの一瞬だったが柔らかくなったのを感じ取る。馬車に揺られ、王都からこんな辺鄙な地方領までわざわざ会いにくるぐらいなのだから、クレアとの関係性は言われなくても十分に想像がつく。


「ルーリザ・バルトよ」


「アトリ・シートンだ」


「なるほどね」


 クレアに向けるものとは異なる、ルーリザの据わった様子の切れ長の碧眼がまっすぐにアトリを観察してくる。


「何か?」


「あなたが件の」


「あっ、こら」


 ルーリザの言葉を遮り、クレアが身を乗り出すようにする。


「あなたは黙っていなさい」


 ルーリザがぴしゃりと言い放つ。クレアが動きかけた身体を止め、「ああ、またか」といった風に腕組みする。不貞腐れたような顔を作るが、素直にルーリザに従う。


 アトリがクレアへ視線を送れば、瞳の動きだけですばやく目を反らされ、ルーリザの方はといえば、融通が利かなそうな傲然たる風格を醸しており、厄介の気配が濃厚になる。その場を去るための妙案も良い言い訳も思いつかず、仕方なく誰にも分らないくらい小さなため息をつく。


「魔術学院を受験するのね」


「まあ、そうだね」


「しかも、来春に」


「ああ」


「魔術師になるための鍛錬は、いつから?」


「幼少期に独学で少々。本格的にはじめたのは、クレアが帰ってきた頃からだから、大体一か月くらい前から」


「今お幾つ?」


「十五」


「そう」


「うん」


 会話がそこで途切れ、しばし無言で見つめ合う。美しく整ってはいるが、ルーリザの無機質な表情をいつまでも見ている気分にはなれず、顔の向きはそのままで視線の焦点をぼかすようにする。その時になって、クレアが言っていた魔術学院入学計画の登場人物には眼前のルーリザが含まれることをぼんやりと思い出す。


「あなた、ふざけてるの?」


 先生が出来の悪い生徒を諭すようなひどく落ち着いた声色が、ぼやけた視界と思考を引き戻す。ルーリザの声の調子は冷静とは言え、初対面同士の会話とすれば、あまりにも直情的。魔術学院の学生ともなれば、魔術も使わずにこうも空気を凍てつかせることができるらしい。


「できもしない絵空事を軽々しく口にする人間が、私は大嫌いなの」


 ルーリザがクレアの顔を一瞥してからアトリの顔を見据えた。ローグが今にも泣きだしそうな面持ちになっていて、非常に申し訳ない気分になる。


 ただ、ルーリザの言い分はもっともで、クレアやローグのように才能と努力が巡り会った人間が十代前半で入学する一方で、毎年試験に挑むも入学制限の年齢までに合格できないものがほどんど。アトリ自身がどうかと言えばもちろん後者で、挑戦すらしていない分、後者の内でも失礼な存在なのかもしれない。


「それに今十五って、あなた、今年の春が魔術学院の入学試験を受けられる最後の機会だったってことを理解できている?」


「通常の入学試験はね」


 アトリが言葉を発する前に、ここまで黙っていたクレアが静かに口を開く。


「まさか」


「アトリには、第一級の編入試験を受けさせる」


「馬鹿馬鹿しい。そもそも第一級の編入試験は、学院に無所属でも実績ある魔術師を迎え入れるために存在する制度よ」


「うん」


「それに、試験を受けるためには学院関係者の推薦状がいる」


「第一級の所属であれば、学生でも推薦者の資格がある」


「クレア、残念だけど、あなたの退学は既に受理されているから、あなたは彼の推薦者になることはできないわよ」


「だから近々ルーリザに会いに、アトリを連れて王都へ行こうと思っていた」


「この私に推薦者になれとでも?」


「アトリと手合わせをして欲しい。そして、アトリがルーリザに勝てたのなら」


 ルーリザの表情が気色ばみ、口元が固く結ばれる。だが、それはほんの一瞬のことで、瞳の動きに僅かに疑問の色を浮かべ、出来の良い彫像のような表情へ戻る。


「そこまでするに値する力が彼にあると?」


「思ってる」


「大した自信ね」


「それがね。王都の腑抜けた奴らと一緒にしてると、痛い目みるかもよ」


「なるほどね」


 しばしの間、クレアとルーリザが見つめ合う。ルーリザが、まるでおとぎ話の悪いお妃のように不敵に微笑む。クレアも対抗しているのかニヤリと笑い返しているが、こちらは貫禄が足りないからか、どこか間が抜けている。


 まあ、クレアが意図したかは不明だが、ルーリザとクレアで好き勝手に打ち合った目には見えない凍てつく魔術はいつの間にか氷解されており、ルーリザの方も先ほどの険しさが明らかに抜けている。


「クレア、あなたがそこまで言うのなら、見せて貰おうかしら。アトリ君の実力を」


「方式は魔術学院の模擬戦のもので良い?」


「ええ」


「アトリが勝ったら、ルーリザ・バルトは魔術学院所属の第一級魔術師として、アトリ・シートンの推薦者になること」


「私は構わないわ」


「ありがとう」


「これについては、お礼を言われる筋合いはないわ。それに、あなたのお気に入りのアトリ君に私が引導を渡すことになる可能性が高いけど」


「その時はしょうがない。別に無理にアトリを推薦して欲しいわけではないの。ルーの目で、アトリが魔術師としての才覚があるのか確かめてみて欲しい」


「ローグ君。少し、良いかしら?」


「えっ、はいっ!」


 ルーリザに突然名前を呼ばれ、呆けていたローグが可哀想なくらい背筋をぴんと伸ばし、直立不動の体勢で返事をする。


「あなたは審判と決闘用の保護魔術の準備をお願いしたいのだけれど」


「わ、わかりました。できます。大丈夫です」


「と、いうわけだ」


 クレアがアトリの背中をたたく。


「いまこそ、ルーに目にもの見せてやれ」


「うーん。確かにルーリザ・バルトとは一線交えるとは聞いていたけど。お前から前に聞かされてた時期よりも大分早いんだが」


「まさかさあ、あのルーが自ら来てくれるなんて思わなかったから」


「結局、ルーリザのことはクレアの親友ということしか分かってないんだけど」


「ルーは私たちと同い年だけど、既に学院でも一目を置かれている実力者よ」


「バルト家を名乗ってるってことは、王都防衛の要職を歴任してるバルト家のご血族?」


「アトリ兄さん、ご血族どころか、現バルト家当主のご令嬢だよ」


 心配そうな顔のローグが言う。ルーリザが「それが何か?」とでも言いたげに、アトリの顔を見据えている。


「急にそれは、僕は構うかなあ」


「言っても模擬戦だからね。死ぬことはないから。でも魔術学院に入るには、これが最初で最後の機会だよ」


「怖気づいたのかしら?」


「高名な武闘派のご家系から察すれるぐらいには相応に」


「あなただってシートン家の方でしょう。この領地だって、かつてあなたの祖先が血と武功によって得たものを、一族代々同じように守り続けてきたのでは?」


「それは、こんな辺境の地方史を良くご存じで」


「領地を守る、名誉を守る。時の権力者に付き従い、この国に仇なす敵を誰よりも多く闇に葬り去り、勝利者の地位を勝ち取ってきた。どこの家だって根本は変わらない」


 ローグは兎も角として、シートン家とアトリの事情をルーリザにわざわざ説明するのはあまりに面倒かつ無粋。それに義両親から魔術学院受験の承諾を得た際にひとつ付けられた条件は今後も「シートン家」を名乗り続けることだった。シートン家を名乗って表舞台で魔術師を目指す決意をした以上、行動するたびに家の名前はこれからも常に付き纏う。


 ルーリザに負ければどうなるか。王都の有力貴族のご令嬢に無様な醜態を晒すことになれば、シートン家に無用な恥をかかせることになる。


 無暗な行動はすべきでない。と、言った風にこれまでなら言い訳していただろうか。


 ただそんな建前が正しいとしても、魔術師になると決めたのであれば、自分の意志と意地を通し、ルーリザに勝利する無理を通さなければもう願いは叶うことはない。


 クレアがひどく熱の篭った眼差しでじっと見つめてくるのは、逃げ出さないように監視しているのか、あるいは期待の表れか。どちらにせよ、アトリは無言で頷いてやる。


「それで、この勝負受けるの? 受けないの?」


「機会を頂き感謝します。もちろん、お手合わせ願いたい」


「そう。わかったわ」


「ただ、ひとつお願いがある」


「言いなさい」


「ひとまずお昼を食べてからにしよう。走ったばかりなので少し休憩したいし、お腹もぺこぺこなんだ。あとクレアが作ってきた鴨肉のサンドイッチ、それさ、大好物なんだよね」


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