終章 晩食の雑談
道場内、宴会時のようにコの字に御膳を並べて座椅子に座る一同、上座には畳一畳分の御膳、御膳と言うよりはテーブルと言った方が正しい、オヒツ山盛りご飯をがむしゃらに食べるミルクを挟んで右側に肉料理を中心に蹂躙する勇也、左側にミルクのオカズ(ネギ)を取り分ける礼実が座る。
礼実の右斜め正面には、両腕にベタベタと秘薬を塗られ白い煙をモクモクと出す美礼、天ぷらを食べて口の回りをテカテカにする苗木、青樽美酒にお粥を食べさせてもらう明流が順番に座る。
勇也の左斜め正面には、御膳を一つ空けて蒼が座る、左上腕に秘薬を塗り白い煙を出している、続けて茜が座り、隣には空いた御膳がある。
美礼と蒼の傷は蘇体治療では治していない、勇也は治そうとしたのだが四臣家が生んだ問題で負った自業自得のケガを朱の血筋に治してもらう訳にはいかない、という対面を気にした理由がある、もう一つ、蘇体治療をされない自業自得の新入生に同じく自業自得の四臣家が朱の血筋の恩恵を受けるのは朱の血筋が差別している、と思われない為という理由もある。
勇也は口いっぱいに肉を詰め込むとオヒツ山盛りご飯を手に取りスババババっと一瞬でオヒツ並盛りご飯にする。
「モグモグ、ゴクンッ、礼実? ネギばかり食わせるな、ちゃんとバランス良く食わせろ」
「はい」
ミルクの前には、各種ネギの焼きネギ•煮ネギ•ネギ春巻•ネギサラダが小皿に盛らされネギに偏った極端な偏食をしているように見える。ミルクの前にオカズ(ネギ)を取り分けているのは礼実、慈桜家使用人の仲居にネギのオンパレードを注文しているのも礼実、テーブル型御膳の上は肉3割ネギ7割とネギの侵略が進んでいる、勇也への嫌がらせではなく単純な調理時間の差だ。
礼実が手を伸ばして取ったのは焼きネギが入る丼、小皿の焼きネギが残り少ないため補充する、続けて取るのは煮ネギ、続けてネギ春巻、と勇也の言った言葉を否定するようにネギのみを取り分ける、先程の返事はモジャモジャが何かを言っていたからとりあえず返事をしただけだ。
勇也はピクッピクッと額に血管を浮かせる、もちろん礼実の自分を無視する蔑ろにする対応の変わらなさにだ。
「てめぇ!! これで何回目だ!?」
「?、お食事中は声を上げるものではありません……、ミルクの教育に悪いです」
「てめぇが教育に悪いだろ!! ネギばっか食わせやがって! これで何回目だ!? 20回目だぞ!? あと何回言えばその堅い頭にバ! ラ! ン! ス! 良! く! が入るんだ!?」
「……。」
スッと手を伸ばしネギサラダが入る器を取る。
「ミルク? そこのモジャモジャがネギを所望しております、不本意ですが……」
「ちっっっっっがぁぁぁぁぁぁぁぁう!! 違う違う違う!! ミ! ル! ク! に! バ! ラ! ン! ス! 良! く! だ!!」
「……。」
ネギサラダの器から小皿に盛り付ける、チラッと勇也の前に置いてある皿に顔を向ける。
勇也の前には牛•豚のステーキや鳥の丸焼き、野菜は添えられる程度、その野菜すら勇也は食べていない。
ミルクの前には礼実が取り分けるネギオンパレードの皿が並ぶ、これだけならバランス良くと言われても仕方がない、だが、ミルクのオヒツはご飯用のオヒツの他に野菜と肉がモリモリの豚汁オヒツがある、礼実はネギ取り役なだけだ。
礼実と勇也どちらが間違えている事を言っているのか?
ビシッと人参を摘んだ箸を礼実に向け、ポトッとミルクのオヒツ山盛りご飯に落とす姑息さを見せる父親慈桜勇也が間違えているのは言うまでも無い、更に……
「俺はいんだ!?」
……と自分を棚上げて言う始末。
「姑息にもミルクのご飯に人参を入れるだけでは無く、箸で人を差すなど……」
「お前本当は見えてるだろ!?」
「戯言を、見えていたらモジャモジャしたモノと食事の席など共にしません、姿形が目障り」
「て! て! てめ……」
「耳障りです、ミルクの食は私が一番良く解っています、黙って食べていなさい」
「ぐ! ぐぐ……」
歯を食いしばりギリギリと歯ぎしりを鳴らしながらズガッと座り直す、不機嫌なままズババババと食事を再開した。
道場ではこの20回目のやり取りを無視、気にすることなく食事をしている。
蒼は3回目まではツッコミを入れ、6回目までは美礼と苗木がツッコミを入れていた。さすがに自分だけ肉のみの偏食を見せ「俺はいんだ!!」と悪びれないのはネタにしか思わない、しかし、説得力の無い「俺はいんだ」と偏食はネタではなく最初から本気で言っていると解った。20回目ともなると誰も聞いていない、何よりも礼実を警戒しながらミルクのオヒツに野菜を入れる姑息さが呆れを倍増させる。
そんな道場内に真一と竪郎が入って来た、2人はそれぞれ御膳を前に座る、真一は蒼の隣、竪郎は茜の隣に座る。
いただきます、と御膳に手を合わせ静かに食事を始める。
「デカメガネ? 外は片付いたんか?」
「前向きに手伝う事を検討する事を考えても良かったんだよ!?」
美礼が言う片付いた、苗木の言う手伝う、とは500人の新入生の事になる、真一と竪郎は今まで後処理をしていた。
真一はメガネをクイッと上げる、美礼と苗木へ視線を向けて4秒程空けると口を開く。
「外は慈桜家使用人に任せた」
「外は慈桜家使用人に任せた」
「外は慈桜家使用人に任せた」
ブッ!? と吹き出す蒼•茜•明流。
狙っていたと言わんばかりにメガネを用意し真一の真似をする美礼と苗木。
だが、真一にはビクともしない、普通に食事を再開させる、2人の渾身のものまねが空を切った。
「ツッコめや!? それかメガネクイッてすれや!? それでドカーンやろ!? お前には人情ないんか!?」
「屈辱だよ!? 四臣家で笑いの解るの西と東だけだよ!! 一般人ガッカリだよ!!」
「それにお前!?」
ビシッと指を差す先は竪郎。
「男か女かはっきりせい!?」
「女じゃ無いの!? お風呂にいても怪しまないよ!?」
「男です」
「男です、…………チッ」
「男です、…………なんか男っぽく無いんだよ!?」
真一で不発に終わったネタを竪郎で再開しドカーンと笑いを生み出そうとしたが、竪郎の男に見えないキリッとした顔立ちに断念する。
「なんやこいつ等、おもろないわぁ」
「一般人ガッカリだよ! これ見て勉強だよ!!」
背中に手を入れA4サイズのファイルケースを出す、表紙には『お笑いの革命児•一士と語る全集』と書かれる。
「お笑いの革命児! 一士と語る全集!! デカメガネと女子力100%(竪郎)はコレを見て勉強だよ!?」
ファイルケースを真一と竪郎に見えるように向ける、反応は無い、対処の仕方を2人なりに考えている、見た目通りお笑いには興味が無いようだ。
「一士やないか!?」
「小遣いとアルバイトを重ねて買った一士と語る全集だよ!?」
「一士なら負けんで!!」
懐に手を入れカードケースを出す。
「お笑いの革命児! 一士の解らんなぁ最新作!! 小遣いとバイトで解らんなぁは全作買っとる!!」
2人は時間が止まったように見つめ合う、お互いに手に持つ一士を見る、数秒の時間が流れ、2人は意思疎通を図ったように抱き合う。
「周りにお笑い好きがおらんで孤独やったんや!!」
「私もだよ!?」
「もうアレや!! 私等コンビや!!」
「結成だよ!! 諦めかけたお笑いの道が開いたよ!!」
四臣家の問題児松庭美礼と不思議少女南原苗木の趣味の一致からのコンビ結成、四臣家としては南原苗木が敵になる可能性が少しでも減るなら喜ぶところだが、松庭美礼が『また』四臣家の乱を生む事があればと考えたら蒼と真一は頭痛の種から芽が生えてきたとしか思えなかった。
美礼と苗木の雑談、蒼と真一の明日からの学園生活を話す会話、茜の明流を怪しむ視線、静かに食事をする竪郎、勇也とミルクは初めての大人数での食事にチラチラと一同を見ていた、全員が初めて会った相手と会話をし食事をする、自分達の日常では無かった光景だ。
「なんか良いな、こういうの」
「どうした?」
「俺もミルクも大人数での食事は初めてだ、避けてきたから仕方ないが……」
「そんなの俺等も似たようなもんだ、朱の血筋や南桜臣本家程じゃないが四臣家は箱入り教育だからな、学校なんて学園が初めてだし飯なんて大人数で食った事ない」
「そうなのか?」
「珍しいもんじゃ無いって事だな」
蒼は軽い口調で坦々と答えていく。
勇也はふぅと息を吐き一日を思い出すように言う。
「縄張りを作りに街に来たら明流が向かって来て、蒼と再会して、美礼と茜と礼実が現れて、真一と竪郎のおかげで逃げれて、逃げた先では苗木と出会った、
遠ざけて来た街に降りてきたら、みんなと出会ってこうしてミルクと礼実を一緒に居させる事が出来るようになった、
俺の中では青天の霹靂だ、感謝してもしきれない、ありがとう」
深く頭を下げる。
呆気にとられる一同、ゆっくりと上がる天パ頭を見て勇也の苦笑いした顔を見る。
「なんや改まって、私はアヤちゃんとミルクちゃんの為にしか動いとらん、礼を言うなら東のアホに言うたらええわ」
「俺としても礼を言われる筋合いは無いな、興奮するゴリラを落ち着かせただけだ、礼を言うなら四臣家でも無い無関係の苗木と明流だ」
「俺は何もしてない、逆に助けてもらって治療してもらってタダ飯まで食わせてもらってる」
「私も何もしてないんだよ! 不良退治しただけなんだよ!」
「四臣家は二年半前に朱の血筋に対して何も出来なかっただけでなく、二年半後に乱れを作った、本来なら礼では無く責任を受けなければならないところだ」
「君主の懐が深い裁断と受け取ります」
「私は今回何もしてないのでこれから頑張ります!!」
誰も勇也の感謝の言葉を受け取らない。
「勇也? 朱の血筋が四臣家や民に頭を下げるなんて前代未聞だ、らしく無い事はしなくていいぞ」
「朱の血筋らしく無い……か、それじゃ、らしく無いついでに、……、」
一旦言葉を止め一同を見る。
「俺とミルクと礼実の友達になってくれないか?」
「そんなもん確認取るまでもねぇよ、俺とは山で遭難して出会った時から友達だ」
「一般人が朱の血筋と友人になれるなら」
「ヌシ!? お湯臭いんだよ」