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「で、裏の玄関が、二つ」
「エレベータの数と同じだな…。あんた専用のを除けといて」
「そう」
まずルーディは、自分の部屋の方角に歩いていった。
ルーディの部屋の前は素通りする。シールは横目に、「ああ、自分の部屋の壁と同じ端末がある」と思った。
シールの部屋と同じように、リビングからは扉をあけて角を曲がり、部屋があり、またその先に廊下がある。リビングからのルートでも、また曲がり角があった。
その突き当たりに、玄関らしい扉がある。
「これが一つ目。こっちも、君にはまず用が無いね。入れるけどね。パスワードさえ忘れなければ」
「あ、そう…」
「同じようなものだから、もう一つを案内してから、説明しますよ」
ルーディは、場所だけ教えて、今度はシールの部屋の方へ向かった。
いくらルーディがバカだバカだと云っても、多分、自分の部屋の方も、素通りしたその先に玄関があるのだろうな、とシールにも想像出来る。
やはり、その通りだった。
部屋の前を素通りして、廊下を歩んでいくと、曲がり角があって、その先に玄関。
「ここが、最後」
今度は、ルーディはそこから外に出た。
シールは同じようについていく。
今度のルーディは、エレベータホールまで案内した。
「このエレベータはね、アパルトマン専用なんです。乗って説明するかな」
そう云って、ルーディは、…エレベータ扉の脇にある端末にカードを通し、テンキーを叩いた。
↑↓ではない。最上階らしいから、↑が無いのは当然だが…。
何秒か待って、チン、と音がした。
扉が開き、二人して乗り込む。
箱の1面にルーディは背中をもたれさせて、シールに云った。
「ほら、階数表示じゃないでしょう」
とルーディが扉の脇を指した。確かに、さっき乗り込む前に見たのと同じ、テンキーである。
「エレベータ使用専用のパスワードを入力するの。部屋ごとに専用のパスがあってね。それを入力したら、自分が待っている階に下りたり登ってきたり。住人が入れ替わる度に、部屋のパスは替えます」
「へえ…」
こういうシステムは初めてだ、とシールは、少し驚いた顔をした。
「だから、例えば、誰かと一緒に帰ってきたりした時に、自分の家がどの階にあるかは分からない、という訳で。エレベータ専用のカードキーとも併用だから、パスワードだけ知られても、まあ、安全」
「……」
「それに、誰かが乗っている時には、目的の階に止まるまでは、どの階の扉も開かない。違う階の住人が居合わせるということは、無い」
シールは、不思議そうな顔をしてルーディを見た。
「何で、そこまでしなくちゃならないんだ?」
「ストーカーとか、テロとか、まあ、この土地柄、当局とか。大なり小なり、誰にでも敵というものは居ますからね」
ルーディは、そう云って苦笑した。
「完全なシステムというのは無いけども、エレベータがこうで、ちなみにビルのエントランスも同じような関門があって。尚且つ、部屋に入るには、さっきやったみたいな鍵・網膜照合なんかがある訳です。世の中には、これでも安心できない人というのはいるんですが、これで安心できないほど敵がいる人は、申し訳ないけども私は住まわせません」
シールは黙り込む。
「君は、そこまでしなくても、と思う人なんでしょう。だから、私も住まわせてます。…あんまり無茶なことはしないでください、私と同居している間は」
ルーディがからかうような声で云って、シールは、「分かった」と不貞腐れた声で云った。
「そう云えば、…随分時間がかかるエレベータだな…」
高速のエレベータにあるような、Gは感じずに済むので快適であるが、それにしても時間がかかりすぎる、とシールは怪訝そうに眉を寄せた。
「ええ。これも設定。階が目に見えて分からなくったって、素直に上って降りてしていたら、その時間で目安がついてしまうでしょ?」
くすくす笑ってルーディは云い、壁から離れてテンキーに近寄った。
「パスワードの後に、#を入力して、その後、階数を入れる。エレベータの速度は、その秒数で目的の階に向かう」
「……」
「使い方、分かった?」
「分かった…」
シールは、力なく頷いた。
「訪ねてきた人が居れば、家の中からの操作で自分の階に誘導できます。パスワードを教える必要はない、という訳で」
「あ、そう…」
自分には関係ない、とその時は思ったので、シールは、その説明は聞き流した。
エレベータを降りると、広々としたロビーがある。1階についたのか、とシールは思う。
「あのさ」
「はい」
「速度設定の階数入れたとして、あんまり長々入力したら…、他の人が迷惑するんじゃないの」
「君、優しいんですね」
問いにすぐに答えず、ルーディが微笑して云った。シールは、「そうじゃなくてさ」と焦った声で続ける。
「何か、事故とか起きた時、どうすんの。エレベータは避難経路になるんじゃ…」
「そういう場合は、自動的に非常事態設定になります。普段は、…速度設定を150以上には設定できないようにしている。そして、このビルは、何階建てなのか外からは分からない」
「…あ、そ」
自分の心配は、余計な世話な訳か、とシールは溜息をついた。
「エントランスの扉は、カードが家のと同じで、パスワードが違う」
「……どう違う?」
「後で教えてあげます」
「…そうかい」
ルーディは、エントランスは出るつもりが無いらしく、その扉を指差しただけで終わった。
「一応、そういう関門はあるんだけども。テナント用の扉が、ここからは見えないけど、2つあってさ? このエントランスに入る扉と、少し通路があって、外に通じる扉」
今見えている扉から、向かって左側に通路が見える。通路、というより、今の視界からは、壁がくぼんでいるところ、だが。あの先に、扉が2重にある訳だ。
「あっちは、テナント側が開け閉め出来るんです。だから、入ろうと思えば、誰だって入れるの。どっちの扉でも人数の確認はやっているので、例えば…、テナント側が何人様ですか、と尋ね、二人、との返答があって外から三人入ってくれば、もう1つの扉を封鎖したりも出来るんだけどね? それはテナント側の設定になってくるから、やっぱり、このエントランスロビーの篩は、目が粗い。こっちのメインの扉だって、よくあるオートロックと同じで、住人が家から開けることも出来るし」
苦笑しながらルーディが云う…。
それでも、結構な篩ではあるんじゃないかと、シールは思う。
「で、こっちが」
降りてきたエレベータの左側の壁を指して云った。
エントランスドアの正面になる。そちらにも、エレベータのドアがある。
「これが、表玄関に通じるやつ」
「うん…」
「この階には、『ノア・カテ』の一部があるんですけど、そこに入るにはやっぱり、私専用のエレベータを使う必要があるので、まあ、参考までに覚えておいてください。壁の向こう」
確かに…、エレベータのドア以外は、壁だ。「ノア・カテ」に入るには、昨日入った、地下に通じる階段を下りるしかルートは無いらしい。少なくとも、シールには。
「さて、では、もう一個のエレベータから帰りましょうかね」
そう云って、ルーディは、広いロビーの向かい側へ真直ぐ歩いていった。
シールは、ということは、今向かいに見えているエレベータが、ルーディの部屋の側のそれな訳か、と思う。
ルーディは、さっきと同じようにテンキーを叩く。こちらは既に1階にあったのか、すぐに扉が開いた。
「こっちは、主にテナント用のエレベータ。パスワードの設定なんかは、それぞれに任せてあります。従業員のIDカードにカードキー機能を持たせてパスワードを教えたり、会員制の店なんかでは、簡易磁気カードとパスワードを発行してたりするみたいですね。一般のお客は、やはり、テナントの側から、店のある階に誘導…とかね」
「ふーん…」
「主に、というか、私以外の人間は、こっちはテナント用、としか知らない。だから、アパルトマンの住人も、こっちのエレベータは使わないです。が、私は、こっちのエレベータでも自分の家に入れるようにしてますから、私だけは、3箇所のエレベータを常に使えるという訳」
「4箇所だろ」
「ああ、そうですね、私は」
シールの言葉に、ルーディが苦笑する。
「でも、機能だけで云ったら、君も3箇所使えることになるね」
「…ああ、そうなるか」
「正面の、表玄関にも、同じ機能はあります。階数表示もありますけどね。だから、表玄関の場合は、よほど信頼している知人友人が訪ねてきたとき…とか、そういうことに使われる。テナントの従業員だったり。まあ、あまり敵が居ない人が、使うエレベータということになるのかな」
「……」
今度は、それほど遅く設定しなかったのか、さっきの2倍くらいの速さで箱は最上階についた。
最上階だと知っているのは、ルーディとシールだけであるが。
「で、ここに着く」
とルーディは廊下を歩いて目の前に現れた扉を指した。
「ここは、私の部屋に一番近い玄関」
「……うん」
ルーディは玄関を開け、中に入る。シールはずっと、後をついていくだけだ。




