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「ああ、似合うじゃないですか」
ドアを開けると、云った通り待っていたルーディが、微笑を浮かべて云った。
「それはどうも…」
「サイズも合っているみたいだね。とっておいて良かった」
「……」
「さて、では案内しましょうか」
ルーディは、そう云うと、まず、スっと手を上げた。
移動すると思っていたシールは、え?と首を傾げる。
「まず、ここ」
ルーディは、シールの顔を見て、ドアの隣の壁を指した。
テンキーと…小さなレンズが埋め込まれていた。その下には、網目に覆われた…、スピーカとマイクだろうか。ボタンもついている。CALLとか、RINGとか。それから、カード読み取りでオーソドックスな、溝がある。
「これ、鍵とインタフォン兼用の端末」
そうだろうな、とシールは思う。ホテルの部屋にも、この手の端末はある。
ルーディは、カードを取り出して、シールに渡した。
それから、もう片方の手に持っていた、小型の端末を開くと、壁の端末にラインで接続する。
「それ、読ませて」
云われた通り、シールは溝にカードを通す。
ピーーーーー、と電子音が聞こえ、小さく赤いランプが点滅していた。
シールは、あれ、と少し焦ったが、ルーディは慌てず、手にしていた端末をシールに向けた。
「パスワードを入力して。何桁でもいいけど数字だけ。最後にエンターを忘れずにね」
…ルーディは、完全にキーボードをシールに向けていた。
シールは、戸惑った顔をして、入力する。エンターを叩くと、ピピピ、とまた電子音が聞こえた。ルーディが支えた端末のモニタには、「wait」「memorize…」の二つが、交互に出ている。
そして、壁の端末のランプは、赤が何秒か点灯した後、ピー、と小さな音を立ててから、黄色に変わった。
その色を見たルーディが、さて、と云いながら、シールに向けていた端末を自分に戻す。
「そこの前に立って」
ルーディが端末のモニタを眺めながら、壁を指した。シールはその通りにする。
「…もう少し右」
モニタを見たまま、ルーディが云う。やはりシールは素直に従う。何をしているのか、分かっているからだ。
「あ、反射コンタクトなんかしてないね?」
「してない」
「OK…。ちょっとじっとしててよ」
ルーディの、キーボードをいくつか叩く音が聞こえて、ピー…と小さな電子音が聞こえた。壁の端末に目を向けていたシールは、ランプが青になるのを見た。
「OK。これで、ここは完全に君の部屋」
ルーディは少しおどけた声で云って、パタンと端末を閉じる。
「ほぼ、君のプライバシーは守られる」
「…ほぼ?」
「当たり前でしょ。完全なシステムなんて無いもの」
「そりゃそうだな…」
あっさり云ったルーディに、シールは溜息を吐きながら頷いた。
「まあ、この家に入るまでのシステムを考えれば、君の部屋に侵入者があることは、まず無いでしょうけども、やっぱり完全ということはありませんからね」
「あんたさ」
「はい?」
「今、俺にしか分からないように、パスワード入力させたよな…」
「はい、当たり前でしょ?」
「あんたも入れないってのは、問題あるんじゃない? 家主はあんたなんだぜ?」
「別に…?」
何を云っている、という顔をしているルーディに、少し苛ついた声でシールが云う。
「あのさ。俺がこっそり、中の備品とかだよ、持ち出して売り飛ばしたりしたら、どうすんの」
「運が悪かったと諦めます」
これまた、ルーディはあっさり云う。…シールは二の句が繋げなかった。
「まあ、シール。私が絶対に入れないという訳ではないんです、それは当然でしょう。君の云う通り、家主は私なんですから。万が一、非常事態が起きた時に困るしね。ただ、手続きがちょっと手間取る」
「……」
「その代わり、君がそのカードキーを失くしたり、パスワードを忘れたりしたら、君までもこの部屋には入れなくなりますからね? まあ、君が鍵を掛けていたとして、だけど。鍵の掛け方は、開けるのと逆。パスワードを入力してから、カードを通す。鍵を掛けていなかったら、家に入れさえすれば、部屋にも入れますが」
「…そうだろうよ」
溜息混じりにシールは云い、ルーディが、「他に何かある?」とからかうような口調で云った。
「別に」
「じゃ、次に行こう」
「次」は、さっきも入ったリビングだった。シールの部屋からは、廊下を歩いて一旦行き止まり、角を曲がると、また突き当たりに扉があって、それを開いて入る形になる。
「ここに」
と、ルーディが、ダイニングとリビングの境目辺りの壁を指した。
ここにも、似たような機械が取り付けてある。
「インタフォン。今日、私はここから君を呼びました。1が私の部屋。2が君の部屋。3がバスルーム。君はそのくらい知っていればいいでしょう。これも、使うにはさっき入力したパスワードが要る。忘れないでね」
「…ああ」
「パスワードを入力。用のある部屋のボタンを押す。LINEで通じる。RINGがそのまま、ベルを鳴らす。CALLで会話。押している間、こっちが喋る。離せば向こうの声が聞こえる。…まあ旧式ですが、よくあるタイプで。部屋のも同じようなもの」
「うん…」
「部屋のボタンはダウンさせたままでもいいけど、LINEだけをダウンさせっぱなしにして1分すると、アラームが鳴るから気をつけて。かなりうるさい」
「何で?」
「部屋の音を、聞きっぱなしに出来てしまう」
「…成る程ね」
「パスワードが必要だと云うのも、この機械を使えるのは、この家の住人だけだという意味で」
「……そっか」
つまり、いよいよ自分は、この家の住人な訳だ、と思う。
さて、とルーディが次に案内したのは、住居の中にあるエレベータホールだった。
「昨日、上がってきたのはここなんですが、覚えてますか」
「覚えてる」
「ここね。…君は使えないようにしときますから」
「何故?」
少し、申し訳ないような顔をして云ったルーディに、シールは気を悪くする様子もなく訊く。
今まで、自分にとって、気分を害するような指示を全くしていないルーディに、たかがエレベータの使用を禁じられたとて、なんとも思わない。…ここしか、外に出られるルートが無いというなら別だが、そんなことはあるまい。
「ここしか出口が無いってんじゃないんだろ」
「ええ。このビルには、あと三つエレベータがあります」
「じゃあ、別に…」
「ここは、君が昨日入った『ノア・カテ』と、そこのあるじであり、ビルのオーナーでもある私が使うこのすぐ下の階の事務所、それからあと10階分くらいの倉庫にしか通じてないエレベータです。他のアパルトマンやテナントが入ってる階は素通りする」
ルーディは、指を下に向けて、すーっと下がる仕草をしながら云った。
「君は、『ノア・カテ』の住み込み従業員という訳でもないし、同じく、このビルのスタッフでも無い。倉庫にも用は無い。だから、君はこのエレベータを使わないこと」
「…『ノア・カテ』に呑みに行きたくなったら?」
「そのくらい、稼げるといいですね」
微かに、皮肉が混じった声でルーディが云い、シールが微かに眉を寄せて、フンと鼻を鳴らした。
ルーディは、くす、と笑って続けた。
「その時は、別のエレベータから降りて、改めて、昨日入ってきた地上からの扉を開けなさい。このエレベータは、店の中に通じている。お客さんは、店の外からやってきてもらわなくては困る」
「分かった…」
シールは頷き、「どうせ、俺はあんたの店で飲めるほど、金持ってねえよ」と拗ねた口調で云った。
ルーディが、相変わらずくすくすと笑って、じゃあ次、と云う。
そのエレベータホールを過ぎて、バスルームやトイレなどの位置を教えられ、次には、表の玄関に案内された。
「表?」
首を傾げたシールに、ルーディが、ええ、と頷く。
「所謂、家の顔としての玄関はここ。滅多に無いけども、お客さんはここから入ってくるし、もちろん、私も、君も、ここから入っていい」
「……」
「で、この玄関を出たところの廊下も」
ルーディがドアを開けて、外に出る。シールも慌てて後を追った。
「ここも、表の廊下、というか」
「……」
「この階のエレベータホールは、あっちなんですけどね」
とルーディが自分の左を指した。
「この廊下と繋がっているエレベータは、ビル全体に止まる。だから、表」
「ふーん…」
シールは、普通そういうものじゃないのか、と思うが、エレベータはあと2つあるらしいので、今はそれについて深くは訊かなかった。
「といっても、ここには止まることが滅多にないですけどね。…このビルの最上階は、この下だということにしているし」
「……あんたの家があるところは、誰も知らないってことか」
「そうです」
ルーディは、さらりと云って、シールは苦笑した。
「あんた、家に訪ねてくる友達とか居ねーの」
「居ませんね」
やはり、ルーディは気を悪くした様子もなく、あっさり云った。シールの方が、口を噤む。
「さてと」
ルーディは振り返り、閉じた玄関をカードキーで開け、また中に入った。
中に入ってから、壁に手をついている。
「早く入ってくれないと、扉が閉められません」
オートロックのドアを、押さえていたらしい。
シールは云われ、慌てて中に入った。




