いつもの夜
はじめまして、Amaneです。
本作をお読みいただき、ありがとうございます。
異世界に転移した経営者が、「人を活かす力」を武器に、
人財を集めながら新たな人生を歩んでいく物語です。
まずは第1話、ぜひお楽しみください。
仕事を終えたのは、午後八時を少し回った頃だった。
「……疲れた」
会社を出た俺は、駅へ向かう途中で大きく伸びをした。
桜井直人、三十二歳。
人材派遣会社を経営している。
経営者なんて聞くと、毎日スーツを着て、高級な店で食事をしているようなイメージを持つ人もいるかもしれない。
残念ながら、俺の生活はそんなに華やかじゃない。
今日の夕食も、たぶんコンビニだ。
まあ、それでも会社を始めた頃に比べれば、少しは余裕ができた。
社員や派遣スタッフから相談を受けることも多い。
今日も一人、仕事を辞めたいというスタッフと話をしていた。
『桜井さん……私、本当にこの仕事向いてないんでしょうか』
『向いてないんじゃなくて、今の仕事が合ってないだけかもしれませんよ』
『でも、次の仕事が見つかるか……』
『大丈夫。仕事なんて、探せばいくらでもあります。無理して身体を壊す必要はないですよ』
そんな話をした。
人材業界に長くいると、人間というのは面白いと思う。
同じ人間でも、場所が変わるだけで評価がまるで違う。
営業では駄目だった人間が、事務では驚くほど優秀だったりする。
逆もある。
だから俺は、「使えない人間」という言葉があまり好きじゃない。
人間には、向いている場所がある。
ただ、それだけだ。
「……まあ、偉そうなこと言ってる場合じゃないけどな」
自分の生活を振り返り、苦笑する。
俺は三十二歳。
一人暮らし。
彼女なし。
仕事は忙しい。
休日は寝ていることが多い。
我ながら、経営者としては少し寂しい生活だ。
そんなことを考えながら歩いていると、スマホが震えた。
画面を見る。
メッセージの送り主は、神谷凛。
『まだ会社?』
思わず笑ってしまう。
『もう帰ってる』
すぐに返信が来た。
『コンビニ行くけど、何かいる?』
『プリン』
『……子供?』
『いいだろ』
『はいはい』
それから数分後。
自宅マンションのインターホンが鳴った。
「……早くないか?」
ドアを開ける。
「はい」
そこに立っていたのは凛だった。
手にはコンビニの袋。
「プリン」
「ありがとう」
「それだけ?」
「何が?」
「夕飯は?」
「食べた」
「何を?」
「……プリン」
「直人」
凛が呆れた顔をする。
「それ、夕飯じゃないから」
「ちゃんとサラダも食べた」
「そういう問題じゃない」
凛はため息をついた。
神谷凛。
二十八歳。
俺の幼馴染だ。
子供の頃、俺の家の隣に凛の家があった。
今はお互い一人暮らしだが、なぜか住んでいる場所は近い。
俺が引っ越した先の近くに、いつの間にか凛も引っ越してきた。
理由を聞いたことはある。
仕事の都合。
凛はそう答えた。
俺も、それ以上は聞かなかった。
「そういえばさ」
「何?」
「凛って、いつまでこの辺に住むんだ?」
「……何よ、急に」
「いや。子供の頃からずっと近所だなと思って」
「直人だって同じでしょ」
「まあ、そうだけど」
「だったらいいじゃない」
「そうだな」
凛は少しだけ笑った。
昔からそうだ。
俺たちは、特別な約束をしたわけでもない。
付き合っているわけでもない。
それでも、気づけば近くにいる。
それが当たり前になっていた。
「じゃあ、私は帰る」
「おう。プリンありがとう」
「ちゃんと食べなさいよ」
「分かってる」
「本当に?」
「……たぶん」
「もう」
凛が小さく笑う。
そして、いつものように手を振った。
「じゃあ、また明日」
「ああ。また明日」
凛が歩いていく。
俺も自分の部屋へ戻ろうとした。
そのときだった。
「……ん?」
足元が、妙に明るい。
街灯の光ではない。
青白い光が、俺の足元から広がっている。
「なんだ、これ……?」
振り返る。
少し離れた場所にいた凛も、同じものに気づいたらしい。
「直人……?」
「凛、動くな!」
地面に円形の模様が浮かび上がる。
見たことのない文字。
見たことのない紋様。
そして、その中心に立っているのは――俺と凛。
「これ……何なの?」
「俺に聞くなよ!」
光が一気に強くなる。
凛がこちらへ手を伸ばした。
「直人!」
「凛!」
反射的に、その手を掴む。
次の瞬間。
世界が白く染まった。
音が消える。
身体の感覚が消える。
何かに引っ張られているような、不思議な感覚だけが残った。
そして俺は、最後に一つだけ思った。
――明日も、いつも通りだと思っていた。
でも。
その夜を境に、俺たちの日常は終わった。
第1話を読んでいただき、ありがとうございます。
ここから直人と凛の異世界での物語が始まります。
次回から、少しずつ異世界の世界観や二人の立場が明らかになっていきます。
楽しんでいただけましたら、ぜひ第2話も読んでいただけるとうれしいです。
感想や応援も大歓迎です。
Amane




