=9.9= -(1)
マリアは別に、「血まみれ」にはならなかった。…正確には、俺は血まみれになってるマリアを見はしなかった。
だから、直接「ブラディ・マリー」が不愉快だったという訳じゃない。
どっちかと云うと、ルーディが…、あの真っ黒な酒に「ノア・カテ」という名前をつけたことに、安心しているかもしれない。
「カーボニック・マリー」とか、「バーンブラック・マリー」とか、もっと露骨に「Charred Mary」なんかだと、俺は舐めることだって出来なかっただろう。
だからって黒こげになったマリーを、見た訳でもなかったけど。正確には、その黒こげの人型が、本当にマリーなのかどうかは分からなかったけど。
ただ、マリアが、死んだことには違いないから、それが血まみれだろうが黒こげだろうが、俺は、マリーと呼ばれていたマリア・サン・ターシュを思い出したくなかったんだ。
きっと、死ぬまで俺は、ブラディ・マリーが呑めない。いくら、ルーディの腕が良くて、それがどんなに美味い酒だとしたって。
それはルーディも知っているから、シールにブラディ・マリーを勧めることは、この先一度たりとて無い。
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[センタ=トリコ=プレス・ジャーナル:AD****/DEC/25:リミテ・エスパ支社発]
DEC/24深夜、トリコ-エスパ州境・アリージュ市郊外において火災発生。
現場は、旧クリステン教会のアリージュ分会現代表である、マーティン・サン・ターシュさん宅。旧礼拝堂と住居の二棟を全焼した。マーティンさんをはじめ家族全員の行方が不明となっている。
鎮火後、現場より一体の焼死体が発見されているが、身元は不明。他に焼死体の一部も発見されており、消防当局のコメントでは、火勢が強かったため、遺体の一部が蒸発・あるいは完全な炭化をしたのではないか、とのことである。深夜、他者の訪問の可能性が少ない時間帯でもあるため、マーティンさん一家と見られているが、正確な被害者の人数と身元は、炭素照合などの科学捜査を含めた今後の詳細な現場検証が待たれる。
火災原因については未だ不明であるが、発見された焼死体の額に、弾痕とおぼしき跡があったため、25日早朝より、消防からの連絡で司法の調査も加わることとなった。司法当局のコメントによれば、殺人と放火の疑いで調査しているとのこと。近隣の住民から「爆発音のようなものが聞こえた」との情報もよせられており、現場となったサン・ターシュさん宅の家業を考慮して、狂信的集団によるテロの疑いも視野に入れるとのことである。
サン・ターシュさん宅は、世帯主であるマーティンさん、妻のジョセフィンさん、第一子で長女のマリアさん、第二子で長男のシェレさんの四人暮らし。
アリージュ市においても他地方と同じくクリステン信仰は途絶えているが、同市は旧時代において特に信仰が篤かった土地であり、マーティンさんは旧クリステン教会における「司祭」という立場だった。サン・ターシュさん一家は、二百年ほど前から、旧クリステン文化財・建物を保存・維持管理する役職を政府より任ぜられており、現在まで代々、その役目を負っていた。妻ジョセフィンさんの職業はマーティンさんの補助、マリアさんはパリスの州立大を卒業後、家業を手伝うために2年前から帰郷していた。長男シェレさんは地元のハイスクールに在学中、卒業後は進学して専門知識をつけたのち、やはりマーティンさんを手伝う予定だった。
以上の事情により、狂信的な旧クリステン信仰復活派グループ、あるいは、反政府組織による犯行の可能性も考えられるということである。
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[センタ=トリコ=プレス・ジャーナル:AD****/DEC/26:トリコ・セントラル本社発]
25日配信ニュース、アリージュ市火災についての続報。
現場から発見された焼死体は、マーティンさんの長女、マリア・サン・ターシュさんと判明。死因は、焼死ではなく、銃器による脳損傷とのことである。また、発見された死体の部位からは、マーティンさんと妻ジョセフィンさんのDNAが発見された。しかし、長男シェレさんの遺体・DNA等は発見されておらず、現在も行方は不明のままである。
消防による現場検証は終了し、マリアさんの死因が判明したことで、今後は司法により、事件として調査が進められることとなった。
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[センタ=トリコ=プレス・ウィークリー:AD****/DEC/最終週号]
今年最後の悲劇――「ノエルの悲劇」について<担当記者・執筆:***・***>
「ノエルの悲劇」と呼ばれたアリージュの火災については未解決である。このまま年が明けていくとなれば、司法当局はおろか、市民も穏やかに新年を迎えることなど無理な話となるだろう。
司法当局は現在、長男シェレさんの行方を捜している。
火災現場にシェレさんのIDカードの欠片が残っていたことから、事件当日、帰宅していた可能性が高い。しかし、現場検証では遺体由来の炭素・DNAなどの痕跡が殆ど見つかっておらず、シェレさんが生存している可能性を重要視する方向となっているようだ。
事件の重大な手がかりを持つ可能性があるシェレさんの生存・行方の確認が、司法当局内では最重要事項となっているらしい。シェレさんは、父母や姉マリアさんと日頃から上手くいっていなかったという証言もあり、捜査の行方によっては、被疑者として指名手配される可能性もある。
だから、ルーディが「ブラディ・マリー」をシールに勧めることは、絶対に無い。
シールが、血まみれのマリアを見たのかどうかは知らなくても。
マリアが血まみれになって死んだのだろうことを、シールが知っているのかどうかすらも知らなくても。
マリアは一度血まみれになって死んだのだろうことを、ルーディが、知っているから。
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[センタ=トリコ=プレス・ウィークリー:AD****/JAN/新年特大号]
昨年DEC/30発信のAD****/DEC/最終週号「ノエルの悲劇」事件に関する論説におきまして、事実と反する不適切な表現がありましたのでお詫び致します。
司法当局は、現捜査段階において、長男シェレさんを被疑者として手配することは考えておらず、そのような可能性も見出してはいないとのことです。
深くお詫び致しますとともに、センタ=トリコ=プレス社は、現在を正しく伝える公平な報道を目指して研鑽していく所存ですので、今後とも宜しくお願いいたします。
少しだけうとうとして、ルーディはベッドから起き上がり、床を掃除してからシャワーを浴びた。
それから、部屋の中にあるクーラーから、栄養ゼリーを取り出して食べ、鏡を覗いて、人に見られる格好をしていることを確認し、部屋を出た。
リビングに向かうことは当然なく、自分一人しか使わないエレベータに向かい、一階下の事務所に降りると、最初に「電話」を使った。
「こんにちわ、アクト工務店さん? お世話になります、カテ・コーのセイレイシィですが」
若い女の「はい、お世話になります」という返事があり、「社長にかわりますので」と間があって、「社長」が「どうも、お世話になります」と「電話口」に出てきた。ルーディがさっそく用件を切り出す。
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[センタ=トリコ=プレス・ジャーナル:AD****/JAN/15:リミテ・エスパ支社発]
「ノエルの悲劇」解決へ。
昨年末に発生したアリージュ市サン・ターシュ邸火災の犯人グループの一員と見られる男が、アリージュ市警へ出頭した。市警当局はその場で逮捕、パリス・トリコ州警へ身柄を移送し、現在取り調べを続けている。
司法当局のアナウンスによれば、動機は、盗み。深夜、サン・ターシュ家へ侵入したが、マリアさんに見つかりその場で銃殺、その後、邸内を物色するも、めぼしいものを見つけられず、腹いせに、あるいはマリアさん殺人の証拠隠滅のため、時限性の爆発物をしかけた。出頭した理由については、報道でサン・ターシュ家の詳細を知り、怖くなったからとのことである。
ただし、他の数人のグループに誘われて犯行に加わり、爆発物をしかけたのは自分ではないという証言をしており、司法当局としては、全面解決には至らないとの判断をしている。テロの可能性も未だ視野に入れているとのコメントである。
また、長男シェレ・サン・ターシュさんの行方も未だ不明であるが、犯人の一人が逮捕されたことにより、シェレさんはこの後、行方不明者リストに名を移し、捜索は行方不明者捜索専門部署に移されるとのことである。
連邦政府文化庁・教育省ではこの事件を受け、文化財の保存・維持を委託している民間の企業・機関・個人に対して、強盗などに対する一層の注意とセキュリティシステムの見直しを通達した。また、それらへの追加補助金制度の成立を連邦議会へ願い出ると共に、盗難や紛失・破損等に際して責任者への刑事罰を含めた連邦人類文化財保護法改正案を提出する運びとなった。




